16
三階の音楽室から正面玄関まで一気に駆け降りる。
つかまれた腕はいつの間にか手に換わっていた。
「で、こっち」
「ちょっと、どこいくのよ」
玄関を出てすぐ。
正門とは反対に曲がって、柱の陰に押し込まれた。
「古屋く」
「黙ってて」
だんだん近づいてくる二人分の足音と、知ってる声。
言い争っているような様子に思わず足が向かいそうになったが、古屋君に止められた。
「先に帰られるとか、ひどいです!」
「あんたが邪魔しなければいつも通り俺と一緒に帰ってたんだよ!」
「私のせいにする気ですか?!あなたこそ、ウザがられてるって思いますけど!」
正門に向かって駆け出していく後姿。
「行ったね」
あっという間に見えなくなった二人。
微かに笑っているように聞こえる古屋君の言葉に、顔を向け苦笑した。
「行ったね。でもあれは家で待たれてる展開だわ……メンドクサイ」
「メンドクサイ、ね」
彼が意味深に笑う。
「……何?」
「最近べったりなあの子。あの子を振り切れたことは嬉しいって思ってるでしょう?」
「ううっ!」
核心に触れられた。
「やっぱりね。あの子と一緒にいると紺野さん少し困った顔してるよ」
さ、俺等も帰ろう。
って手に持ってた薄いファイルで軽く頭を叩かれる。
全く痛くない、むしろこそばゆいっていうか、恥ずかしいっていうか……
「なんで、分かったの…?」
恥ずかしくて片手で口元を隠しつつ、言えば、
「さあね?」
めったに見ない柔らかい笑顔が返ってきた。
帰る方向は逆だからって、正門前で別れたけど、帰り道はずっとあの笑顔を思い出してしまった。
あ~。
先生が笑った時みたいだったな。
いつもあたしを安心させてくれたあの笑顔。
『先生じゃなくて古屋を好きになったんだろ』
首藤の言葉が浮かんできて、慌てて否定する。
「ありえないから!」
叫んだ声が大きすぎて、周りに見られて恥ずかしかった。
「笙子ちゃん!大変!!」
「紘?」
小学校4年生になった紘が慌てて家のリビングに飛び込んできた。
家に帰って、思い描いていた鬼の形相がなくて、ほっとした気持ちもあり、怪しんでいた気持ちもあり……
あわてて飛び込んできた紘に、しかめっ面してしまった。
「嫌そうな顔しないで!うちが大変なんだよ」
「……ま、すわって茶でも飲みなさい。昨日作っておいたパウンドケーキがあるよ」
「け、ケーキ……」
「ケーキ、好きでしょ?」
「好き!」
ああ、可愛い。
お隣に行きたくないために持ち出したケーキに簡単に釣れてくれる単純さ、可愛い。
お茶を準備しつつ、隣の騒音に耳を澄ませば、聞きなれた3つの声が騒いでる。
優太と凪。
其処は分かる。
でも、なんでそこに律子が混ざってるかな……




