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「ふわあ……」
季節が過ぎて、冬は過ぎ去った。
桜の蕾が膨らんで、木漏れ日が差し込む中庭にあたしは寝転んでいた。
この中庭は最近のあたしのお気に入りだ。メニュー豊富で座席もたっぷりな食堂に生徒たちは集合するから、わざわざ購買でお昼を買って外で食べる派の人間は案外少ない。案の定、今日は貸切状態だ。
まだ眠いなあ。お昼休み終わるまでゴロゴロして眠っちゃおうかなあ、ってまどろんでたら、ふんわりと何かが体の上に掛けられた。黒のカーディガンだ。顔まですっぽり覆うように掛けられちゃったから、モゾモゾと顔を出す。
「ちとせ」
やっぱり、雷くんだった。自分のカーディガンを脱いであたしに掛けてくれたみたいだ。
「ご飯食べ終わりましたか?」
「とっくに。つーか、言っただろ。まだ肌寒いんだから、外で寝るなって」
「大丈夫ですよ。ちょっと風は冷たいですけど」
雷くんは呆れたみたいにため息をついて、寝転んでるあたしの隣に腰掛けた。最近の雷くんは昔のあたしよりも心配性だ。あたしがこうやってのんびりしていると、急いで駆けつけて風邪をひかないかだとか、迷子にならないかだとか声をかけてくる。別におせっかいだとは思わなくて、むしろ困ってる時に丁度声をかけてくれるからすごく嬉しい。
本当は今だって、やっぱりブランケット羽織ればよかったなって思ってたから。取りに行くのが面倒だなって思ってたあたしのことなんかお見通しみたいだ。
「雷くんって」
「ん?」
「どうしてあたしが困ったなあって思ってたら、すぐに助けられるんですか?」
すると、雷くんはギョッと目を丸くした。それからなぜか、頬がだんだん赤く火照って、目を逸らされた。
「雷くん?」
「……うるせー」
「えっ、なんでですか、なんで」
イジワル言われちゃったから、あたしは思わず起き上がった。まるで再会した時の雷くんに戻っちゃったみたいで、すごく悲しい。
あたしが起き上がった瞬間、雷くんはそっとあたしのおでこに、自分のおでこを、コツン、とくっつけた。そして、あたしの右手に雷くんの左手が重なった。背丈は同じくらいなのに、ちょっとだけ大きくて、硬い手のひら。驚く暇もなくて、あたしはただ、雷くんの綺麗な蜂蜜色の瞳を覗き込む。
「なんでって、そりゃ、俺がちとせをちゃんと見てるからだろ」
「え?」
すう、と息を吸い込んでから、雷くんは、はにかんだ。
「ちとせが困ってる時、一番最初に手を差し伸べられるのが、俺でいたいから」
ドクン、と胸の奥の奥で、鼓動が高鳴った。でも、雷くんの言葉の意味があたしには、分からなくって。
「それって、どういう……」
聞き返そうとしたあたしに、雷くんが何かを言いかけたその時。
「ちとせー! 雷ー!」
あたしたちの間に流れていた空気はあっという間にかき消されて、台風のようにやってきた深雪ちゃんは、ベリベリとあたしと雷くんを引き剥がした。
「深雪!」
「なにしてんのっ! もう、お昼ばらばらで食べるの寂しいやん!」
「だって深雪ちゃん、今日も学院長にお呼ばれされてましたよね」
「せやけどー! 終わるまで待っててくれてもええやん」
「なんでお前のわがままに付き合わなきゃいけないんだ」
あ、いつもみたいに喧嘩勃発するかも。あたしはハラハラしてたけど、深雪ちゃんは雷くんに何も言い返さなかった。それどころか、なぜかちょっとイジワルそうな顔でにやにや笑っている。
「あんな、雷。あんたとちとせの深い絆はちゃあんと分かっとるけど、その〝次〟に進ませてあげるかどうかはまた別の話やで」
「は!? んなもん、お前の許可はいらないだろ!」
「要りますぅ! 学院長孫の権限ですぅ! 次が欲しかったらあたし納得させなあかんでー……ま、どちらにしてもやな」
「何がだよ」
「やって、あんたぜんっぜん、ちとせに、〝男〟として意識されとらんもんな」
お前! と雷くんが大きな声で叫んでいきなり立ち上がって、深雪ちゃんは雷くんに向かってあっかんべえと舌を出して掛けていく。
芝生の綺麗に刈りそろえられた中庭で、二人がクルクルと鬼ごっこみたいに駆け回っていた。二人とも、必死な癖にすごく楽しそうだ。そんな二人を見ているだけで、あたしの心はポカポカしてくる。
雷くんのカーディガンを肩に羽織って、あたしは空を見上げた。
木々の枝の隙間から、雲一つない青空が広がっている。
「あ……」
見上げた先の木の枝の先端。
大きく膨らんでいた桜の蕾が、いつの間にか五枚の綺麗な花びらを広げて小枝の先で花開いていた。
春は、もうすぐそこやってきていた。
完結です。ご愛読ありがとうございました!
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