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「――で、本当に監視カメラに映ってなかったんやな、一世」
服薬した睡眠薬によってちとせが完全に眠りについたのを見届けた深雪は、隣で静かに控えている一世に尋ねた。
「はい。学院長の命のもと、全ての監視カメラについてトリプルチェックを行いました。結果、彼女が侵入した様子は全てのカメラに映し出されてはいません。念の為秘密通路等も確認致しましたが、侵入の痕跡もございませんでした」
「正式な入り口や秘密通路以外で侵入するのは物理的に無理、やろ。それなのに外部の人間が易々と入り込んできた」
「考えられる可能性は二つです。一つ目。ちとせさんは、元々学院の中にいた」
「ありえへんやろ。いくら学院が広いとはいえ、十二か、十三歳くらいの子が何年も学院に隠れ住めるわけない」
「もう一つは、〝全て〟のセキュリティを乗り越えて、彼女が侵入した可能性です」
深雪は黙り込んだ。それもありえない。あんなに傷を負った女の子が、大の大人が束になって知恵を振り絞っても侵入不可能な学院に、入り込めるはずがないのだから。一世は深雪が何も言わなくても、深雪の考えが全てわかっているように言葉を続けた。
「ちとせさんには謎が多すぎます。ですから学院長は、警察に委ねるのではなく、監視のために学院に置き留める決定を下しました」
「……」
ちとせの為を思って、安全な場所として学院が提供されたわけではないのだ。それが深雪の心を締め付けた。
「深雪様」
「……お爺様の考えくらいわかるねん。ここ数年、上層部がえらい騒いどるわ。学院にスパイが潜り込んどるとか、潜り込もうとしとるとか、そんな疑惑。あれと、今回のちとせの事件とが、関係あると思ってるんやろ」
「そうと結論付けたわけではございません。ですが少なからず、関わりがあるのではないかと。そして……」
「一世は、ちとせの記憶喪失のこと、伝えたんやろ。お爺様に。そんで、お爺様はこう言ったんとちゃう? 『記憶喪失も演技の可能性がある。その少女こそスパイの可能性が高い』」
今度は一世が黙り込む番だった。深雪には、それが無言の肯定であることは分かっていた。
その考えを否定することは深雪にはできなかった。お爺様は学院を守るために、そう判断なさったのだ。
深雪はただの学院長の孫娘。ちょっとだけ権限は持たせてもらっているけれど、力のない、ただの超能力者の一人。
「なあ、一世。うちは、ちとせに味方する。あんたはうちに、ついて来てくれるか?」
「……もちろん。貴方の付き人ですから」
あの晩。突如目の前に現れた女の子。傷だらけで倒れたちとせに駆け寄った深雪は、うわ言で何かを呟くちとせの声を、必死で聞き取ろうとちとせの口元に耳を近づけた。
やっとの思いで聞き取れたのは、掠れた声のちとせの嘆きに満ちた懺悔。
『ごめん……ごめんね。約束、守れ……』
そして、ふっと意識を失ってしまったちとせの右目から、温かい涙がポロリと流れた。
顔も体も傷だらけで、髪の毛もバラバラの長さになってしまっていた。着ていた服だって酷くボロボロで、焼け爛れた肌が露出していた。
まるでひどい場所からやっとの思いで逃げてきたかのような女の子。
それなのに助けを求めるのではなく、自分を守ることよりも、誰かとの約束を優先していた。
気を失う直前まで見知らぬ必死に誰かに謝っていたちとせを、深雪はどうしても悪人に思えなかったのだ。