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159 チャーイル教会

 俺とフレディ、リディアの三人が乗った高速馬車がフレディの実家チャーイル教会に向け、サルンアフィア学園の馬車溜まりから出発したのは夜二十二時前の話。俺たちは早めの夕食を摂り、仮眠をして乗り込んだ。出発時間が遅かったので、みんな寝ることができたようである。実は俺もよく眠ることができた。


 というのも昼休みにクリス、放課後にアイリとレティに全てではないが話をすることが出来たからだ。決闘告知書にまつわる教官とのやり取りや、フレディ達との出立について、短い時間ではあるが話せたのは大きい。何より後ろめたさがないのが一番である。


 クリスはアイリの退学条件が、アイリは人間立木の要求がそれぞれ気になっていた感じだ。特にアイリは「他の方法がないのですか?」とあまり乗り気ではなかった。理由を聞くと、俺にそんな事をやらせたくないからだそうで、教官や相手の方を思っての事ではないのにズッコケたのだが。


 唯一どんな属性か分からなかった『ソンタクズ』第五の男ソリメノについても知ることが出来た。何とレティと同じクラスだったのだ。レティによるとソリメノは槍騎士であるそうで、棒術に関しては中々の腕前であるそうだ。しかし決闘方法が『剣闘』であれば槍は使えない訳で、ソリメノにとっては著しく不利な戦いになる。


 しかしそれにしてもレティが元気がなかった。いつもなら俺を煽りまくるのに、今回は「相手がオルスワードだから」とか「分からないわ、まだあるかもよ」と、慎重で俺のことをすごく心配してくれている。決闘について特に気にもしていない感じのクリスやアイリとは対照的だ。こんなレティは初めて見た。何が気にかかるのか?


 確かに教官室では「俺が勝つ!」と豪壮な事を言ったが、実際のところ勝つ算段なんて全く立っていない。みんなは俺が勝つと信じてくれているようだが、実は俺自身、全く自信がないのだ。だからレティが心配してくれているのは、正直ホッとする。もちろん当事者の俺とレティでは違う感覚があるやもしれないし、不安に思っている部分も違うだろう。


 俺の場合、直接闘う側なので決闘のスタイルが不安材料だ。ただ『実技対抗戦』のような全自由型の決闘ではなく、『剣闘』というグレックナーとの戦いに近いスタイルに変わったことで、最初より状況がマシになった。これで不安は少し低減された。だが七対一であることに変わりがないのは厳然たる事実で、拭いきれない不安がここにある。


 もちろんレベルは俺の方が高い。それも圧倒的にだ。しかし『実技対抗戦』の際には、どのようなモブ、例えばディールのような魔術師属性のモブであっても、一撃で倒すことは出来なかった。つまりモブ五人倒すのに最低十撃は必要。騎士属性の相手なら三撃はいるのではないか? すると三人騎士属性がいるので、十三撃は必要ということ。


 これに悪役令息リンゼイと天才魔道士ブラッドが加わる。名にある者は、モブに比べ格段に強いし、防御力もある。連中と同じ攻略対象者であるカインなんか、俺の三倍の攻撃力があったのだ。サブキャラである従者トーマスでさえ、俺より攻撃力が上。ブラッドが魔道士で剣の使い手ではない、と言ってもそこらのモブより使えるはず。


 リンゼイに六撃、ブラッドに五撃として十一撃。モブと合わせ全部で二十四撃必要。回復はグレックナー戦と同じくハイポーションだろうが、相手も持っている訳であまり意味を為さない。一対多数なので、ハイポーションを使っている間も攻撃される。脳内シミュレーションを繰り返すが、決定的な勝利の方程式を見出すことが出来ないのだ。


(やはり本番で活路を見出す以外ないのかな)


 俺は夜陰を縫って走る高速馬車の中で、浅い眠りについた。


 ――フレディの実家であるチャーイル教会は、チャーイルの街を望む丘の上に位置していた。街の何処から見ても見える教会はまさに街のシンボルと呼ぶにふさわしいだろう。早朝にチャーイルの街に入った俺たちが乗る高速馬車は、街を通って小高い丘にある教会への道を進んでいく。


 近くで見るチャーイル教会は俺が思っていたものに比べずっと大きなものだった。教会の中核施設である聖堂は高い構造物で、普段利用されているという礼拝堂は外観を見るに数百には収容できそうな建物だ。敷地は到着した高速馬車が停留するには十分過ぎる広さがある。馬車はフレディの指示に従い、管理棟と呼ばれる建物の側に停車した。


「おやっ、坊っちゃん? 急なお帰りで」


 フレディの案内で管理棟に入ると、受付で座っていた初老の男がフレディに声をかけた。


「ペッグ。いきなりでゴメン。客人なんだ」


 フレディはペッグという人物に耳打ちする。するとペッグという初老の男は、こちらに一礼すると廊下の先に消えていった。


「みんな、こっちへ」


 フレディの後についていくと管理棟の一室に案内される。入るとそこは応接室。家族が来るからとフレディが言うので暫く待つと、フレディと同じ面長の顔をした中年男性と男性と同じ背丈の女性が現れた。


「息子がいつもお世話になっております。チャーイル教会のデビッドソンです」


 続いて女性が「母です」と頭を下げてきた。俺とリディアも名乗りを上げる。夜更けに王都を発って、今し方到着したと伝えるとデビッドソン夫妻は大いに驚き、その場で食堂に案内されて朝食をいただくことになった。


 管理棟では教会で働く人が行き来し、皆食堂で食事を摂るのだそうだ。よく考えればこの世界の教会は、現実世界と違って戸籍を管理するという行政仕事を担っており、その仕事に携わる人々が教会で働いている。職員がいるので食堂があるのも必然ということか。


 フレディは小さい頃から、ここでご飯を食べていたそうだ。そう言えばモンセルのアルフォード商会でも、朝と昼は商館の食堂で使用人らと一緒に食べていたな。そのことを話すと、ウチも一緒ですよ、とフレディの母親が答えてくれた。食事を終えた俺たちは応接室に戻り、フレディの父デビッドソン司祭との話し合いに入った。


「一言で言うならばジャンヌ・コルレッツという子は、我が宗派の司祭に体よく利用されたのだ」


 コルレッツの家の周りで今起こっている出来事を俺たちに説明したデビッドソン司祭は、自身がまとめた書類の上に手をやると、そう結論づけた。その表情は苦々しい。身内が引き起こした恥という感覚のようである。


 話としてはこうだ。まず学園に進学できる見込みのないジャンヌ・コルレッツに対して、コルレッツ家が通うナニキッシュ教会の司祭は『神の巫女』と認定。これをコルレッツの家族に伝え、教会側はコルレッツ家三つの貸金業者を介して、多額の寄付を受ける。司祭は宗派に工作資金を撒いた上で『神の巫女』の資質ありと報告し、学園推薦枠を獲得した。


 デビッドソン司祭は資金の流れも追っていた。司祭が纏めた資料によると、三つの貸金業者がコルレッツ家名義で貸し付けていた時期が異なっており、そのカネも教会への寄付と司祭へ直接支払われていたものに別れている。コルレッツ家に直接入ったカネはない。二つの業者の借り入れは工作資金、最後の業者の分がリベートであると結論付けている。


「どうしてその司祭はそこまでお金が必要なのですか?」


 素朴な疑問を同じ司祭であるデビッドソン司祭に投げかけた。すると苦々しい顔でこう言ったのである。


「それは『一代司祭』の問題だ」


 『一代司祭』。何だそれは? と思っていたらデビッドソン司祭が解説してくれた。この国の教会を管理する司祭の多くは世襲である。ところが何らかの形で継承者が不在となった場合、その教会の司祭は「空位」となる。ここに入り込んで司祭になる人を『一代司祭』というのだ。


 司祭不在となった教会の司祭に就任するのは、司祭志望の人の夢であるらしい。一国一城の主といったところか。しかし夢にはカネがつきもの。『一代司祭』は多くの場合、タダではないそうだ。教会の権利を元々所有する世襲家から、その権利を購入する事になるからである。つまりは教会持ちになるためには多額のカネが必要ということだ。


「だから『一代司祭』は実入りが何かと必要・・・・・」


 デビッドソン司祭は続けた。これがデビッドソン家のような世襲司祭の場合であれば、そのような問題は起こらない。継承によって教会の権利が移動するからである。だから売買するカネは要らないのだ。世襲であれば発生しない問題が、『一代司祭』という新規参入ならば問題が起こってしまうのである。


(流動性が問題を引き起こすということか)


 現実世界では人が縛られず動きやすい方が良いとされている。これが流動性だ。売上の悪い部門から、売上の良い部門へと素早くシフトさせた会社の方が勝つ、そういった考え方。


 その考えに立つと、世襲であれば固定化される訳で悪、出入りがある『一代司祭』は動きがあるので善となる。また世襲の方は継承者であれば、適正の可否に関わらず司祭になるのに対し、『一代司祭』は資質ありとされた者だけが司祭になる訳で、この視点からも善とされる。


 ところがエレノ世界のこの問題のケース、世襲ならカネがかからないため無理をしないから問題とならず、『一代司祭』ならば継承にカネがかかるから無理をして問題を引き起こす。善は善とはならずという、実に皮肉な話である。


「だから今回の一件は、教会を取り巻く環境が引き起こした問題であると言えるのだ」


 デビッドソン司祭は立場上の事もあるのだろう、コルレッツの話を教会の問題として捉えていた。しかし息子フレディは異なる。


「父さん。しかし不正を頼み込んだのはコルレッツの方だろ」


「そうだ。それは間違いない。自身の求めた利益を叶えているのだから。だが、それを後押しし、実現させたのは教会の司祭。『神の巫女』が学園に行けるなんて、普通の人は知らないからな」


 先程から出てくる『神の巫女』は何だ? 俺はデビッドソン司祭に聞いてみた。


「大聖堂で祈りを捧げ、神の啓示を受けることができる者のことだ」


 え! コルレッツが? 俺は心の中で苦笑した。まさかコルレッツが神の啓示を受けるなんてのは間違ってもないわ(・・・)。心が捻くれ過ぎていて、汚れまくっているじゃないか。俺は『神の巫女』を知っているかとフレディに問うと知らないと言うので、この話を主導したのはデビッドソン司祭の言うように、ナニキッシュ教会の司祭なのだろう。


「大聖堂と言えばアルフォード君。ラシーナ枢機卿から君のことについて照会があったよ」


 ああ、やっぱりそうか。フレディの言う通り俺がカネを積み過ぎたか。


「私に世話になったからと、君から多額の寄付があったが相違無いかと」


「ご迷惑をおかけして申し訳ない」


「いや、私も驚いたよ。フレディが君から預かった資金だとお金を持って帰ってきたのにも驚いたが、その場で三〇万ラントも寄付するなんて」


 いや、その程度のカネでいいだろうと思っていただけなんですよ、ホントに。


「だから猊下には「私との誼があってのことであろうと思います」と返しておいた」


 デビッドソン司祭は笑って答えた。もし「知りませんが」なんて返されたら、ケルメス大聖堂から何を言われるか分かったもんじゃない。俺はデビッドソン司祭に感謝した。


「父さん。それで今、コルレッツ家はどうなっているの?」


「借金が返済できずにいる。差し押さえされるのは確実だ」


 資料によると三つの貸金業者からの借入総額五五〇万ラント。払いが滞っている利子がおよそ四三万ラント。計六〇〇万ラント近い負債が今のコルレッツ家に重くのしかかっている形である。


「差し押さえを止めるには・・・・・」


「支払いをする以外にはないと思う」


 リディアの問いにデビッドソン司祭は答えた。だが、それは模範解答。


「その借金はコルレッツ個人のもの。ジャンヌ・コルレッツ一人が負えば回避できますよね」


「しかしその子は家族。家と家族は一体」


「一体でなくなれば・・・・・」


「!!!!!」


 俺の言葉にデビッドソン司祭が絶句する。流石は司祭、俺の意図を察したようだ。フレディが俺の言葉の意味を確認する。


「つまりコルレッツとコルレッツ家を分けろと」


「そういうことだな」


「・・・・・絶縁か」


 俺と息子のやり取りを聞いたデビッドソン司祭は、そう呟いた。

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