157 七人の代理人
アイリがコルレッツに決闘を申し込み、二人のヒロインに正嫡殿下と悪役令嬢が結集するという怒涛の昼休みをやり過ごした俺は、三限目が終わると魔装具を取り出した。運行業者に高速馬車を出してもらうためである。決闘の詳細が決まったらフレデイと一緒にコルレッツの実家に向かう、という約束のためだ。ところがここで予期せぬことが起こった。
(明日の夕方以降じゃないと無理か・・・・・)。
最近、高速馬車が人気らしく、全て出払っているらしい。いや実は一台あるのだが、今日戻ってくる予定で整備しなければならないそうだ。高速馬車は速度が速く、一日あたりの走行距離も長いため、貨車に負担がかかる。だから安全運行するためには整備と確認が不可欠とのことで、こればかりはカネの力でどうすることもできない。
決闘が行われるのは平日最終日。今日を含めて五日しかない。アイリとコルレッツとの決闘を学園側がどう扱うのかは分からないが、当事者たる俺に対して、事前通告もなしく勝手に決闘事由や決闘方法を決めるような連中の思考から考えて、おそらく日程は動かさないだろう。
明日にならないと高速馬車が走らないと伝えると、フレディは肩を落とした。フレディの実家に向かってフレディの父親から事情を聞き、そこからコルレッツ家に向かって何らかの対処をする。これを実質二日足らずで行わなければならなくなるからだ。
「決闘の前に決めなきゃいけないのに・・・・・」
フレディは時間の無さを嘆いた。フレディの考えている事は俺にも分かる。コルレッツの弱みを握り、教会を使って学園に通告。決闘に合わせてコルレッツを学園から追放するという絵だ。しかし、コルレッツが実家でやらかしたことによって、そこまでできるのかは俺には分からない。それにもっと重要な問題がある。
(決闘に勝てるのか?)
みんなはどう考えているか分からないが、俺がいくらレベルが高かろうと、七人同時に相手とするというのはしんどい。というのもあの中には天才魔術師ブラッドと悪役令息リンゼイがいる。このエレノ世界では、名のある者が異様に強いのは『実技対抗戦』のクリス達やカインで体験済み。それが二人纏めてかかってくるってのは正直大変だ。
しかも『実技対抗戦』の時のように、フレディやリディアのような協力者もいない。フレディのような回復魔法を唱える者も、リディアのように補助魔法や側面支援を行ってくれる者もいない。だから回復一つままならないし、支援がないので一人の人間を倒すのにも集中できない訳だ。
「よく考えてやがる」
オルスワードがどうして俺をパージしにかかってきているのかは、全く分からない。が、俺を観察し、どうすれば俺を潰すことができるのかについて、研究をしてきているというのはよく分かる。そんな陰湿な趣味を持っているというだけで論外なのだが、まずは俺の身にかかっている事への対処を行わなくてはならない。つまりはどう勝つか。
仮にアイリと俺が組むなら、間違いなく勝てる。俺の圧倒的な体力と魔力を使って防御しながら、アイリの回復魔法で回復し、氷魔法で相手の動きを封じた後、俺が全員を倒せばいいだけなのだから。しかしそんな戦いをオルスワードが許す訳がない。結局、俺は一人で戦って勝てる方法を考えなくてはならない。
勝つために鍛錬は重要だ。しかしそれだけでは勝てない。『敵を知り己を知れば百戦危うからず』という。まずは相手を知ることが重要。このうちリンゼイとブラッド、この二人の特徴は分かっている。確かにリアルで戦わなければ分からぬ事、分からぬものがあることはクリスやカインで学習済み。だが、基本はゲーム情報で概ね分かる。
残りの五人はどうか。こいつらはおそらく『ソンタクズ』。ならば五人中三人はコルレッツと同じクラスだ。後の二人は何処のクラスか知らんが、まぁ、すぐに分かるだろう。今日は平日初日だというのに色々有りすぎて本当に疲れた。夕方、四時間近く鍛錬したことも一因としてあるだろう。俺はベットに潜り込んでそのまま眠った。
――翌日。朝、いつものように鍛錬場で立て木打ちしていると、珍しく一人の男子生徒に声を掛けられた。俺と同じく早朝鍛錬を行っている面々とはドーベルウィン戦の後、挨拶こそ交わすようにはなったものの、今日のように相手側から声を掛けられるなんて事はなかった。
まぁ奇声を発して、狂ったように打ち込みをしているようなヤツに声を掛けるなんてことは、普通だったらまずしないだろう。俺もしない。動きを止めて振り向くと、いつも鍛錬している男子生徒、名はフェリスティームだったな、がいた。
「俺のクラスにいるケンドールの事についてなんだけど・・・・・」
「あ、決闘の対戦相手か!」
「同じクラスだから参考になるかな、と思って・・・・・」
フェリスティームは『ソンタクズ』の一員ケンドールとは、同じι組であるそうだ。男爵嫡嗣のケンドールは賢者属性で回復魔法、防御魔法、雷属性と土属性の攻撃魔法を使うという。棒術も中々のものらしい。
「しかし賢者なのに、あんな厚化粧に誑かされてしまって。ああ勿体ない」
「面白いことを言うね、アルフォードは」」
俺の言葉にフェリスティームは笑った。自分ができるのはこんなことぐらいだけれど頑張ってくれと俺を励まし、フェリスティームは自身の鍛錬を始めた。朝一からこんなことが起こるとは露程も思っていなかったので、情報を得たこと以上に嬉しい。以前とは違うことを改めて実感する。ありがとうフェリスティーム。俺は心の中で感謝した。
決闘の詳細を知ろうと早めに鍛錬を切り上げた俺は、決闘詳細が掲示されている学園の告知板に向かっていた。だが告知板に近づくと、そこには人だかりができている。決闘の告知は昨日だっただろうに、どうしたのかと覗き込むと、そこには『詰問状』なるものが張り出されていた。詰問されているのは学園本部、詰問しているのは・・・・・
(アーサーか!)
『詰問状』には俺とコルレッツとの決闘に関して、俺への事前通告が皆無であることへの抗議や、俺一人に対してコルレッツ側は七人の代理人が同時にリングへ上がって戦うという、常軌を逸した決闘方法への指弾が書かれ、『王室付属』あるまじき行為である指摘、決闘方法を速やかに改めよと結んでいた。俺には書けない、格調の高い文章だ。
この『詰問状』を掲示した詰問者は五人。
伯爵家 アーサー・レジエール・ボルトン
伯爵家 フリック・ベンジャミン・マクミラン
伯爵家 ジェムズ・フランダール・ドーベルウィン
子爵家 カイン・グリフィン・スピアリット
男爵家 マーロン・デルーサ・スクロード
全員嫡嗣。これだけでも衝撃モノなのだが、特に目を引くのは正嫡従者フリックが名を連ねていることだ。正嫡殿下アルフレッド、王族に仕える従者が『王室付属』学園を指弾するなんてありえない展開。だが、それでも名を出してきたフリックに感謝にも似た気持ちが湧き上がる。
カインもそうなのだが、ここにドーベルウィンまでも名前を連ねていることが衝撃的だ。かつて俺と戦ったボンクラ貴族が、まさか俺の味方になろうとは。しかしスクロードは完全に巻き込まれたな、これは。正直、すまんとしか言いようがない。しかし名簿の筆頭にアーサーの名前が来ているのを見ると流石は名門伯爵家『ルボターナ』である。
俺がジロジロと見ていると、周りの気配が変わった。察するに、どうも決闘の当事者である俺が興味深そうに見ている事に気付き、違和感を持ったようだ。しかし、そんな事を気にする俺ではなく、俺とコルレッツとの決闘内容が書かれた『決闘告知書』を通読すると、さっさと告知板を後にした。
教室に入ろうとすると子爵家の三男ディールに呼び止められた。よぅ、と振り向くとディールの横に小柄で華奢な金髪の女子生徒がいる。
「おいアルフォード。あれからまたコルレッツと一戦交えたらしいな」
何かニヤニヤしているディール。昨日の昼休み、教室で俺の元に駆け寄ってきた後、俺の方がスクロードに連行されてそれっきりだったなぁ。俺はあの後の詳細を話した。
「二重決闘かぁ。凄いよなお前ら。どこまでも戦いにいくなんて」
ディールに感心されてしまった。いやいやいや、全部成り行きだから。それより君の横にいる女子生徒は誰なのだ? 俺はディールに尋ねた。
「俺の従兄妹のクラートだ」
「白亜の城の・・・・・」
「え! 知っているの?」
金髪の女子生徒は俺の言葉に驚いている。そうか、普通の人があんなルートを通らないか。
「青屋根と白亜の壁が美しい城でした。私は道を通るだけでしたが」
「そこは私の家です!」
クラート城の主、クラート子爵の息女は声を弾ませる。俺は遅ればせながら自己紹介をすると、知っておりますと返ってきた。そりゃそうだろうな、知っているからディールと一緒に来ているのだろうから。
「シャル。話があるんだろ!」
ディールがクラートをせっついている。シャルとはクラートのファーストネームであるシャルロットから来る愛称なのだろう。シャルロット・ルイーズ・クラート。俺の脳内にある学園生徒リストから、その名をピックアップできた。
「もうベル! 慌てさせないでよ!」
ディールからの催促にクラートが苛立っている。ベルとはディールのセカンドネーム、ベルトスの略。仲のいい従兄妹だ。
「実はな、クラートが今度の決闘でお前と戦う、コルレッツ親衛隊の連中のことをお前に教えると言ってるんだ」
「『ソンタクズ』のか!」
「『ソンタクズ』!!!!!」
俺の言葉を復唱しながら二人は大爆笑してしまった。俺はコルレッツの忖度ばかりやってるから『ソンタクズ』と名付けてやったのだと、謂われを話すと二人の笑いがヒートアップする。
「凄い名前だな」「恥ずかしいわね!」
そんな事を言いながら二人の笑いは止まらない。そういえばカインも笑いが止まらなかったよな。
「それはありがたい。クラートさんと同じクラスにいる、三人の『ソンタクズ』だけでも分かれば・・・・・」
「三人の『ソンタクズ』!」
クラートにとって『ソンタクズ』という言葉がツボに嵌まりすぎているのか、笑いが止まらない。仕方がないのでしばらく待つとようやく笑いが引いていった。
「ご、ごめんなさい。あまりにも面白くて・・・・・」
小柄で現実世界なら小学生と間違われてもおかしくないような女子生徒は『ソンタクズ』からの呪縛から解放されると、同じクラスにいる三人の『ソンタクズ』について解説を始めてくれた。
子爵家の三男であるロイドは黒騎士属性。【影】の使い手であるらしい。黒騎士と言えばドーベルウィン伯を思い出すが、魔剣であるとか「曰く付き」のモノを扱うのに長けている。そこが最大の強みと言えよう。
「同じ子爵家三男でも、片や電撃魔術師、片や黒騎士。全く違うんだな」
俺がそう言うと、ディールが苦笑した。それを聞いてクラートがはたまた笑う。ディールが「子爵の三男坊でも色々いるんだよ!」と意地を張り出したので、クラートが「ベルも違いが分かる男にならなきゃね」と返し、ディールを轟沈させてしまった。
クラートが話を戻して解説を続けてくれた。男爵家次男のハイドン。こちらは間者属性だという。リディアと同じか。しかしクラート情報によると特殊技能【隠れ身】が使えるのだという。姿を消して相手の直接攻撃ができないようにする能力。中々面倒だ。
最後に平民のヘイヴァース。騎士家の次男らしく白騎士。回復魔法を扱うのに長けているそうだ。鍛錬場で聞いた男爵嫡嗣のケンドールと合わせ、七人の中でヒーラー要員に回るのであろう。
「参考になった?」
「ああ、大いになった。ありがとう」
「じゃあ勝ってね」
クラートのシンプル過ぎる要求に、答えを窮した。そのとき、ふと一つの質問が思い浮かんだ。
「クラートさん。前の決闘のとき、どちらに賭けた?」
「もちろん・・・・・ ドーベルウィンよ。全財産、消えてしまったけれど」
あっけらかんと答えるクラートに思わず吹き出しそうになった。なかなか面白い子だ。
「よし! 次は財産を増やさなきゃな!」
俺の返しが分かったのか、ディールとクラートは首を大きく縦に振った。




