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 翌日。


 詩乃は珍しく午前中に目を覚ました。


 目覚ましをかけた記憶はない。

 なのに自然と意識が浮上して、薄いカーテン越しの光が目に入った。


 いつもならここで布団を頭まで被り、二度寝して昼過ぎに後悔する流れだ。


 だが今日は、なぜかそこまで眠くはなかった。


「……年に数回ある、やる気が自然発生する日かも」


 寝起きの擦れた声で呟き、上半身を起こす。


 相変わらず部屋の景色がひどい。


「終わってるな」

 昨日も言った気がする。

 それでも今日は少しだけ体が動いた。

 脱ぎ散らかされた服を洗濯機に入れスイッチを入れる。

 床のごみをまとめ、空き缶も別の袋へと放り込み、散らばった日常品を閉まっていく。


 途中、コンビニ袋を持ち上げた拍子に中から割り箸が一本転がり落ちた。


「抵抗してくるタイプのゴミ」

 小さく舌打ちしながら拾い上げる。


 狭い部屋だ。

 三十分ほどで掃除は終わった。


 洗濯機の止まる電子音がなる。

 ベランダに洗濯物を干すのも久しぶりだ。


「ふぅ……」

 床が見えるだけで、部屋が喜んでいる声が聞こえそうだ。

 ベランダから外を眺める。

 今日も暑くなりそうだ。


「昨日、なんか楽しかったな」

 知らない誰かと少し話ただけ。

 それでも胸の奥に小さな火が残っている。


 詩乃はスマホを手に取り、通帳アプリを開いた。


 残高52,480円


 火は一瞬で現実に吹き飛ばされた。


「……家賃、来週まで」

 しみじみと言う。


 感傷で家賃は払えない。


 少し元気になろうが、少し楽しかろうが、金は必要だった。


「配信だけで食べていける気はしないけど……やれることはやるか」

 昨日ダウンロードした配信アプリを開く。


 プロフィール欄。説明文。配信設定。


 昨日は見ただけで閉じた項目たちに、今日は少しだけ触れる気になった。


 ぽちぽちと文字を入力していく。


【明日の運勢 フォローで一日一回無料】

【ギフトで恋愛・仕事・人間関係も見ます】

【ギャンブル、生死に関する占いは禁止】


 打ち終えて眺める。


「ちゃんとしてる人っぽい」

 画面の中だけ妙にそれらしい。

 現実はジャージ姿で床に座ってる無職女だ。


 ついでにフォロワー欄を見る。


 二人。


「……いる」

 昨日の配信で、気づかぬうちに誰かがフォローしてくれていたらしい。


 たったの二人なのに、詩乃の口元が少しゆるんだ。



 そして夜。

 昨日と同じ時間。


 詩乃はベッドに寝転び、スマホを顔の上に掲げた。


 配信ボタンをタップする。


 読み込み中の表示、妙に長く感じた。

 ここまでのドキドキは、魔王と対峙する瞬間に似ている。


「や、やっぱ、やめようかな」

 そう思った瞬間に、接続が始まる。


 画面には昨夜と同じ、満天の星空。



「あー、こんばんは……占いするよ」

 昨日よりはっきりと声が出た。


「今日は、ちょっとだけ部屋の掃除をしたよ……」

 言ってから気づく。

 どうでもいい話だった。


 沈黙が怖くて、とりあえず口にしただけである。


 来場者数3。


 すぐに0。


「帰っちゃった」

 まだ何もしていない。

 世知辛い世界だった。


 すると再び数字が2になり、コメントが流れた。


 かなと【昨日の人です。マジで当たった】


 詩乃は思わず身を起こした。


「……きた」

 昨日の一人目だ。

 本当に来てくれた。

 また来る、と言っていた人が、本当に来た。


 その事実が、詩乃は嬉しかった。


「ね、フォローしてって」

 かなと【第一声それ?】


≪かなとがフォローしました≫


「えらいね」

 かなと【上からでわらう】


 胸の奥がじんわり温かくなって思わず笑い声がでた。


 彩【あーーーーー!!配信してた!】

 彩【絶対寝坊しないように早起きしすぎて、二度寝して遅刻したんだけど!!】


「……ちゃんと寝坊してる。えらい」

 かなと【えらくない笑】

 彩【主のせいです】


「え?」

 かなと【占い的中被害者の会】

 彩【訴訟】


 来場者数が5、8、11と少しずつ増える。


「ん、今日も見る?」

 彩【私見てほしい】


「ん」

 詩乃は半目のまま彩の明日を覗く。


 満員電車。昼休み。コンビニ。レジ前で迷う姿。


「午前中だるい。午後ちょっといいことある。甘いもの買うと吉」

 彩【急にOL雑誌みたいになった笑】

 かなと【スイーツ案件きた】

 彩【コンビニスイーツ信じて買うよ】


 あ【初見、宝くじ番号見て】

「ギャンブルは見ない」

 あ【なんで、当たらないから?】

「私がほしいから」

 かなと【正直で好き】

 彩【急に人間味出すな】

 あ【当たる占い師ならギャンブルで金儲けしろよ】

「んー、めんどくさいことになる」

 詩乃が楽に儲けられる手段を使わないわけがなかった。


 宝くじの高額当選を狙ったら宗教やらなんやら、どこから情報を手に入れてるのかうようよ現れて大変だった過去がある。



 そのとき、画面いっぱいに花のエフェクトが流れた。


≪彩が花のギフトを送りました≫


 詩乃は数秒固まった。

「……え?金?」

 かなと【反応終わっててわらう】

 彩【もっと喜んでほしいな】

 あ【言い方がひどい】


「あ、ありがと」

 ぎこちなく礼を言う。

 誰かが、自分にお金を使った。

 その事実が、まだうまく飲み込めていなかった。


 異世界では魔王を倒したとき、王城で山ほど報奨金を積まれた。

 魔物を倒すと人間の命が助かるから、村人から感謝をされた。

 宝石、金貨、名誉、感謝も浴びるほど受け取った。

 それらは命がかかわっているからだ。


 けれど今、画面の向こうの誰かが送ってきた小さな花のほうが、よほど現実味があった。


 たぶん、今の自分にはそっちの方が必要なのだ。


「……花って換金率いいの?」

 かなと【夢の無いこと聞くな】

 彩【生活感のある占い師すぎる】


「大事でしょ、そこ……」

 家賃まで、あと数日。

 綺麗事だけでは生きられない。


 コメント欄が笑いで流れていく。


 来場者数はいつの間にか15人になっていた。


 昨日は片手で数えられる人数だったのに、今日は画面の向こうに人の気配がある。


「……そろそろ終わる。フォローしてくれたら占うよ」

 かなと【俺も見て】

 彩【スイーツ報告しにくるから、明日も配信して】

 あ【どうせ当たらないけど、占っといて】


≪あがフォローしました≫


「ん、まとめてでいい?」

 かなと【雑】


 コメント欄の向こうにいる何人かへ、ふわりと意識を向ける。


 明日の断片が、星屑みたいに頭へ流れ込んできた。


「明日は……朝、ねむい」

 かなと【全人類そう】

 あ【インチキ占い師のほうがもっとまともなこと言うぞ】


「でも、昼にはちょっといいことある」

 彩【ざっくりしてるなぁ】


「なくしたと思ってたものが出てくる人、良い知らせの連絡来る人、たまたま席が空いてる人……そういう小さいやつ」


 コメント欄が一瞬静かになった。


 派手な奇跡ではない。

 けれど、日常を少しだけ楽にする程度の幸運が見える。


「あとは……夜、ちゃんと寝ると吉」

 かなと【急にまとも】

 彩【刺さる】

 あ【誰でも言えることばっかじゃん】


「ん。じゃ、おわり」

 かなと【雑に締めるな】

 あ【宝くじ研究しとけ】


 配信終了ボタンをタップする。


 星空が消え、暗くなった画面に自分の顔が写りこんだ。


 静まり返った部屋に、冷蔵庫の低い駆動音だけがやけに大きく聞こえた。


 詩乃の心には、不思議と寂しさはなかった。

 詩乃はスマホを操作してプロフィール画面を開く。


 フォロワー数 2→8人


「……増えてる」

 思わず声が弾んだ。


 たった数人。

 世間から見れば誤差みたいな数字だろう。


「……配信、悪くないかも」


 家賃には、まだ遠い。

 将来も相変わらずわからない。


 それでも明日の夜、この時間が楽しみだった。


「ん、DM?」


 yoki【明日も配信あるなら仕事の相談したいです】


「……無職に仕事の相談」



少しでも

・面白い

・続きが気になる

と思ってくださった方は、


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★★★★★にしていただけると嬉しいです


よろしくお願いします。

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