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ワンルームの薄暗い部屋。
床にはコンビニ袋。
机にはエナドリの空き缶。
ベッドの上には着古したジャージ姿の女が転がっていた。
九条詩乃、22歳。前世は魔法使いである。
大学を卒業後、なんとか入った大手銀行も3か月で辞めた。
これまでの人生で一番頑張ったのは就職活動だった。
何十社もエントリーし、面接で愛想笑いを浮かべ、建前に溢れた志望動機を語り続けた日々、
あの時間に意味があったのか、今となっては本人すらわからない。
ただ、自分には社会人としての適性があまりないと知っただけだった。
──ピロン
スマホの通知音で、詩乃は目を開ける。
「……家賃、来週までか」
通帳残高 52,480円。
仕事を辞めた理由は単純だ。
朝起きるの無理。
人付き合い無理。
サービス残業なんてもっと無理。
社会人として必要そうな能力が、だいたい欠けていた。
「働きたくない……でも、生きるのには金がいる……」
詩乃は天井を見上げる。
その視線を、さらに遠くに向ける。
ただそれだけで、天井の向こう。
雲の上。
遥かな空の先まで見通せた。
森羅万象を覗く千里眼。
それが、彼女の得意魔法だった。
なぜなら、九条詩乃の前世は、異世界で魔王を倒した勇者の一人だったからだ。
「異世界の魔王より、日本社会の方が手強い」
あの日倒した魔王より、現代社会を生き抜く方が何倍も難しかった。
「……ちきゅう、こわい」
異世界で無双した魔法も、現代社会では役に立たない。
どこもかしこも監視カメラ。
少しでも怪しいことをすれば、SNSで拡散される時代。
そんな世界で魔法なんて使えるわけがなかった。
「まあ、もう騒がれるのはこりごりだけど……」
チート能力、名声、富、権力。
それらすべてがあった前世。
なにひとつ苦労しなかったというのは嘘だ。
あれはあれで悩み事が絶えなかった。
「平穏が一番……平穏には金がいる……」
結局は何をするにも今の詩乃に必要なのは金だった。
スマホで何かいいバイトはないかと検索してみる。
「うーん、なるべく人と会わなくていいやつがいいな」
──顔出し不要!スマホ1台でライブ配信!
その文面が目に飛び込んできた。
「……喋るだけで金になる?魔物討伐より楽かも」
この時、詩乃はまだ知らなかった。
この選択が、再び自分を表舞台へと引きずり出すことを。
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