EX.2.そうだ、上層に行こう!
「なんかー。上層というか、塔が空に行くのよね」
エナは適当に言った。
「金髪のおねーさんが言ってたわ。与太話だろうけど、なんか真実みがあってね」
くるくると、指先で緑髪を回す。
「原に聞いてみたらビンゴだって言うじゃない。既に上層の人たちはみんな知ってて、そのうち下層にも伝えられるって。でもなんか、あいつにしては落ち着いてたわ」
「だから。その前に登りたいって言ったら、美菜ちゃんと由香ちゃんが準備してくれたみたいじゃない」
彼女は上機嫌だ。ずっと上層に行ってみたい、その目的が叶おうとしているのだから。
◆
「お兄さん、服はこちらにあるわ。下層で着替えると目立つから、エレベーターの中で着替えて下さい。他のものはホテルにあるから、お兄さんは何も持たないで大丈夫よ」
上層へと続くエレベーターには、由香と美菜がいた。2人とも水瀬運輸のツナギを着ている。由香曰く、アルバイトとしてこの旅行(不正)を企てているのだとか。……バレないだろうな。
「俺が行って良いのか? どう見ても怪しい家無しだろ。どう見ても怪しい奴にたぶらかされた巫女だろ」
「大丈夫! エナさんもいるし、由香ちゃんからもお墨付きだし、下層に降りてた間の私の友達って言えばオッケ-! 今朝もお父さん相手に誤魔化したよ!」
「言ったのか、お前。そんな緩いのか、巫女の基準は・・・・・・」
行けた。
緩かった。
「信じられねぇ」
「水瀬運輸社長直々のコネは強いのです。えっへん」
「いばることか、それ」
エレベーター内。うるさい駆動音が響く中、大きなダンボールが積み重なった物陰に移動する。下層で着ていた服を脱ぎ、美菜たちが持ってきた服に袖を通す。
柔らかい、触れただけで上質と分かる生地。ひょっとして新品だろうか。微かに罪悪感が沸き上がる。巫女の給料で買ったのか。シンプルなワイシャツにスラックス。きれいな服を着るのはこれで2度目だが、相変わらず糊の効いた素材には慣れない。
物陰から出ると、エナも着替えていた。彼女はシンプルな白いシャツと赤いのスカート。緑の髪に、鮮やかな赤色がよく似合っていた。正反対の色だが、互いが互いを引き立てている。
スカートの裾を摘まみ、エナが呟く。
「へえ、センスいいじゃない、2人とも。私の髪色に赤を合わせるなんて。さすがね」
「ふふ、水瀬由香をなめないで下さいね! おふたりとも、脱いだものはダンボールに入れておいて下さい」
「……洗濯したいな、どこかで。さすがにずっとこの中に置いておくのはアウトだろ」
「特に構いません。なんとかします。機密事項で」
「……怖いんだが」
「ま、由香ちゃんに任せておきましょ。コドモじゃないんだし、色んな考えがあるんでしょ」
「そうです、エナさん」
と言っていると、美菜が声を上げた。
「あっ!」
「どうしたの、美菜ちゃん?」
なにか計画の不備でもあったのだろうか。
「お兄さんのパンツ買うの忘れた!」
「絶対履かねぇ!!!!!」
さすがに持ってこられても困る。
「そんなこと言わずに! あぁ、シャツとスラックスは着回せても下着までは気が回らなかったわ……!」
「そこまで凹むな。後で買えばいい。……金も持ってねぇが」
「大丈夫だよ。今回の旅行は私のお節介だもん! 全部私のポケットマネーだよ」
「……」
あまりに好待遇すぎる。上層の人間とはここまでお人好しなものなのだろうか。それとも美菜が特別なのだろうか。
そろそろ、美菜を本気で慕った方がいいのかもしれない。
「……へぇ。パンツを買わせる仲、ねぇ」
「……エナ。空から落ちたいか」
「ふふ、ジョーダンよー♪」
エナの不躾な視線を睨みで返す。
……確かに、美菜とは将来を誓ったが。絶対に他者にバレてはならない。敏明の胃がしぬ。
上層の町を歩くのは久し振りだ。これまで神殿内と、外れの森にしか行かなかった。
「ここが、塔の上の世界……!」
エナは感激している。
「真っ白……ほんと、天の国みたいなイメージよね。油の匂いも脂の匂いもしないわ。……あたし、本当に来たのよね」
エナはどこかうっとりと呟く。
「やっぱり、夢見てたんだな」
「勿論よ。あんただって思ってるでしょ。煙と埃に塗れた生活なんでごめんよ」
敏明にとっては、下層の荒さは耐えるべき労苦だ。埃は鬱陶しいが、どうしても抜け出したいほどのものではない。
……だがそれも、自らの目的あってのものだったのかもしれない。何もなく下層で暮らせと言われたら、敏明でも苦悩していただろう。
町は、あちらこちらが崩されていた。モノクロに壊された地点である。下層に響くほど攻撃し続けていたのだから、被害は相当なものだっただろう。
それでも再建されようとしていた。
災厄を浴びても尚、人々は、良い方向へと進むのだ。
全てが見知らぬ空へ上がるのだとしても、後世に割れた窓は引き継ぎたくない。だから、100年後に遠い世界へ旅立とうとも、立ち上がる。
きっと、そういうことだ。




