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EX.2.そうだ、上層に行こう!

「なんかー。上層というか、塔が空に行くのよね」


 エナは適当に言った。


「金髪のおねーさんが言ってたわ。与太話だろうけど、なんか真実みがあってね」


 くるくると、指先で緑髪を回す。

「原に聞いてみたらビンゴだって言うじゃない。既に上層の人たちはみんな知ってて、そのうち下層にも伝えられるって。でもなんか、あいつにしては落ち着いてたわ」


「だから。その前に登りたいって言ったら、美菜ちゃんと由香ちゃんが準備してくれたみたいじゃない」


 彼女は上機嫌だ。ずっと上層に行ってみたい、その目的が叶おうとしているのだから。



「お兄さん、服はこちらにあるわ。下層で着替えると目立つから、エレベーターの中で着替えて下さい。他のものはホテルにあるから、お兄さんは何も持たないで大丈夫よ」


 上層へと続くエレベーターには、由香と美菜がいた。2人とも水瀬運輸のツナギを着ている。由香曰く、アルバイトとしてこの旅行(不正)を企てているのだとか。……バレないだろうな。


「俺が行って良いのか? どう見ても怪しい家無しだろ。どう見ても怪しい奴にたぶらかされた巫女だろ」


「大丈夫! エナさんもいるし、由香ちゃんからもお墨付きだし、下層に降りてた間の私の友達って言えばオッケ-! 今朝もお父さん相手に誤魔化したよ!」


「言ったのか、お前。そんな緩いのか、巫女の基準は・・・・・・」


 行けた。


 緩かった。


「信じられねぇ」


「水瀬運輸社長直々のコネは強いのです。えっへん」


「いばることか、それ」


 エレベーター内。うるさい駆動音が響く中、大きなダンボールが積み重なった物陰に移動する。下層で着ていた服を脱ぎ、美菜たちが持ってきた服に袖を通す。


 柔らかい、触れただけで上質と分かる生地。ひょっとして新品だろうか。微かに罪悪感が沸き上がる。巫女の給料で買ったのか。シンプルなワイシャツにスラックス。きれいな服を着るのはこれで2度目だが、相変わらず糊の効いた素材には慣れない。


 物陰から出ると、エナも着替えていた。彼女はシンプルな白いシャツと赤いのスカート。緑の髪に、鮮やかな赤色がよく似合っていた。正反対の色だが、互いが互いを引き立てている。


 スカートの裾を摘まみ、エナが呟く。


「へえ、センスいいじゃない、2人とも。私の髪色に赤を合わせるなんて。さすがね」


「ふふ、水瀬由香をなめないで下さいね! おふたりとも、脱いだものはダンボールに入れておいて下さい」


「……洗濯したいな、どこかで。さすがにずっとこの中に置いておくのはアウトだろ」


「特に構いません。なんとかします。機密事項で」


「……怖いんだが」


「ま、由香ちゃんに任せておきましょ。コドモじゃないんだし、色んな考えがあるんでしょ」


「そうです、エナさん」


 と言っていると、美菜が声を上げた。


「あっ!」


「どうしたの、美菜ちゃん?」


 なにか計画の不備でもあったのだろうか。


「お兄さんのパンツ買うの忘れた!」


「絶対履かねぇ!!!!!」


 さすがに持ってこられても困る。


「そんなこと言わずに! あぁ、シャツとスラックスは着回せても下着までは気が回らなかったわ……!」


「そこまで凹むな。後で買えばいい。……金も持ってねぇが」


「大丈夫だよ。今回の旅行は私のお節介だもん! 全部私のポケットマネーだよ」


「……」


 あまりに好待遇すぎる。上層の人間とはここまでお人好しなものなのだろうか。それとも美菜が特別なのだろうか。


 そろそろ、美菜を本気で慕った方がいいのかもしれない。


「……へぇ。パンツを買わせる仲、ねぇ」


「……エナ。空から落ちたいか」


「ふふ、ジョーダンよー♪」


 エナの不躾な視線を睨みで返す。


 ……確かに、美菜とは将来を誓ったが。絶対に他者にバレてはならない。敏明の胃がしぬ。


 上層の町を歩くのは久し振りだ。これまで神殿内と、外れの森にしか行かなかった。


「ここが、塔の上の世界……!」


 エナは感激している。


「真っ白……ほんと、天の国みたいなイメージよね。油の匂いも脂の匂いもしないわ。……あたし、本当に来たのよね」 


 エナはどこかうっとりと呟く。


「やっぱり、夢見てたんだな」


「勿論よ。あんただって思ってるでしょ。煙と埃に塗れた生活なんでごめんよ」


 敏明にとっては、下層の荒さは耐えるべき労苦だ。埃は鬱陶しいが、どうしても抜け出したいほどのものではない。


 ……だがそれも、自らの目的あってのものだったのかもしれない。何もなく下層で暮らせと言われたら、敏明でも苦悩していただろう。


 町は、あちらこちらが崩されていた。モノクロに壊された地点である。下層に響くほど攻撃し続けていたのだから、被害は相当なものだっただろう。


 それでも再建されようとしていた。


 災厄を浴びても尚、人々は、良い方向へと進むのだ。


 全てが見知らぬ空へ上がるのだとしても、後世に割れた窓は引き継ぎたくない。だから、100年後に遠い世界へ旅立とうとも、立ち上がる。


 きっと、そういうことだ。

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