92話 よくある 忖度する戦姫 その⑪
リリー視点になっています。
今まで領主の娘として、魔力がなく、小柄で、女子というだけで周りから憐れみの目を向けられていた。それは剣を手にしてから更に強くなった。剣術より姫としての作法を覚え、少しでも見栄えよくするものだと誰もが口にされていた。
でも、そんな陰口にも知らぬ顔で、ひたすら剣術に明け暮れた。
誰にも『負けない』騎士に、わたしはなってやるのだから。
そう胸に誓い、今まで剣術と向き合ってきた。
魔力がないからと、小柄だからだと、女子だからと見下す人には絶対負けない。そう意気込んできた。だからわたしには敵しかいないと思っていた。一生『友』など出来ないと思っていた。でも、入学式の前に現れたのは、今まで出会ったことのある人と全く違っていた。小柄だとか、女子だからだとそのようなことで人を見る人ではなかったのだ。初めて会ったにも拘らず、わたしのことを一人の人として、剣士として真剣に向き合ってくれたのだ。しかもわたしより遥かに強い。
そう。わたしは初めて人に『勝ちたい』と思う相手と出会ってしまったのだ。
額に当てられた枯れ木の枝。清々しいとさえ思えた敗北。わたしは一生忘れないだろう。
前期最後の授業が終わり、男子たちが騒ぐ中、女子一人のわたしは教室をあとにした。
勇者と呼ばれるユウキ様でも倒せられなかったギルを、地に跪かせるのはわたしだ。
そう拳を握り学園を出た。
早くガーネシリア領に戻って瞑想と足技を習得しなければ、そう寮の階段を上がろうとした時、アーソニヤ様に呼び止められた。なんでも、わたし宛の手紙を預かっているということだった。
礼を言い手紙を受け取る。差出人は同領地の騎士からだった。自室で封を切り、文面に目を走らせる。
今まで誰ともお茶会をしてこなかったわたしに声をかけてくるとは。そう口元が緩む。しかも、マルセーヌ様ともお茶会を済ませていないのだ。その状況で口約束ではなく、手紙で誘ってくるとはいい度胸をしている。
手紙だと面と向かってではないので断りを入れにくい。しかも返事を同じく手紙で返そうにも、相手はすぐ近くにいるのだ。相手は階級が下なので、直接渡しづらいということがあって許されたかもしれないけれど、わたしが下の者に手紙をアーソニヤ様に頼もうものなら「直接自身で」と言われ、恥をかくだろう。それを見越しての手紙だろう。
いつもなら知らぬ顔をするところだけれど、昨日のユーディー様のこともあって今は気分がいい。マルセーヌ様には申し訳ないと思うけれど、このお茶会を受けてあげましょう。自領の騎士たちには、マーレとの決闘の時も迷惑をかけていることだし。そう時刻と場所に目を通した。
夜七つの鐘が鳴り響くのを耳にし、自室をあとにする。この時間だと上級貴族たちはもう交流会へ行っているころあいだ。
騒がしい広間に目もくれず、四階の自習室へ向かう。前期最終日ということもあって三階の自習室は埋まっているのかしら? そう思いつつ、手紙に書かれていた部屋のドアをノックする。
「本日お招きを頂いたリリーです」
そう声をかけるとドアが開かれ、部屋を覗いてびっくりしてしまった。なんと東側の女子騎士たちが勢揃いしていたのだ。しかも、あるはずのテーブルが隅に寄せられ、椅子が一つだけ置かれていた。
「本日は強引なお誘いにも拘わらず、出席して頂けたことを心より感謝いたします」
五人が揃って腰を折る。そしてドアが閉まると、わたしは一つだけ用意されている椅子へと招かれる。
これはどう見てもお茶会という雰囲気ではない。そう気丈を装い、腰かける。
「これは一体どういう……」
質問を言い終わるより前に五人の女子騎士たちが一斉に跪く。
肩で大きく息を吐き、俯き居並ぶ五人を見回す。
「代表者。本日の趣向を説明しなさい」
おそらく彼女たちは、騎士のわたしとしてではなく、姫としてのわたしに話があるとみた。そう格調高い態度で対応する。
そこで一人が顔を上げ、話を始めたのはヴァーリアル領の騎士ではなく、バルンツ領の騎士だった。
一番地位の低い彼女が代表者? 内心で首を捻る。
「不躾で申し訳ございませんが、後期よりリリー様が騎士組へ組替えされるという噂が広まっています。もしそのようなことがあった時、リリー様はどうなさるつもりなのでしょうか?」
「言いづらいことを単刀直入に聞くのですね」
「申し訳ございません」
一度頭を下げ、口では謝っているが、再びわたしの顔を見る度胸。その胆力からして、ここにいる女子たちを率いているのだと理解できた。ヴァーリアル領、ガーネシリア領の貴族が二人ずついるにも拘らず――肝が据わっている。
「その噂は否定しません。そして降格しても学園を去る予定もありません。あと、半月ほど前にわたし自ら降格願いを出したので、後期はあなたたちと同じ騎士組になることは確実でしょう」
わたし自ら、という言葉は予想していなかったようで、五人が面食らった表情を見せた。
「わたしが騎士組に入ることで、なにか問題があるのでしょうか?」
「いえ。とんでもございません。ただそれが事実ならば、リリー様に折り入ってお願いしたいことが存じます」
「なにかしら」
「ここにいる五人の中から一人、西側の女子騎士たちの組に、入隊することをお許し頂きたいのです」
ん? 話がよく理解できず首を傾けた。
代表者の説明によれば、西側の女子騎士は四人しかおらず、順番に西側の男子の組に入れてもらわなければならないようだ。
「その境遇がよくないのです」
女子がいると欠点となると言われ、囮や単騎突入といった役割を押し付けられるらしい。
西側の女子騎士はもちろん、東側の騎士たちもそのことに歯痒い思いをしていると言う。
「見ていて同じ騎士として悔しいのです。ですから、どうかこちらから一名、彼女たちの力になることをお許しして頂けないでしょうか?」
「大変よい心掛けだとは思いますが、その西側の騎士たちとは話はついているのですか?」
「はい。今、隣の自習室で彼女たちが待機しています。お呼びしてもよろしいでしょうか?」
「許可します。彼女たちをここへ」
そう言うとヴァーリアル領の騎士が立ち上がり、部屋へ四人の騎士が招かれた。
十人も入るとさすがに狭い。東側の騎士たちが立ち上がり隅へ移動し、場所を譲る。すると西側の騎士たちが跪く。
「面会の許可を頂き有難く存じます」
「細かい挨拶は省きましょう。話は今彼女たちから聞きました。あなたたちは東側の騎士が混ざってもよろしいのですか?」
「はい。最初彼女たちから話を受けた時は正直戸惑いました。しかしこの機会を逃せば、わたくしたちの境遇はずっと変わらないでしょう。そうなると、故郷に、実家に恥をかくのは目に見えています。ですので、今回の申し出は、わたくしたちには願ってもいないものなのです。わたくしたちから是非と頭を下げたいと思っております」
顎に手を添え、よく考えてみる。
もちろんこの話は受けるつもりでいる。しかし東側の騎士が一人となると、その騎士にいらぬ噂が流れないだろうか? そして、西側の男子騎士たちはどう思うだろうか? 東側の力を得るなどと、嫌味を言われたり、帰郷してからおかしな噂を広められたりしないだろうか? そう危惧してしまう。
「リリー様!」
バルンツの女子騎士が熱い視線を送ってくる。かなり情に熱いようだ。だけど安易な返答は出来ない。
「この話は許可できません」
そう言うと、東側の騎士たちが目を見開き、跪いている西側の騎士たちの肩が落ちる。
「リリー様どうしてですか?」
「落ち着きなさい。許可はしませんが新たな案を提案いたします。ここにいる十人で合同の組を結成してはどうでしょうか?」
みんなが顔を見合わせ首を傾げる。
十人で二組に分ける。その組み合わせは何日かに一度組み替える。そうすれば、誰かが一人などという懸念は拭える。そして、この案を出したのはわたし。領地位二位の姫なのだ。物申すならわたしに持ってこいというものだ。言えるものなら。
「そうすることで、誰も疎外されることはないでしょう。いかがでしょうか?」
東側の騎士たちは申し分がないということだ。そして西側の騎士たちは――
「それはつまり、わたくしたちもリリー様の剣術を目の前で拝見できるということでしょうか?」
「そんな大したものではないですが」
「とんでもありません。『双剣の戦姫』の剣術が……願ってもいない申し出、断る理由などございません」
と喜んでくれる。少し体がむず痒い。
「では本日はこれで話は終わりですね」
「はい。貴重な時間をありがとうございました」
皆が揃って頭を下げる。
やれやれとため息をついた。するとバルンツの騎士がわたしの前に現れた。
「不躾ついでにもう一つよろしいですか?」
「ええ。どうぞ」
姫の態度を解き、リリーとして対応する。
「リリー様には兵騎士としてではなく、司令官として組に入ってもらいたのですが」
「どういうことかしら?」
「リリー様の剣術は一人の時では敵なしだと思います。ですから、一人で飛び込めるように、わたくしたちを動かしてもらいたいのです」
隊をわたしが動かす? 今まで一人で戦ってきたわたし。だから親衛隊組では、男子の言われることに黙って従っていた。
わたし自身が動きやすいように人を動かす。そのような考えを今までしたことがなかった。
「いかがでしょうか?」
一瞬返事に戸惑ったけれど、初めての試みに、
「是非試してみたいわ」
と心躍る申し出だった。
帰省する馬車の中、窓から自領の草原をぼんやりと眺め、内容の濃い学園生活を振り返っていた。
そんなわたしにエザベルが嘲ってきた。
「なにかよからぬことでも考えているのですか? リリー姫様が静かだと不気味です」
「そうね。今年の剣舞会は参加しないでおこうかしら、と考えていたの」
「な! どうなされたのですか? そのようなことを姫様が。学園でなにかあったのですか? 相談もなしに降格届を提出したりと最近の姫様は行動が読めません」
「冗談よ。ただ、やるべき課題が見えた、そう考えていただけなの」
愕然としていたエザベルが口の端を緩め微笑する。
「そうですか。それは充実した学園生活を送れたということですね」
まあね、とわたしは両手をピンと上へ掲げ、身体を伸ばす。
「まだ時間はかかるわね。少し眠るわ」
「わかりました」
瞼を閉じ、寝ると見せかけ瞑想を始める。
ギル、ユーディー様、見てなさい! 必ず追いついてやるのだから!
そう意気込み、意識を心の奥に滑り込ませた。
今回のリリーの物語は、かなり長い話になってしまいました。10話にも収まらないとは思ってもいなかったです。中だるみしていなかったでしょうか? 心配です。
次話より本編に戻ります。
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ここまで読み進めていただきありがとうございました。




