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9話  寮について

 初めて乗った馬車。屋根つきの荷馬車という不思議な感じた。しかも丁寧に椅子までついていて、揺れも静かで乗り心地がいい。そしてなにより、窓を流れる初めての風景から目が離せられなかった。

 屹立と並ぶ石造りの建物。

 ここまで来る道中、街を歩くときは身なりが恥ずかしくて俯いて、人と目を合わせないように歩いていたので気づかなかった。立派な恰好というか、清潔な恰好をしている街の人たちは、話し込んでいる姿も、歩く姿ももの腰が柔らかい。ウィードルドと違って叫んでいる人や走り回ったりしている人を見かけない。ましてや継ぎはぎの布の服を着ている人なんかは、もってのほか。生活環境の違いを目の当たりにして緊張が高まってきた。

 ちゃんと生活していけるかな? 膝の上に添えている拳に自然と力が入る。

 しばらく進んで馬車が止まると扉が開き、降りてみると目の前には大きな門があった。敷地の奥には芝が敷かれたキャンパスが広がり、目を疑うような大きな建物がどっしりと聳え立っていた。その重圧感に思わず尻込みしてしまう。

「ここからが寮の敷地になっていますギル様。では、急ぎましょう」

 コウライさんが堂々と敷地を進む。不安いっぱいの僕はシャマルさんと並び、あとをついて行く。

「右手の入り口は女子寮で、左手が男子寮です。間違わないようにしてください。間違えると退学の恐れもあります」

 退学と言う言葉に思わずドキッとさせられる。そんな緊張している僕に、シャマルさんが声をかけてくれた。

「よほどでない限り間違うことはないですよ。大丈夫ですギル様」

 にっこりとするシャマルさんの気遣いに笑って見せたけれど、自分の顔が引きつっているのがわかる。緊張の連続で眩暈を起こしてしまいそうだ。

 コウライさんが男子寮の石階段を進み、僕も後ろに続きながら、ふと石造りの建物を見上げてみた。見える窓から七階建てなのがわかった。

 シャマルさんが扉を開けて、コウライさんが中へと促してくれる。

 僕は二人を交互に見てから頷くと、ゆっくりと中へ足を踏み入れた。

「魔術学校入学おめでとうございますギル様。わたくし、管理人のアルギニオと申します」

 入った扉の先で、白髪髭が印象深い男性の挨拶に、心臓が止まるかと思った。

 目じりに皺を刻みながら微笑みかけてくれたのに、がっしりとした体格を見た瞬間、この人強い、と直感した。この人、今まで気配を消していた? 声をかけられたとき、そう思わずそう身構えそうになったのだから。

 そんな内心を知らないコウライさんが怪訝な顔で覗き込んできた。僕は慌てて笑みを取り繕い、笑って胡麻化す。

「ギル様、合格通知を管理人様へ」

「あ。はい」

 急いで手にしていたリュックから合格通知を取り出した。

「確かに頂戴いたしました。しばらくお待ちください」

 アルギニオさんは背後にあるカウンターへ向かうと、壁にある格子の棚からなにやら手にして戻ってくる。

「ギル様こちらを。こちらは失くさず肌身離さず持っていてください。部屋のカギにもなっていますし、王都学園の生徒だという証にもなります」

 アルギニオさんからそう楕円形のペンダントトップを受け取る。銀色のペンダントトップには、丸い円の中に上下になった三角形の印が刻まれていた。よく磨かれた銀色のチェーンを摘まんだそのとき、後ろにいたシャマルさんが声をかけてくれた。

「その印みたいなものは魔術陣です。ギル様、ペンダントをお付けしましょうか」

 シャマルさんが僕の手のひらからペンダントを手にすると、首にチェーンを回し留め金を止めてくれる。

 その間にもアルギニオさんの説明が続く。

「そのペンダントがあれば、どの領地の関所も通り抜けできます。あと、図書館の本の貸し出しや自習室の予約もできます」

「自習室?」

 僕が首を傾げるとコウライさんが口を挟んできた。

「ここの一階の奥へ進むと食堂があり、その二階には男女共有の大広間があります。さらに三階と四階、五階には個室があり、それらが自習室です。建前上、自習室ですが生徒たちが数人で借り、お茶会など、込み入った話し合いをするときに使われます」

「いろいろな領地から人が集まっていらっしゃるので、同領地民同志、聞かれたくなない会話等もあるでしょうから。それに女の子同士の会話もあるでしょう」

 シャマルさんが微笑みながらそう付け加えた。

 アルギニオさんも微笑みながら話を進める。

「先ほど話に出た三つの場所は男女共有になっていますが、二階、三階等に上がる場合は、必ず男子棟の階段をお使いください。女子棟から上がれば、女子寮へ侵入したとみなされ処分を受けます」

 処分とは退学のことだろう。心して頷く。

「以上、説明が終わったことでギル様が入館手続きを終了したことを宣言いたします」

 そうアルギニオさんがそう胸に手を添えて述べる。

「よろしくお願いします」

 僕も頭を下げて礼をした。


 僕の部屋は五階の一番奥だった。白いドアには授かったペンダントトップと同じ紋章がある。

「ペンダントを近づけてみてください。お互いの魔方陣の効力によって、ドアが開きます」

 コウライさんの言葉に頷き、首にあるペンダントトップを近づけてみる。でも、なにも変化はなかった。

 あれ? 僕はコウライさんへ振り返った。

「鍵が開いただけですよギル様。ドアのノブを回してください」

 なるほど――僕ははにかみながらノブへ手を伸ばす。てっきり魔術でドアが勝手に開くものだと思っていた自分が恥ずかしい。

 部屋に入ってみれば、そこは一人で住むには広すぎることに驚いてしまった。大きなタンスとベッドに、机と引き出しのついたラック、部屋の中央にはローテーブル。それだけ揃っているのにまだまだ部屋には余白があるのだから。そもそもこんなに収納があっても、荷物がない僕にとっては宝の持ち腐れだ。

「机の引き出しには筆記用具やノート、メモ帳があります。タンスには何着かの下着を用意しています。確認してください」

 シャマルさんにそう言われ、僕は部屋の中にあるものを一通り確認して回る。その間、シャマルさんは部屋にある扉を開けて中へ入って行った。

「確認が終わりましたら、こちらへ来てください」

 扉から顔を出したシャマルさんに言われた通り、一通り確認が終わると僕はもう一つの部屋へと向かってみる。

「ここは洗面所です。ここで歯を磨いたり、顔を洗ったりする場所です」

 こぢんまりとした部屋で、シャマルさんが指さしたカウンターには半球状の穴が開いていた。そして、壁にはなにやら金色の筒みたいなものがついている。

「ギル様。ここに触れてみてください」

 金色の筒にまた魔術陣がある。僕は恐る恐る魔法術陣に触れてみる。すると、筒から水が流れ出てきた。

「え? どうなっているの」

 驚愕し、僕は筒に顔を近づけてみた。今まで生活水は、井戸から汲むか、魔術で出すか、しかなかったのだから。

「ギル様は魔術が使えても、魔術陣のことは知らないのですね」

 シャマルさんは魔術陣に触れ、水が止まると話を続ける。

 魔術陣には術式と魔力が刻み込まれていて、衝撃を与えると込められた魔術が発動したり、止まったりするらしい。

「わたしは魔術が使えないので、どういう仕組みかは説明できませんが、領地に住む家では普通のことなのですよ。魔術陣については学校で学べると思えますので、詳しくは授業の方で」

 そう説明してくれて、さらにもう一つのドアを開けた。

「ここが浴室です」

 大きな四角い桶みたいなものがある部屋。桶の傍にある壁にも筒らしきものがついている。今度は金と銀のものが一つずつ。シャマルさんが桶を指しながら扱い方の説明をしてくれる。

「金の蛇口からは水が、銀の蛇口からは湯が出ます。そして、この湯船に栓をして湯をはります」

 湯船に張った湯では、浸かって体をほぐしたり、温めたりするらしい。さらには、頭や体を洗うことにも使用するようだ。それぞれの洗剤のことについても話してくれる。貴重なものなのだろうか? 洗剤は今まで嗅いだことのないいい香りがした。

「ギル様。これからは毎日お風呂を使ってください。身なりを清潔にすることは今後の生活では大事になります。用意してあるそれぞれの洗剤を使うと、髪は艶が出て綺麗になりますし、体も体臭が消えますので」

 シャマルさんにそう言われ、今着ている服に着替えていたときのことを思い出した。着崩れやサイズを確認しているときのことだ。シャマルさんからはすごくいい匂いがしていた。そして、ふと自分の体のことが気になった。二日間も体を擦っていない。

 もしかしたら今の僕はヘンな匂いをしているのでは。そう思うと一度自分の体を覗き見て、恐る恐るシャマルさんをチラ見してみる。

「これからは必ずお風呂に入ってくださいね」

 自分の匂いはわからないけれど、シャマルさんの向けてきた笑みに、はにかみ「はい」と返事をした。

 コウライさんとシャマルさんから日常生活について一通り話を聞き終えると、部屋を出て一階の食堂へ向かうこととなった。


寮の場面、少し長くなりましたので、二部に分けています。


誤字脱字を見つけた方、報告していただくと嬉しいです。

読みづらい箇所とうありましたら報告してください。


続きも目を通していただけると嬉しいです。

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