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8話  よくある 貴族様について

「ギル様お待ちしていました。もう間に合わないかとヒヤヒヤといたしましたよ」

 部屋の中には、両手を広げて歓迎を現す男性がいた。グレーかかった髪に金色の瞳。シャープな輪郭の中には甘い笑顔。旦那様と呼ばれていたから年齢もそこそこなのかなと思っていたら、三十歳過ぎたぐらい? 思っていたより若く、さっき倉庫で見かけた人たちとは全く違って、身なりが豪奢だ。でも、まったく嫌味に見えない。「ようこそ、ダフィー商会へ」と、右手を胸元に添えて会釈する彼に好印象を持ってしまった。たぶん雰囲気が知っている人に似ているからだろう。

「ビルディード様からギル様のことは聞いております。わたくし、コウライと申します。困ったことがあればなんなりとご相談ください」

「ありがとうございます」

 ウィードルド出身で嫌がられるかなと思っていたけれど、優しそうな人だ。僕は背負っていたリュックを肩から下ろして頭を下げた。

 そして先ほど、コウライさんから出た名前、ビルディードさん。その彼は僕にとって大切な人だ。

 じいちゃんとばあちゃんの古い友人で行商人をしている。ウィードルドに数か月に一度やってきて、村に物資を売りに来たり、手仕事を持って来たりしてくれる人だ。僕が魔術学校の試験を受ける際にも付き添ってくれ、今回も学校へ必要な家具や日常品を、ここダフィー商会で用意してくれた心優しい人だ。コウライさんはそんな彼と漂う雰囲気がなんとなく似ていた。

 コウライさんがソファーを勧めてくれると、リュックを置き、腰にある剣とベルトを外して腰かけた。

「まず、ビルディード様から頼まれていた荷物のことから話してもよろしいですか」

 コウライさんがテーブルを挟んで、僕の前に座ると話を切り出した。

 そして、彼の話に目を剥いて驚いてしまった。

「実は、王都学園に生徒たち以外が入れるのは、今日の夕刻までなのです。ですので、ご用意させて頂いていたものは、昨日のうちに寮へ運んでおきました」

「すみません。そんな決まりがあるなんて知らなくて」

「問題ありません。ただ、品物の確認は寮で見てもらうということになります」

「わかりました。ところで、その……お代の方は? どれぐらいになるのでしょうか?」

 この部屋に入ってから気になっていた。

 ものすごく清潔に保たれている部屋。目の前にあるテーブルも、執務用の机も、ピカピカとしている。見えている装飾品は細工が細かく、豪華なものだとわかる。ソファーもクッションが効いていてフカフカとしているし。見るからにここは高そうなお店と思われる。今ある手持ちのお金で足りるだろうか。すごく心配だ。

「商人は、商品と現金は引き換えでお渡しいたします。ですので、お代はすでにビルディード様から頂戴しております」

「そうですか」

 よかったと安堵した。

「聞いていませんでしたか。ビルディード様も人が悪い」

「そういういたずら好きなのがビルディードさんなので」

 わかります、とコウライさんが微笑んだ。

「ところで恐縮なのですが、これから重要な話があります」

 コウライさんは今まで見せていた柔らかい表情を一変させ、両手の指を組み、真剣な眼差しを向けてきた。

 僕は息を飲み背筋を伸ばした。

「ギル様がウィードルド出身だということは、ビルディード様から聞いております。そこで学園での過ごし方について話をするように頼まれています」

 全身に緊張が走る。今まで暮らしてきたウィードルドとの生活環境の違いは、ここまで通って来た領地で味わってきた。ただ通り過ぎるだけなので深く考えないようにしてきたけれど、これから一年、この王都で暮らしていかなければならない。村とは違う生活環境のことを知っておかなければならない。

 お願いします――そう心して頷くと、コウライさんは学園について話し始めてくれた。

 王都学園には僕が通う魔術学校と騎士学園の二つの学舎が存在している。そして、そこに通う生徒たちはみんな寮で過ごすことになっているようだ。寮は男子寮と女子寮の二つにわかれているらしい。

「そこにいる生徒は、ギル様以外はみんな、貴族か富豪の子供たちなのです。つまり、平民はギル様だけなのです。わたくしが知る限りでは、王都学園に平民から入学するのはギル様が初めてだと思います」

 コウライさんの話に虚をつかれ、目を瞬いた。

「え? そうなんですか? だって領地の人たちは学校に通うって聞いていたのですが」

「確かに。平民も読み書きや計算を覚えるため、七歳から一年ほど学舎へ通います。しかし、それ以外の勉学をするのは、お金に余裕のある貴族か富豪の子どもたちだけなのです。ましてや、魔術を使えるのは、貴族様と富豪の人たちと決まっているのです」

 魔術使いは、王族はもちろん領主たちも喉から手が出るほど欲しい存在らしい。

 なぜなら魔術使いは、領地を守る騎士よりも強く、領地の農作物の収穫にも影響が出ると言う。しかも、厳しい王都学園の試験に合格できた者は、それだけで箔が付くようだ。

 だから魔術使いは、資産が多い人たちがお金を払ってまで囲い込んだり、結婚をさせたりして生まれてくる子どもに魔力を継がせるらしい。だから平民には、魔術使いがいないと言う。しかし、生まれてくる子に必ずしも魔力が宿るとは限らないらしい。

「よって無駄に多くの子どもを産ませ、魔力を持たない子どもを捨ててしまう貴族が現れたのです。そのため、法律で一つの家族が持てる子は三人までと決まったのです。そして、男性が娶れるのは第三婦人まで、と」

「そ、そんな……あのう僕は……」

「ギル様落ち着いてください。ギル様の生い立ちは聞いています。しかも、罰せられるのはギル様ではなく、捨てた親の方です。それに、魔力を持つギル様が捨てられるのはおかしいと思いませんか。でも今は、そのことを解決するすべはないと思います。それよりも学園での過ごし方の話を進めましょう」

「は、はい」

 話が逸れてしまったことを謝るコウライさんには気がかりは残るけれど、僕は頷いて話の続きを聞くことにした。

「ウィードルド出身のギル様は、ここ王都に来るまでなにかしら嫌な思いをしてたどり着いたと思います」

 関所の門兵や宿屋の主人たちの態度のことだろう。差別的で蔑むような目で見られてきた。ウィードルドの人たちが領地の人たちに歓迎されないことはわかっていたとはいえ、目の当たりにすると傷つくってものだ。

「立哨している騎士や平民でさえその態度なのです。しかもこれから行く学園の貴族たちは、もっと風当たりが強いと思われます。貴族や富豪たちは身分や知名度にはうんざりするほど、お高いのです」

 コウライさんの真剣な眼差しが、更にきついものになった。その顔つきに不安が積もり、思わず目を逸らして俯いてしまった。

「そこでギル様にビルディード様から伝言があります」

「え?」

「もし学園に行くのが不安なら、ここで入学をやめてもいいと。学園の試験に合格ができるほどの魔術が使えるのなら、誰か魔術を教えてくれる人を探すのも一つだと。人を雇うお金ならビルディード様がお貸ししてもいいと。のことです」

「ビ、ビルディードさんが」

「はい。ゆっくり考えてくださいと言いたいところですが、あと二の刻までに寮へ行き手続きをしなければ不合格となります。今ここで決断してください」

 今! コウライさんの言葉に心が騒ぐ。

 これから身分差が厳しいところへ行って、勉強に励むことができるだろうか。嫌な思いをしながら生活ができるだろうか。

 ウィードルドに戻って……そう思った時、僕を見送ってくれた人たちの顔が浮かんだ。

 約束を交わした幼馴染たち。

 そして、じいちゃんとばあちゃんたちの顔が。特に二人は、僕が魔術学校に行くことを切望していた。よく三人で卒業してからのことをいっぱい話した。

 捨て子だった僕を育ててくれた人たち。魔術を覚えて村の人たちの生活を楽にさせてあげたい。僕はみんなに恩返しをしたい。そう決意してここまで来たんだ。

 僕は唇をかみ締め、「入学します」と、決意の言葉を発した。

 わかりました――と、コウライさんは組んでいた手を叩いてにっこりと微笑んだ。

「さっきは試すつもりで少し厳しい言い方をしましたが、学園内では『身分差による発言や行動は禁止』という校則があります。まあ、揉め事を起こさないための建前上なのですが。しかし、課題ができるということは、身分差よりも実力なので、気が滅入るほどのことはないと思います。しかし寮内での生活では、いろいろとややこしいみたいなので気を付けてください」

 微笑みながらの説明に肩の力が抜けて少し気持ちが安らいだ。

「では時間がありません。準備をして寮へ急ぎましょう。案内しますので」

「はい」

 僕は緩んでいた気を引き締めて返事をした。すると、コウライさんはテーブルの上にあったベルを手に取るとチリンと鳴らす。

「お呼びでしょうか」

「シャマル。ギル様に例のものを」

 執務室に現れたシャマルと呼ばれた女性は、はいと返事すると僕の傍へやって来る。

 綺麗な人だ。短い金髪にシャープな顔の輪郭。切れ長の目がにっこりと模ると思わず見惚れてしまった。街に住んでいる女性って、みんなこんなにも綺麗なんだろうか? 

「ギル様? あちらの衝立の方へどうぞ」

「は、はい。すみません」

 慌てて立ち上がってシャマルさんのあとに続く。衝立の奥へ歩むと、壁には白いシャツと黒いズボン、黒い上着がハンガーにぶら下がっていた。どれも真新しくて清潔だ。

「ギル様。それでは、あちらの洋服にお着替えください」

 シャマルさんがそう促し、衝立からすうっといなくなる。

 キョロキョロとしながら疑心感たっぷりに服へ近づく。

 ぱりっとした真っ白なシャツ。すべすべとした真新しいズボン。上着のポケットには金の糸で刺繍が施してある。

 お金持ちの人みたいな服だ――と自分が着ている薄汚い布の服を見比べる。

 ビルディードさんは一体、いくらお金を使っているんだろう。そのお金はどこから出ているんだろう。思わず頭を捻る。今度会ったら聞かなきゃ。

 お金の出所を気にしつつ、着替えを始める。

 試着が整うと木靴を脱ぎ、新しい皮の靴へ履き替えた。すると、再び現れたシャマルさんが服の着崩れを直しながら出来具合を確認し始めた。

「問題はないようですね。この服は今日から明日までの繋ぎです。明日、学園から制服が支給されますので、明日以降は、部屋以外では制服で生活することになります。どこへ行くにも制服を着るようにしてください。校則になっていますので。あと、ベッドやタンス、下着の着替えは寮へ運んでいます。浴室にも洗剤等は用意していますので、無くなる前にここへ注文しに来てください」

 日常品の話に頷いていた僕はふと首を傾けた。

「ヨクシツってなんですか?」

 聞き慣れない言葉を片言で言うと、シャマルさんの動きが止まった。コウライさんに目を向けてみれば、グレーの前髪を掻き上げ、「ウソだろう」と天井を仰いでいた。そしてシャマルさんが恐る恐る声をかけてきた。

「ギル様。いつも体はどのようにして洗っていらっしゃるのですか」

「井戸から盥に水を汲んでタオルで擦っています。たまに川や泉で洗いますが」

「旦那様!」

 当たり前のように答えた僕に、シャマルさんはしばらく唖然としていたかと思うと、突然声を上げたのだ。

「わかっている。すぐ馬車の用意を。寮へ行って日常生活の話をするぞ。シャマルついてこい」

「はい」

 シャマルさんが慌てるように部屋から出ていってしまった。

「ギル様時間がありません。荷物を持ってすぐに寮へ向かいましょう」

 そう急かされ、僕は脱いだものをリュックに詰め込み、剣とベルトを手に取った。

 一体、なにがどうなっていることやら。

 ヨクシツというものを知らない僕に不安が膨らんだ。

誤字脱字を見つけた方、報告していただけると嬉しいです。

読みずらい箇所等ありましたらコメントください。感想などもいただけると嬉しいです。


ここまで読み進めていただきありがとうございました。

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