82話 よくある 忖度する戦姫 その①
リリー視点になっています。
高価なハイポーションは生きていれば大体のものが治ると言われている。
つまり、斬られたものでも細胞が生きている間に振りかければ元に戻る。
そう生きていれば――
わたしの大好きなお母様は生まれた時から体が弱かったらしい。そのことに気づいた時には体が病気に侵されていたという。ハイポーションでは現状を維持するどころか、浸食を弱めることしかできない状況だったらしい。
そんなお母様はライータ領の下級貴族だった。だから高価なハイポーションを手に入れるのが困難だった。そのことからお母様の病状はどんどん悪化していったようだ。
なのにお父様はどうしてお母様と結婚したのか? 答えは至って単純だ。
お父様の一目惚れだったのだ。
お母様は自分の病状から長生きは出来ないと諭していたようで、初めはお父様の告白を断っていたと言う。
そもそも跡継ぎの子どもも産めるのかわからない。しかも第一婦人が病気を患っている。そのようなことを前ガーネシリア領主――おじい様が許すわけがない。
しかし諦めきれないお父様は、嫌われていないのならと言って、あろうことか継承者一位の座を捨てるとまで言い出したのだ。
それにはさすがにおじい様も困ったようで、お父様と二人、下級貴族のお母様の実家へ出向き、婚約にこぎつけたとお母様の『友』、エルゼ様からよく聞かされていた。
クマの魔獣みたいなお父様と清楚で美しいお母様のことを『魔獣と美女』なんて皮肉を込め、彼女は笑いながらわたしによく聞かせてくれた。
そんな笑い話のあとはいつも、
「ルシードと結婚できたわたくしは幸せですよ」
とお母様は本当に幸せそうだった。
自室のベッドで籠ることが多かったお母様の気後れは、わたしに魔力がなかったことと小柄な身体で産んだことだった。
女子でも魔力さえあれば領主の第一夫人になれたのに。
もっと背丈があれば美しい女性として嫁げたのに。
そんなことばかり気にかけていた。
でも、そんなことはわたしにはどうでもよかった。ただ、お母様と一緒に話が出来ることだけで幸せだった。
優しいお母様といつまでも一緒に――それがわたしの唯一の願いだった。
そんなある日、部屋の前でお母様とお父様が話しているのを立ち聞きしてしまった。
それは新しいお母様――第二婦人についての話し合いだった。
わたしにはもう姉弟が出来ない、と。だから新しいお母様を連れてくるべきだと、お母様が仰っていた。
魔力を持たない女性はよくて上級貴族のお嫁にしかなれない、そう言う話をしていたのだ。
――わたしではガーネシリア領の跡取りにはなれないから
――ただ、わたしが男子ではないから
――だから新しいお母さんがここに来る?
まだ四歳だったわたしには衝撃だった。
わたしのお母様は、お母様だけだ。
違うお母さんなんていらない。そのためには――わたしが次の領主になればいいんだ!
お父様も魔力を持っていないけれど、王宮騎士として名を挙げているため、領主となれている。
だから魔力を持たないお父様のように、いや、お父様より強くなればいいんだ。
お母様がわたしの――
この屋敷の――
優しいお母様でいられるために。
それが、わたしが手に剣を取った始まりだった。
久しぶりに懐かしい夢を見た。
眠たい瞼を少し開け、ぼんやりと天井を眺めていたわたしは体を起こしてベッドから立ち上がる。
ギルが大聖堂へ行って五日が経つ。
最近生活に張り合いがなく、淡々とした日を過ごしていた。唯一気が引き締まるのは朝のトレーニングだけだった。
貴重な時間を無駄にしないために、髪を束ねて急いで運動着に着替えた。
アーソニヤ様と挨拶を交わし扉を開ければ、相変わらず朝早くからユーディー様が走り込みをしている。
彼女の頑張りには本当に感心する。今もまだのうのうと眠っている騎士組の貴族たちにも彼女の姿を見せてやりたい。
芝に足を踏み入れ、準備体操を始めるとユーディー様が挨拶をしてきた。
「リリー様。おはようございます」
「おはようございますユーディー様。今日も早いですね」
「一日でも、一周でも多く走り、体力をつけたいと思いますので」
はきはきとした言葉遣い。やる気に満ち溢れているその姿は、わたしの知っている以前の彼女ではない。
人とはこんなにも変われるのだろうか?
笑みを見せる彼女が眩しく見える。
わたしも負けていられない。
準備運動が終わると早々と走り込みに入ったのだった。
共に切磋琢磨してきたギルがいなくなり、今一つ気分が乗らない中、今はユーディー様に負けたくない、そんな気持ちが体を突き動かす。それは彼女が西側だからだとか、魔術使いだからだとか、そんなものではない。ただ純粋に頑張っている彼女を見ていると、頑張りで負けたくない、そんな負けん気が湧き上がってくるのだ。
だからなのか、ここ最近駆ける足が速くなり始めている。だけどそれは好都合だった。
そう。剣術に新たな技を加えるためには。
それはギルが見せた拳術という武術だ。
彼の使う足技。今のわたしの剣術に取り入れてみようと考えていたのだ。
幸い足の筋力には自信がある。
ギルが未だにわたしの剣術がわからないと言っているが、種は意外と簡単だ。
静の状態から飛び出すのは、足の指だ。身をかがめバネのように貯めた身体中の筋力を、足の指だけで地を蹴ると同時に開放するのだ。
この剣術を得るために身体に重りを身に付け、毎日のように勾配な山を登り、崖に這いつくばり、河の中を走り続けた。
体中、傷だらけになろうと、頭から血を流そうと、胃の中のものを嘔吐しようと、ひたすら毎日やり続けて手に入れた今の剣術。その剣術に新たな光明が見えてきたのだ。
見てなさいよギル。次会う時には――人に対してこんなことを思うのは初めてのことだ。
今までは人に負けたくない、そう思って歩んできたけれど、初めて人に勝ちたいと思ってしまったのだ。
絶対に跪かしてやるだから。
それが今のわたしの目標だった。
わたしの前を走っていたユーディー様が足を止め、芝の中へ入っていく。
珍しい。そう彼女を目で追う。
三日前から同じ時間にトレーニングをするようになって初めて目にすることだ。走っては歩きまた走る。ギルに教わっていたことを続けていた彼女。
どうしたのだろう。気になり走りながらユーディー様を垣間見る。
軽く身体を解した彼女は座り込み、胡坐を組み始めた。
瞑想? しかも女性が部屋の外で胡坐を組むなんて。
魔術使いの女子の間では恥じらうことなのに、彼女は堂々と胡坐を組む。その姿はなんとも逞しいというか、かっこいいと思えた。
ユーディー様は本当に変わった。彼女をここまで変えたのは、ギルだろう。
ギルは一体彼女になにをしたのだろう? 『友』として気になるところだ。
そう走り続けていた時だった。なんと瞑想していたはずのユーディー様が、なにかに引っ張られるように突然後ろに吹っ飛んだのだ。
その不思議な光景に思わず足を止め、あんぐりと驚いてしまった。その刹那、慌てて彼女へ駆け寄る。
「ユーディー様! 大丈夫ですか? 一体なにが?」
倒れている体の上半身を抱え起こし、声をかけてみたけれど返事がない。瞼を閉じたまま――気を失っている? そう焦りが出てきた。
「ユーディー様!」
二、三度声をかけた時、彼女が呻きを上げ反応を見せた。
「ユーディー様!」
「リリ……リリー様! 申し訳ございません」
目を大きく見開いた彼女が慌ててわたしから離れる。
「そんなことより大丈夫なんですか? 一体なにが?」
「瞑想に失敗したようです」
「瞑想に?」
瞑想に失敗して突然体が弾かれるように吹っ飛ぶなんて話、聞いたことがない。魔術使いはそうなの?
うっ、とユーディー様がお腹を抑えて苦しみだし、腰に用意していた皮の小物入れからポーションを取り出して一気に飲み干す。
チラりと目についた小物入れには、走り込みだけにしてはたくさんのポーションが入っていた。
準備がいい。もしかするとこうなることを予測していた? そう気になった。
「ユーディー様。人前で瞑想するなんて珍しいですね。普通、瞑想は部屋で行うものだと伺っていますが」
「え? あ、はい。そのう……ちょっと気分を変えてみようかと思いまして」
そう言う彼女の目が泳いでいる。おそらくウソを言い慣れていないのだろう。先ほどまでの堂々としていた態度が一変し、たどたどしく落ち着きもなくなっている。
そんな彼女は西側の貴族。しかも罰を与えている相手だ。これ以上深入りして気にかける必要もない。だけど――ギルの顔が浮かび、ため息が零れる。それに一生懸命頑張る人は嫌いではない。
「ユーディー様」
そう声をかけた
誤字脱字ありましたら報告をお願いいたします。
ここまで読み進めていただきありがとうございました。




