80話 よくある 聖なる泉
朝のトレーニングが終わり着替えを済ましたところに側仕えが朝食の誘いに現れた。
白いヴェールを被り、おそらく僕と歳が変わらないと思う彼女の後ろを歩み、そこはかとなくやるせない気持ちになる。
華奢で小柄な女の子が死ぬことを恐れずに、ただ聖女様を守ることだけを考えて生きているなんて。僕が聖女様の影武者を見破った時、瞬時にナイフを持って襲ってきたことに、ある意味すごいと思ってしまった。聖女様を守るために迷いがないのだから。
もしあの時、僕が魔術を出していればどうしたのだろうか?
魔術で人を傷つけたくない僕は頭を振り考えることをやめた。
でも、そこまでの気にさせる聖女様とは一体、何者なんだ。
そんなことを考えながら食堂の椅子につく。
しばらくするとムスッとした聖女様が現れ、対面に腰を下ろす。
どうやら朝のトレーニングを見られなかったことに、まだ拗ねているらしい。
側仕えたちは心許なしかシュンと気落ちしているように見える。聖女様に嫌味でも言われたのだろうか? 大変だなぁ、と並べられた朝食を眺めながら苦笑が零れてしまう。
少々重たい雰囲気を和まそうと聖女様に話しかけてみる。
「このあと、ハイポーションはいつから作成しますか?」
「食後部屋へ迎えに行きます」
「そうですか。どれぐらいの魔力で、いくらほど作れるのでしょうか?」
「一日で約一リットルほど出来ればいいでしょうか」
「一日でそれだけですか?」
「ええ。急激に魔力を減らすと回復するまで時間がかかりますので」
「しかし、それでは時間がかかり過ぎませんか?」
「やってみれば、わかります。ハイポーションを作るのにどれだけの魔力を消費するのか」
「は、はあ」
心許ない返事をし、不安が過る。
もしかすると大変なことを請け負ってしまったのだろうか?
思いもよらなかったことに食する手が止まってしまった。
どの魔術使いも魔力量は十四、五歳ぐらいになると、皆、同じぐらいとなる。
魔術学校の初回の授業で習ったことだ。
魔力に差が出るのは硬度だ。硬度を上げるためには精神力を高める必要がある。その精神力を高めるためには瞑想が欠かせない。
朝食を終え、聖女様が部屋へ迎えに来るまで瞑想をしていた。
これからハイポーションを作製するのだ。そのために硬度を少しでも上げておこうと思って。なんでも魔力をかなり消耗するらしいから。
胡坐を組み、目を瞑ってゆっくりと瞑想に入る。
胸の奥底に光る靄の中、塊を見つけ、いつものように靄をかき集めるようにギュッと抱きかかえ、光る塊へ凝縮する。
王都に来てから魔力を使うことが少なくなっていたせいか、今までにないほどに大きくなっている。
しかし聖女様の話によると魔力を半分以上使うらしい。
魔力量というのは皆同じなのだから、魔導士の過去の情報からそう言われているらしい。
だから今回の瞑想は念入りに塊を抱え込みいつもより強く凝縮する。そうすれば余白に新しい魔力の靄が増えるだろうから。
これでもか! というぐらいギュッとしていた時、ふいに体を揺さぶられ、ハッとして目を開ける。
「びっくりしたわ。どれほど声をかけても返事がないので、気を失ってしまっているのかと」
胡坐を組んだまま視線を上げてみれば聖女様と側仕えたちが僕を囲んでいた。
「すみません。ちょっと瞑想をしていまして」
「瞑想? 今のが瞑想なのですか? どれほど体を揺すり、声をかけたことか。信じられないほどの集中力ですね」
「そうですか?」
いつもと変わらないけどなぁ。まあ、念入りにしていたけれど――そう腰を上げながらはにかむ。
「私も神力を上げるために瞑想をしていますが、そこまでは……魔力硬度が高いことに納得できますね」
感心される聖女様に、思わず照れ臭くなってしまう。
「そろそろ行きましょうか。どこでハイポーションを作るのですか?」
取り繕うように僕は足を踏み出した。
中庭を奥へ進むと平屋のような大きな建物がある。その中へ入ってギョッとした。
館の中に大きな庭池のようなものがあるのだ。
その水を掬い、聖女様の神力で聖水に変えるらしい。
「ここの水はどこから?」
「下から湧いているようです」
「下から? 溢れないのですか?」
「そのようです。枯れたという話も聞いたことがありません」
信じられない。不思議だ。枯れることがない泉のようなものがあるなんて。神様の力? 神様の仕業? 神様というものを信じていなかったわけではないけれど、聖女様は本当に神様の生まれ変わりだと頷ける。
聖女様をめぐっての戦争。つまり神様を取り合うことなんだ。
「ギルこちらへ」
館には、過去作り置きをしている聖水の原液、薄めた聖水、ハイポーションとそれぞれが入った樽を保管する倉庫のような部屋がある。そのうちのハイポーションの部屋だけが閑散としていた。
「もう四十年近く作成されていません。あと二、三年もすればハイポーションは底をつくところでした」
「一つの樽でどれぐらい入っているのですか?」
「十リットルです。売る時には、百ミリリットルから一リットルの瓶に詰めます」
ふと前にユーディー様が僕に預けてくれたハイポーションのことを思い出す。
瓶の大きさからして――
「あのう……二百ミリリットルぐらいだと、いくらほどするのですか?」
「今年の値だと、大金貨一枚と小金貨四枚ですね。秋になれば大金貨二枚になる予定でした」
値段を聞いて顔が引きつる。
金銭に疎い僕にだって金貨と言われれば、それなりに理解は出来る。
もし、僕が大けがをしてあのハイポーションを使っていたら、僕は一生ユーディー様に顔向けが出来ないところだった。
ユーディー様はどうして僕なんかに、そのような高価なものを安易にくれようとしたのだろう? 貴族様もある意味金銭感覚がないのかな? と思ってしまう。
「でもそんなに値段が高くても売れるのですか?」
「貴族という人たちは見栄を張る方が多いのです。それに魔獣討伐の際、大ケガをする者が年々増えて気いますから。だから王都学園の魔導士の規定が緩くなったのでは、ということが懸念されています」
「僕が聞いた話だと貴族様たちには結構大変そうでしたが」
ユーディー様との事件やマルセーヌ様が僕に瞑想を見てほしいと頼んできた時のことを思い出す。
「そうでしょう。規定を見直してもらうために二年前、宮廷魔導士のエルゼに講師を兼任してもらったのですから。ですからここ二年間S組の合格者は出ていません。」
聖女様から指名されるエルゼ女史は、やはりかなりの実力者だ。
「そうなると今までは不正が行われていたのかと疑念が窺えます」
「不正?」
「賄賂が出回っていたのではないかと。S組への進級率も甘いと言いますか、領主の子孫たちが容易く合格している節が見られます。ユウキなどは試験も受けずに『勇者』ということで特別に合格していますし」
聖女様の顔が少し厳しい表情になった。昨日の話といい、ユウキ様のことをかなり疑っているようだ。気さくな彼がとても悪い人だと思えない。
話が途切れると、側仕えが聖女様に耳打ちする。どうやら準備が整ったらしい。別室へ案内された。
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ここまで読み進めていただきありがとうございました。




