79話 よくある 敗北
「そこまで」
『お姉様』の掛け声に喉仏にかかる手のひらから力が抜ける。
「勝者『妹』」
仰向けに倒れている僕の顔は蒼白となっていた。
馬乗りになっていた側仕えは、僕の上から立ち上がると足軽に仲間のもとへ近寄り、勝利に喜んでいた。
地から身体を起こし、信じられない光景に畏怖の念が拭えない。
勝利した側仕えの右腕は、彼女の意思と関係なく揺れているのだ。まるで風に靡いている洗濯物のように。
「次の『妹』前へ」
自分も頑張ります、そう意気込みを見せる新たな側仕えが僕の前に立ち、身構える。
一戦目と同じく、隙のない構えだけれど、それほど強い覇気ではない。
僕も腰を落とし身構える。
開始の合図とともに側仕えが間合いに詰め寄ってきた。
さっきはケガをさせないように手加減をしたが、今回は勢いよく蹴りを繰り出す。
だけどまた、彼女はお構いなしに突っ込んでくる。
どうやらさっきの対戦で手を抜いていた僕の攻撃を甘く見ていたのか、脇腹に蹴りを喰らった彼女が吹っ飛んだ。白いヴェールを傾け驚いている態度を見せる。
お互い構え直すと再び彼女が向かってくる。
左足を一歩踏み込み、拳を突き出す。すると彼女は両腕で顔を隠しながら突っ込んできた。
まただ!
そう。一戦目の側仕えといい、こちらの攻撃を全く気にしないのだ。
庇っていた両腕を殴られようと容赦なく懐へ入り込んでくる。すかさず左手の拳で彼女の頬を殴りつけようとすれば、なんと頭を突き出してきて頭突きでそれを防ぐ。思わず拳を痛めたこちらが顔を歪ませてしまった。
「そこまで!」
え?
どうして模擬戦を止められたのかわからなかった――が、側仕えの頭を殴った左手から意識が抜けるとハッとした。なんと彼女の右膝が僕の股間のすぐ手前で止まっていたのだ。もし『お姉さま』が模擬戦を止めてくれていなかったら――そう思うと後ずさり、顔が青ざめる。
「勝者『妹』」
その合図に勝利した側仕えは仲間のもとに駆け寄り、ガッツポーズで喜びを表す。勝利を祝う中に、一戦目に相手した側仕えを見る。抜けてぶらぶとしていた肩がはまって元に戻っていた。
僕は喉仏を摩りながらここまでの対戦を思い出す。
彼女たちは確実に急所を仕留めに来ている。それも自分の身も顧みずに。ただ相手を確実に仕留めることしか考えていないように思える。
僕が習った拳術は、相手の攻撃を躱し、防ぎ、そして相手に攻撃することだ。
でも側仕えたちの拳術は自身に喰らう攻撃を最小限に、そして確実に相手を仕留める。つまりこれが実践だとすれば、命を顧みず、一撃で確実に相手を殺す。下手すれば相討ち。それを覚悟したものだ。
それって死を覚悟しているということではないだろうか?
「次の対戦を始める。二人、前へ」
新たな挑戦者が目の前に立つ。
命を懸けた戦い。そう考えてしまうと一歩後ずさり間合いを取り直してしまう。
今まで命について考えながら稽古や模擬戦をしたことがない。目の前にいるさほど強い覇気を持たない相手に鼓動が早くなり、ジリッと更に足がひける。
なぜこんな戦い方を――そう集中できていないことに気がついたけれど遅かった。
「始め!」
と号令がかかってしまったのだ。
しまった! 飛び込んでくる側仕えに反応が出遅れる。
ヤられる! そう頭に浮かんだ瞬間だった。
「これはどういうことですか?」
と言う叫び声が聞こえたのだった。
僕の懐に入り込んでいた側仕えの人差し指と中指が目の前で止まり、彼女が声に振り返る。
僕は、助かった、と腰を地に落とし、座り込んでしまった。
「聖女様! なんて格好を」
『お姉さま』の言葉に視線があとを追う。
薄手の白い繋ぎのスカート。陽に身体が透けるその格好はおそらく夏用の寝間着だと思う。
側仕えたちが聖女様の前へ駆け寄り、その破廉恥な姿を隠す。もちろん僕と対戦していた彼女も。
「まったくあなたという人は」
やれやれと呆れたような『お姉さま』に聖女様が駄々をこねるように声を上げる。
「模擬戦をするならどうして私も呼んでくれなかったのですか? 勇者ユウキに勝利した彼の戦いを私も見たかったのですよ」
「今回はたまたまこういう流れになりまして。わざわざ聖女様を起こすのも、と。それに今日の朝稽古はもう終わりです。聖女様は着替えを」
終わり? もう一人対戦が残っているけれど。聖女様と『お姉様』のやり取りを見比べる。そして、この手合わせと思えない模擬戦が終わってくれることに内心ホッとした。
「……そんな。私が許可します。もう一度稽古を」
「無茶言わないでください。そんな恰好をして観戦されても、みんな聖女様が気になってそれどころではなくなります」
側仕えたちが聖女様の手を取り、背中を押し、部屋へ戻るように半ば強引に促す。
「我儘な聖女様にも困ったものだ」
我儘? 腰を落としたまま振り返ると、頭を抱えため息をつく『お姉様』と目が合った。
「どうでしたか。うちの『妹』たちは?」
「いつもあんな稽古を?」
「あんな?」
「そうです。あのような戦い方をしていれば、いくら命があっても足りません」
命? なるほど、と『お姉さま』が顎に手を添え納得するように頷く。
「彼女たちは聖女様の護衛なのだ。聖女様を守ることが第一なのだが」
「ですが」
「それに、もし聖女様が捕らわれたり、殺されたりすれば彼女たちは生きていけないんだよ」
言われたことに言葉が詰まる。
側仕えの彼女たちはもちろん、大聖堂にいる人たちはみんな聖女様の施しで生活をしている。その聖女様がいなくなると、領民権を持たない彼らは生きていけないということだろう。
でも、あの戦い方は間違っていると言い返したいが、なにも口に出来ない。そんな自分が形容しがたいもどかしさに唇を噛みしめる。
人の死を目の前で見たことのある僕には、ここの教えに納得が出来ない。
「養ってもらっているからって、どうして命までかけさせるのですか? せめて身を守ることも……」
立ち上がり、ここの教えに対して呟くような声で対抗してみた。
すると予想もしない返事を聞かされ、唖然としてしまった。
「勘違いしないでほしい。『妹』たちは自ら側仕えになることを志願し、命に代えても聖女様を守ることを選んでいるのだよ」
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