74話 よくある 作成の協力
テーブルに置かれたお茶菓子は、バターと小麦粉と卵黄そして砂糖を練りこんだものらしい。
サクサクとした食感がたまらない。口の中の水分が持っていかれるけれど、紅茶で舌を湿らせるとバターと砂糖の甘みが口の中で広がり、そこはかとなく余韻に更けてしまう。
ふと初めて食べるお茶菓子に気を取られていた手を止める。ユーディー様とのお茶会を思い出したのだ。美味しさのあまり、我を忘れ一人で食べ尽くしたことを。
慌てて取り繕うように紅茶を啜り、聖女様へ目を向けてみる。
下皿を持ち、優雅に紅茶を飲む姿は、昨日リリーから教わった作法と類似している。
平静を装いつつ、彼女に訊ねる。
「あのう。僕がここへ招かれた理由をそろそろ……ハイポーションがどうかしたのでしょうか?」
「そうでしたね」
聖女様がカップを置き、団子のように結んでいた髪を解く。
茶色い髪が背中へ滑り落ちていく。茶褐色の瞳が瞬くと、ゆっくりと口を開いた。
「戦争が終結してから百年近く経ちます。ギルがさっき言っていたように平和となり、魔導士たちも硬度を高める者たちがいなくなってきたのです。それはおばあさまの時代から。そして、お母様の時代にはハイポーションを作れるほどの硬度を持つ者は現れなくなってしまったのです」
聖女様がそこで一つ息をつく。
「そして今、備蓄していたハイポーションが底を突こうとしています。毎年秋になると魔獣討伐が行われるのですが、最近の魔導士は魔力硬度も魔術の強さも良くありません。故に重症者が増え、ハイポーションを使う頻度が増してきているのです。私自身が直に治療が出来ればいいのですが、私は人との接触を許されていません。ですが、これ以上ハイポーションを売れるほど量がないのです」
「それで僕が」
聖女様が頷く。
僕は昨日シャマルさんから聞いた、聖水が高騰している話を思い出した。
「貴族たちにハイポーションを高値で売らないといけないため、聖水も高騰せざるを得ない状況です。ですので、街では赤のポーションまでも高値で売られるようになりました」
「それと王国が滅ぶはどんな関係が?」
「ギルは戦争と治癒の法則を存じていますか?」
あ! その話を思い出し、頷く。
聖女様が人との接触を閉ざされている現在、ハイポーションが彼女の役割をしているということだ。
聖女様は窓の外へ目を向け、表情を曇らせる。
「私が言うこの場合の戦争は王国同士ではなく、領地内の戦争を意味します」
「どういうことですか?」
「王国で起こった百年ほど前の戦争が、聖女をめぐって起こったことは存じていますか?」
悲しそうな表情の聖女様に首を振った。歴史については全くといっていいほど疎い。ばあちゃんの授業でも歴史については習ったことがない。
現在のヴァーリアル領は、前王国だったと聖女様が説明してくれる。
そして今は東側の政策が重となって動いているが、戦争前は西側の政策だったらしい。
魔術使いが神の代弁者だという思想から、西側の貴族様たちは魔力を持つ者を増やすために子供をたくさん作ったようだ。もともと魔力を持つ子供が生まれにくいので、その結果、無駄に貴族様が増えすぎ、領地内の政が傾き始めてしまったと言う。そこで下級貴族様たちから爵位を取り上げ、裕福層にまで格下げが行われたらしい。そうなると、平民たちの立場も下がっていき、農民が奴隷になってしまったらしい。
しかも街に魔術使いが住むということは、平民たちには恐ろしいことなのだ。
街では元貴族様たちが横暴を繰り返し、貴族様たちからは、きつい徴税。領地の政は悪化する一方になってしまったと言う。
そこで立ち上がったのがガーネシリア領の前々領主だと言う。
彼の声掛けに耳を傾けたのは、ライータ領、スイセント領。その三国で前王都へ攻め込んだらしい。しかし魔術使いの多い西側には敵わず、敗北が目に見え始めた時、見計らったように旧ヴァーリアル領の前領主が大聖堂を制圧し、東側に寝返ったのだ。
旧ヴァーリアル領は今の王都を指す。一番北にある旧ヴァーリアル領は資源も乏しく、小さな領地だったため、心に火種は持っていたものの、ガーネシリア領の同盟に参加できなかったようだ。そして前王都が勝利に酔いしれ油断している隙を見計らい、大聖堂を占拠し、ハイポーションを東側四国へ送り届けられたらしい。
そこからは戦況は一気に逆転し、前王都は崩壊したと言う。
「前王家の血筋を持つ者はすべて処刑されました。そこで新たな戦が始まったのです」
「新たな?」
「はい。新しい王座をめぐる戦争と聖女の所有する領地を決める戦争です」
それが東西戦争。リリーから聞いた話だった。
「それじゃ、今の王都とヴァーリアル領の領主は血縁なのですか?」
「いいえ。領の名前だけを移したのです。領主はその時一番の裕福層の平民を擁立したのです」
「じゃどうして聖女様を王都へ移動させなかったのですか? 戦争には聖女様の所有も含まれていたのでは?」
「戦前と同じような過ちを犯さないために、と聞いています。それもあってか、私たち聖女は国王の許可なく人と接することを禁じられました」
暗い顔でそう言う聖女様。
つまり、ここから出られなくなったと言いたげだ。
そう。閉じ込められている状況は、聖女様たちにとってとばっちりなんだと思う。
「もし、このままハイポーションが無くなってしまえば、領地は再び私を巡って争いが起こる可能性が高いのです。その時、ギルの魔力硬度の高さの情報を聞き、招いたというわけです」
「でも、作れなかった場合は」
役立たずな上に、聖女様を見破れる僕の今後が気になる。次こそ容赦なく側仕えたちに襲われるのではないだろうか?
「それは大丈夫です。ギルはハイポーションが作れることを、すでに証明していますから」
懸念を見せている僕に聖女様は頷き、紅茶を一口啜る。
「原液を輝かさせられるのは、ハイポーションを作れる者と決まっていると申しますか、輝いた時点であの陣の液体はハイポーションとなっていますから」
ポーションもハイポーションも聖水と魔力で作成されるものだと言う。
そんなに簡単にできるなら、どうして作成方法を開示しないのだろう。ポーションがたくさん流出すれば値も下がるはずだ。商売に詳しくない僕にもわかることだ。
「ポーションが安くなってしまうと医者という職業が無くなってしまいます。それは情勢上よくありません」
ポーションを使わなくてもよい程度の病気やケガを診るものがいなくなるのは困ると言う。貧困な人には特に。
その説明に納得し、頷く。
薄めた聖水もある程度値を上げ、簡単な治療で済むものはなるべく医者を頼るように値段を設定しているらしい。
「ギル。どうか王国の平和の維持とわたしを助けてもらうために力を貸していただけないでしょうか?」
聖女様が胸に手を添え、目を瞑り、懇願の意を示す。
自分の魔力が人のために役に立つ。それは、じいちゃんとばあちゃんの想いだった。
――神の眷属から授かった魔力は、困っている人のために
毎日のようにそう教えられてきた。
見つめていた手のひらを握る。
「僕で役に立つなら協力します」
聖女様の顔を見据え、決意の意を示した。




