73話 よくある 本物と偽物
衝立から代弁者さんが姿を現すと側仕えたちが駆け寄り、僕の前でナイフを手に身構える。
「妹たちなにをしているのです。私はナイフを収めるように言ったはずです」
言いつけに焦る側仕えたちは振り返るが、戦闘態勢は解かない。
「彼を招いたのは私たちです。それでいてこの歓迎はあまりにもひどいです。これは聖女としての命令です。ナイフを収めなさい」
彼女の強い語気に側仕えたちはビクッと肩を揺らし、しぶしぶとナイフを左手の袖口に仕舞う。
「ギル。どうして彼女が聖女だとわかったのですか?」
元聖女様を指してそう問われ、僕は聖女様と名乗った二人を見比べ、どっちが本物? と先にその説明をしてほしいと思う。
「えーと。覇気というのはわかりますか?」
「ええ。鍛えた騎士たちが纏うものだという認識はあります」
「鍛えなくても覇気はみんな纏っているのです。それを見れば誰なのかわかるんです」
「覇気で判別が? ちょっと待ってください。そもそも覇気は見えるものなのですか? 感じ取るものだと聞いていますが」
「みたいですね。でも、ちょっとばかり神経を集中すると見えるんです。最初はぼんやりとですが、慣れてくると大きさや覇気の色みたいなものが」
嘲笑うように説明すると目の前の六人がキョロキョロと顔を見合わせる。
「あのう。ところで代弁者さん。あなたは一体……それと本物の聖女様は誰なんでしょう」
僕の質問にみんながハッとした態度を取り、覇気を強める。その中、代弁者さんが胸に手を添え、
「私が本当の聖女です。騙すようなことをして申し訳ありません」
元代弁者さんがそうあっさりと名乗りを上げると、側仕えたちがあわあわと慌て始めてしまった。
食堂を出て広間にある階段を上り、三階へ。
廊下を進み最奥にある部屋まで本物の聖女様が先頭で案内してくれる。
歩みながら僕は背後にいる側仕えたちの覇気を感じ取ってみると、完全に意気消沈してしまっている。食堂を出る前に聖女様から、僕にナイフを向けたことを散々怒られてしまったあとなのだから。
――部屋で二人で話し合います。あなたたちはここに残りなさい!
聖女様にそう命じられたにも拘らず、戦々恐々と側仕えたちはついてきているのだ。
「ギル。どうぞ入ってください」
開かれたドアに足を進めると側仕えたちが立ち往生し始める。聖女様はそんな彼女たちを一瞥するような態度を見せ、ドアを閉めた。
「ここは私の部屋です。妹たちでも許可なく入室することは出来ません」
広々とした部屋に天蓋つきのベッドに机、化粧台やタンス、本棚。壁には額縁に入った絵がたくさん飾られている。どれも高価なものだとわかる。
窓際のテーブルを指し、椅子に座るように促してくれる。と同時に聖女様がお腹を押さえて笑い出したのだった。
「いきなりごめんなさいギル。でも可笑しくて。妹たちのあのような態度が」
説明しながらもまだ笑いが収まらないようで、椅子に腰かけた僕は茫然としてしまった。
しばらくして落ち着いた彼女が背筋を伸ばす。
「私が主となって人が来たのが初めてだったのです。そしていきなり影武者対策を見破られ、みんな困惑したのでしょう。すべてが初めての体験とはいえ、妹たちが無礼なことをしたことについて改めて詫びを。申し訳ございませんでした」
白いヴェールが小さく俯く。
「気にしないでください」
「でも、あの対策を見破ったのは過去にも例がないでことしょう。そのような話しは聞いたことがないので。本当に覇気で見分けることができるなら今後、考えなければならないですね」
「でも、それが出来るのは僕だけかもしれません。教えてくれたじいちゃんでも覇気を見ることは出来なかったですし。そもそも、最近は平和なので覇気を感じる人が少ないようです」
そうなのですか? 驚きを見せた聖女様が顎に手を添え、考える素振りをとる。
「ギル。少しばかり話を聞きたいのですが、よろしいですか?」
僕は頷いて返事をする。
「その前に飲み物を……」
そう言いながらも躊躇うような態度を見せ、聖女様がドアを見つめる。
「どうかしましたか?」
「いえ。先ほど説教したばかりなのでお茶の準備を申しつけるのが……」
なるほど。はばかる彼女に納得しながら、ドアへ目を向ける。側仕えたちも同じ気持ちのようだ。
「ドアの向こうで側仕えたちも心配しているようですよ。顔を出して指示を与えてあげると安心するのではないでしょうか?」
「ドアの向こうに? それも覇気から? そんなこともわかるのですか」
はにかんで見せると聖女様がゆっくりと歩み、ドアに耳を当てる。どうやらなにも聞こえないようで白いヴェールがこちらを向く。
絶対にいます! そう指をさして無言で教える。
疑心な態度で聖女様がノブへ手をかけドアを開けると、側仕えたちが揃って驚きを見せた。
聖女様もびっくりしたようで肩がビクッとしたのを見逃さなかった。
一つ咳払いをした彼女がお茶の準備を指示する。すると、側仕えたちが慌てて動き始めた。
ドアを閉めた聖女様か再び笑い出す。
「ここで暮らしていて、こんなに楽しいのは初めてだわ」
ヴェールの上から手を当て笑いが収まらない。
僕にはなにが楽しいのかよくわからない。ただ少しだけ側仕えたちが可哀そうに思えてきた。
「ねえ。あの子たちをもっと驚かせることはないかしら」
完全に悪乗りしてしまっている聖女様。自室を見渡し楽し気な雰囲気を出している。
「私が隠れて、ギルが一人だけ部屋にいるってのはどうかしら」
「そんなことしたらまた僕が襲われます」
そうね、と再び思案する。
この部屋に来た目的を見失ってしまっている聖女様がポンと手を打った。
どんな悪だくみが思いついたのか不安がよぎる。
するとなんと、聖女様が両手を上げ、あろうことかヴェールを脱ぎ始めてしまったのだ。
ふうっ、と息をつく彼女に唖然として言葉が出ない。
脱いだヴェールを手にキョロキョロとして、ベッドの中に隠すと僕の対面に腰を落ち着かせる。
「どんな顔をするかしら」
くすくすと笑う聖女様に、
「すぐヴェールを被ってください。絶対僕は襲われます」
と言って、彼女の顔が記憶に残らないように僕は目を瞑った。
「あら。でもヴェールを被っても正体がわかるのであれば、無意味じゃないかしら」
「そうですが」
彼女の声はケラケラともういたずらっ子のものだ。
まだかしら。側仕えが待ち遠しいのか、ワクワクしているのがわかる。
そんな彼女にちょっと驚いた。想像では年配だと予想していたのだから。なのに、僕と同じぐらいの歳だろうか? と見て取れる。
まさかこんなに若いなんて。その若さで国王様と同等の立場?
そう瞠若していると突如ドアの外からベルの音が響いた。
テーブルの上にあるベルを手に、楽し気な聖女様が鳴り返す。
ドアが開くと側仕えが五人、凍り付いたように固まってしまった。
口の端をひくひくとさせながら聖女様はすまし顔で口を開いた。
「どうしました。お茶を」
その声に側仕えたちが駆け出し、そのうちの一人が僕の目に手を添えた。
「なにをしているのです。私はお茶の準備を頼んだのです。それと客人に失礼です」
きつい言葉使いで物申しているけれど、内心笑っているのがよくわかる。
目に当てられていた手がおもむろに離れていく。
ワゴンを押している側仕え以外が室内に散らばりを見せていた。おそらく聖女様のヴェールを探していたのだろう。
「どうしたのですか? 早くお茶を」
そう言われた側仕えたちが、戸惑いながらもテーブルにお茶とお茶菓子を並べ始める。
ツンとした素振りを見せながらも薄っすらと目を開け、楽しんでいる。
白いヴェールで表情がわからないけれど、困っている側仕えたちに同情したくなってきた。
ドアが閉められ、二人きりになると聖女様が笑い出す。
「もうやめませんか」
「あらどうして。こんなに楽しいのに。それに、いつも六人しかいないこの屋敷の私たちにはいい刺激だと思うわ」
ポットを手に取り、僕のカップに紅茶が注がれる。
「毒見は必要かしら?」
ドキリとした。まさか側仕えたちが。食堂では僕を刺そうとしていた彼女たちだ。毒を盛る。そんなことがあり得ると――
「苦しんでいる最中なら白の魔術で助けられるから大丈夫ですけれど」
そう言って聖女様が笑い出す。
僕には笑えない冗談だ。
「大丈夫ですよ。妹たちも、今、ギルに死なれては王国が滅ぶことぐらいわかっているでしょうから」
僕が死ぬと王国が滅ぶ? 再び笑えない冗談だと顔が引きつったのだった。
忘れられていないことを願いつつ、物語の再開です。
休んでいる間、自作を読み返してみたのですが、見悶えるほど恥ずかしく、まだまだ勉強が足りないと実感いたしました。(ここまで読ん見進めてくれた人には、本当に感謝しています)
よって、時間が空いた時、少しずつ編集をしてみようと思います。どこまで直せるのかわかりませんが。編集であって物語は変わりません。追加の伏線などもありません。ご了承ください。
引き続き、誤字脱字報告受け付けています。
コメントや評価も同様、受け付けています。
ここまで読み進めていただきありがとうございました。




