7話 よくある 王都到着と商人見習い
王都の関所についたころには陽が傾き始めていた。ガーネシリアの夜の街を歩いていたとき、街の警備騎士に事情聴取のため保護されてしまったのだ。最近ドラゴンが出没したとこもあって警戒心が強くなっていたようだ。しかも僕は未成年で一人旅。たとえ王都の刻印がある合格通知を持っていようと、夜の街を出歩かせてもらえなかった。なにか事故があった場合、大事な王都の生徒に怪我をさせてしまったということで責められるのは、警備騎士たちだと言っていた。そのため、日の出まで駐在所で足止めをさせられてしまい、今に至る。駐在所で仮眠をさせてもらったおかげで体調は良好だけど。
救いだったのは、王都の関所とあって合格通知の効力は抜群だった。何事もなく通してもらえ、どうぞ、と丁重に扱ってくれた。ここで時間を食わなかったことに一安心した。
王都に入ると今までと違い、門をくぐるとすぐに街が広がっていた。
真っすぐ奥を見ると噴水らしいものが見える。右手の街道には店が立ち並んでいた。どこを見回しても人が一杯いる。賑やかで活気がある街だ。みんな生き生きとした顔つきをしていて、身なりも盛装できちっとしている。今まで以上に、自分が場違いに思えて仕方がない。
僕は馬を引き、門番兵に声をかけた。
「すいません。ダフィー商会というお店をご存じないですか」
「ダフィー商会? ああ。そこなら商会街にいけばいい」
「商会街?」
初めてきた王都ではその場所すらわからない。困って顎に手を添えた。そんな僕に気づいたのか、門兵が右手の街道を指して案内してくれる。
「この職人街を進めば」
教えてくれる街道へ目を向けてみると、人をわけるように走ってくる少年の姿が目についた。
「すいません。もしかしてギル様ですか」
ギル様?
息を切らせて、僕と門兵の前で立ち止まった黄色い髪の少年に思わず戸惑う。
歳は僕より若いと思う。言葉遣いは僕とは違ってしっかりとしているけれど、声変りをしていないように聞こえるし、白いシャツの彼は僕より少し身長が低い。黄色の髪は艶があって清楚に整えている。だけど容姿はちょっと幼さを感じる。
「えーと、僕がギルですが」
「よかった。二日前からここで待っていたのですが、やっと会えた」
腰を曲げた少年は膝に手を突き、呼吸を整えながら話を続ける。
「ガーネシリア領でドラゴンが現れたと聞いたので、巻き込まれたのではないかって心配していたのですよ」
「ど、どうも」
誰だろう? 頭に手を回し、一応頭を下げておいたものの、見覚えのない少年に眉根が寄る。すると呼吸が整え終えた少年は背筋を伸ばし、胸に手を当てて挨拶をしてきた。
「ダフィー商会の商人見習いをしているオキテと言います。ギル様をお迎えに参りました」
僕の代わりに馬の手綱を引くオキテさんの隣でお願いをしていた。
「その『様』っていうのやめてほしいんだけど」
「どうしてですか。ギル様はお客様なので」
オキテさんが困惑を見せているけれど、聞かされているこっちは気恥ずかしい。『様』づけで呼ばれるほど立派な人間じゃないし、見た目と服装はどちらかというとオキテさんの方が立派に見える。隣を歩くのが気後れして居たたまれない。僕の方がオキテさんに『様』づけで呼びたいぐらいだ。
「オキテさん。僕の格好を見てわかると思うんだけど、僕は、そのう……なんて言うか、村から来たので『様』付けで呼ばれるような身分の人間じゃないんだよ」
濁した言葉を誤魔化すために、頬を掻きながら俯く。
村出身だというのは間違っていない。ただ、ウィードルドという部分を省いているだけだ。別に隠したつもりはないけど、本当のことを伝えて手のひらを返されるのは、ちょっと嫌だなと相手の出方を窺った。
そういうことでしたか。そうオキテさんがポンと手を打った。
「わたしは、いいえ、ダフィー商会の商人は、身分等でお客様を選んだりしません。商品を価値相当のお値段で支払ってくれる人としか商売をいたしません。それがたとえウィードルドの方でも同じことです」
そう言ってオキテさんは僕ににっこりと微笑んだ。
「だからギル様は堂々としてください。立派なお客様ですから」
僕がウィードルド出身だということを知っていたんだ。知っていて尚、敬ってくれているなんて。身分を隠していたことが恥ずかしい。僕なんかよりオキテさんはずっと大人だ。年下の彼にそう感心した。
そんな居たたまれない僕に気を遣ってくれたのか、オキテが王都の話をしてくれる。
「この街道は職人街、または工房街と言われ、様々な工房が並んでいるのです。わたし達の商会の専属の工房も、ここにあるのですよ」
そう言われてみれば、歩いている人は作業服のような恰好をしている人が多い気がする。店の入り口に飾られているのは看板らしい。そして、いくつもの煙突からは煙が上がっていた。
「この通りの裏には噴水のある広場があって、市がたくさんあるんですよ。休みの日に一度行ってみるといいですよ。すごく賑やかで見ているだけでも楽しいですから。でも、夜は気を付けてください。屋台が入り、酔っ払いが多いですので」
と、オキテさんは嘲笑気味に言う。たぶん気落ちしていた僕を励ましてくれているんだと思う。僕より年下なのに心配りのできる、なんて優しい子なんだろう。
「うん。行ってみるよ」
これ以上オキテさんに気遣いさせないように年上の僕は微笑んだ。
「この十字路を左に行けば噴水の広場にいけます。でも今はまっすぐに進み、搬入通りへ行きます。そこには商会たちの倉庫があります」
職人街をあとにして大通りを渡り、厳重な鉄格子が並ぶ大通りを進む。どこの鉄格子の前には、木製の棒を持った人が立っていた。厳重なところを見るとかなり高価なものを扱っているんだろう。
「朝方は搬入の馬車がもっと多いのですが」
そう言ったオキテさんが足を止めた。
「この三つ目の倉庫がダフィー商会の倉庫です。倉庫と背中合わせに商店があるので、倉庫から奥へ進むと商店の事務所へ繋がっています」
少しお待ちください――とオキテさんは鉄格子に近づき、声を上げた。
「ギル様がお着きになりました。入り口を開けてください」
オキテさんの言葉に倉庫内で人が集まりを見せる。そして僕を確認すると頷き、扉を開けてくれた。
「ギル様、お待ちしていました。旦那様がお待ちです。どうぞ中へ」
明らかに僕より年上の人たちが胸に手を当て挨拶してくれる。
僕はこのまま中に入ればいいのだろうか? そう戸惑っているとオキテさんが声をかけてくれた。
「ギル様が中に入ってくれないとみんなが動けません。堂々と中へ」
堂々とかぁ――にこっと微笑んでくれるオキテさん。肩に入っていた力が抜けた。
「いろいろとありがとう」
オキテさんに頭を下げて僕は鉄格子の入り口をくぐる。そして、外で手綱を手にしている彼とは馬を預けるために、ここでお別れとなった。
「ギル様、倉庫からですみませんが奥へどうぞ。旦那様のところへ案内します」
一人の男の人がそう言うとほかの人たちは四散し、各々の仕事に就いていく。
僕たちは薄暗い倉庫を進み、最奥にある扉の前で男の人がドアの横にあるベルを揺らして鳴らす。
「旦那様。ギル様が到着いたしました」
「通してくれ」
扉の中からの声に、男の人がドアを開けてくれて中へと促してくれる。
旦那様か――そう緊張を解すために深呼吸してから一歩前へ進んだ。
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