65話 よくある 日々
リリーたち騎士組が訓練場を出たあと、エルゼ女史がため息をつき、沈黙を破った。
「そろそろ解散だ。お前たちも寮へ戻れ」
「お待ちください」
マーレ様がエルゼ女史を呼び止める。
「アタシはこのたび校則を破り、ギル様へ格差の発言をいたしました。自身への処罰を申し出ます。証人は、マルセーヌ様、イゼッタ様、そしてリリー様がいます」
なにを言い出すのか? 僕はマーレ様へ目を剥いた。
「そんな。僕はそのように受け取っていません」
これは本当のことだ。あの時の彼女の発言でなぜこんな事態になったのか、最初はわからなかったのだから。
「マルセーヌ、どうなんだ」
「マーレが発言したように先日、格差と取れる発言はありました」
「なにをマルセーヌ様! 当人の僕が聞き覚えがないと言っているんですよ」
「ギル様。あなたにとってはそうかもしれませんが、確かにあの発言はマーレの言う通りのものでした。そして彼女も認めている以上、私もそう証言いたします」
バカな。せっかくリリーから許しが出たのに、これじゃマーレ様の叩かれ損じゃないか。
「エルゼ女史。マーレ様の発言の撤回を申し上げます。僕は気にしていません」
「ギル。これは君の意見を聞くわけにはいかない。校則なのだからな」
しかし、と言うものの、エルゼ女史に遮られる。
「後日講師で会議を行い、マーレの処分を言い渡す」
なんてことだ。これじゃ決闘が無事に流れた意味が。
マーレ様を支えている手に力が入る。
なにかこの場を変えられることは出来ないのか? 恐怖の残滓に震えている彼女を見て頭を巡らせる。
裕福層の彼女がここまでくることがどれほど大変なのか知ってしまった今、苦労しただろうマーレ様を助けてあげたい。
裕福層! そう閃いて、大きく息を吸い込み僕は声を上げた。
「マーレ様はバカじゃないのですか? 裕福層がなんだっていうのですか?」
出来るだけ皮肉を込めた声でいう。
「格差ですって? なにを言いだすのやら」
「ギル様?」
僕の呆れ顔に、赤い瞳を見開きマーレ様が驚く表情を見せた。
「バカも大バカだと思いませんか? イゼッタ様」
「はい? わたくしにはよくわかりませんが」
イゼッタ様の淡い黄色の目が点になる。
「だって裕福層のマーレ様はなにを言っているのか、笑っちゃうじゃないですか。そうですよね、マルセーヌ様」
僕がニヤリとすると、円らな金色の瞳が大きく見開いた。どうやらマルセーヌ様には僕が言っている意味がわかったようだ。
「それは……しかしギル様」
「マルセーヌ様に訊きます。マーレ様は裕福層ですが、貴族なのでしょうか?」
この質問に誰もがハッとしたのがわかった。
「しかしギル様」
「答えてくださいマルセーヌ様!」
僕の訴えに怯んだマルセーヌ様は目を逸らして俯くと首を振った。
「いいえ。マーレ……様は平民です」
「ではイゼッタ様に訊ねます。僕はウィードルド出身ですが、平民ですよね」
「は、はい。その通りでございます」
僕はエルゼ女史に目を向ける。
「エルゼ女史。平民同士の揉め事に格差や校則はあるのでしょうか?」
この質問に彼女が口の端を緩ませた。
「そんなものはない」
「ではさっき言っていた会議とは?」
「そんなものは起こりえない。平民同士の揉め事にいちいち会議を開いていたら、このワタシが笑い者だ。さっさと仲直りをしてくれ。こんなことに付き合うのは、もうこりごりだ」
両手のひらを上に向け、やれやれと肩をすぼめるエルゼ女史。
「だそうですマーレ様。この件は水に流して仲直りしませんか?」
「でも、アタシはどうすれば。アタシはギル様に」
「簡単ですよ。ごめんなさいと謝ればいいのですよ。それとも領地に住む平民は違うのでしょうか?」
マーレ様が首を振る。そして――
「ごめんなさい」
と彼女は顔を歪ませ、心から謝罪をしてくれた。
これで十分だ。
「許します。ではそろそろ帰りましょう。僕はお腹が空きました」
僕は笑みを浮かべ、マーレ様の膝の裏に手を回し、彼女を抱きかかえる。
「ちょっとギル様!」
「まだ震えが止まっていないのに立ち上がれないでしょう。それに遅くまで残っていると校則違反らしいですから」
「しかし」
「大丈夫です。これは救護の時の抱え方ですから」
そう。今回は間違えないように――
やれやれ、長い二日間だった。小さくため息をつく。
リリーは怒っているかな? 会うのがちょっと怖い。
僕たちはエルゼ女史と訓練所をあとにした。
「ギル様やはり恥ずかしいので降ろしてください」
瞳に負けないぐらい朱に染まった顔でマーレ様が僕の運動着を引っ張る。
「マーレ様。物語の姫様みたいです」
イゼッタ様がそう目を輝かせている。
辺りはすっかり暗く、今なん刻だろう? と夕食の時間が終わっていないことを祈った。
寮に近づいて来ると人影を目にした。
ユーディー様だ。心配してくれたのだろうか? 僕は早足で近づく。でも彼女は僕の姿を見るなり回れ右をし、女子寮へ駆け込んでしまったのだ。
しまった! 申し訳ないことをしてしまった。周りには東側の貴族様ばかりだった。今度ちゃんと礼を言わなければ。
マーレ様を抱えたまま、星が瞬く藍色の空の下でそう立ち尽くした。
間に合った夕食を摂っていると背後で咳払いが聞こえ、隣りに銀髪のリリーが腰かけてきた。
ジト目で見つめてくるその視線に、フォークで小間切れ肉を運ぼうとしていた手が止まる。
「怒っている?」
「まあまあ怒っているかも。まさかわたしのことを疑っていたとはね」
「だって僕ばかり迷惑をかけているのに、リリーは自分の悩みをなにも見せないから」
「見せたところで、と思っていたのよ。でも、まさか王都に乗り込むなんてね。呆れて怒る気も薄れたわ」
そう言って僕の頬を思いっきり抓ってくる。薄れたというのはウソだと思う。
「痛いよリリー」
「で、マーレ様のことはちゃんとしたのでしょうね?」
「え? わかっていたの? 校則違反を申し出るって」
「当り前でしょう。言ったじゃない。マルセーヌ様は頑なだって」
さすがリリーだ。お見通しだ。
僕はマーレ様と仲直りの話をする。
「まさかマーレ様が言い出すとは思わなかったわ。てっきりマルセーヌ様が言い出すのかと」
「僕は頭の中が大混乱したよ」
「でも、ギルは相変わらず甘いわ」
もう聞き慣れてしまった言葉だ。なにか罰を与えるべきだったと呆れているリリーにはにかむ。
ちょっと間を開けて彼女は大息をつくと静かに口を開いた。
「ありがとうねギル」
「え?」
「一緒に、と言われた時、ちょっと気が楽になったかも」
「僕は本気だよ。王都に乗り込むつもりだよ」
「じゃ本気でやってみる?」
「エザベルさんにまた怒られるかも」
青筋を立てるエザベルさんを思い描き、僕たちは見つめ合いお腹を抱えて笑った。
やっぱり友といるとすごく楽しい。そう実感した。
突然なのかもしれませんが、ここで一部終了とします。
一応、章組を作りました。次話から二部とさせていただきます。
夏休みに入り、大聖堂編となります。
初めは、読んでもらえるのかと思っていましたが、少しずつ読者様が増え、嬉しく思っています。
引き続き、誤字脱字の報告を受け付けています。
コメントや感想、評価も同じく受け付けています。よろしければ、お願いいたします。
次話ともに、よろしくお願いいたします。




