64話 よくある 心を動かされた者たち
僕はリリーから剣を一本預かると、突き刺してしまった剣へと駆け寄る。
そして頭を下げ、女子生徒たちにそれぞれの剣を返却する。
「本当にすみません。借り物なのに、土に刺してしまって」
「……いい、いえ……あ、あのうギル様? ギル様は本当に魔術使いなのですか?」
「もちろんです」
唖然としている彼女たちの前で、白い手袋を外しながら言葉を返す。
「あれが、先日君の言っていた集中力か? すごいものだな」
エルゼ女史が狼狽している。
ちょっと誇らしげ笑みを作り、マルセーヌ様たちのもとへ。
「次はイゼッタ様です。予定通りに」
「は、はい」
きょとんとしていたイゼッタ様が歩み出て、リリーと向き合う。
肩で息をするリリーはかなり体力を消耗しているはずだ。
相手は魔術使い。いつものような剣術が出来るのか難儀しているはずだ。
でも――
リリーが身をかがめ、体勢を取る。
「始め」
「参りました」
エルゼ女史が掲げた手を振り下ろすと同時にイゼッタ様が降参をした。
な! 踏み込もうとしたリリーは躓きそうになり、あんぐりとなる。
「勝者リリー」
エルゼ女史が声を上げると、リリーはこちらの思惑に気づいたようだ。鋭い視線が僕に向けられているのだから。
そう。これはユーディー様の提案だ。
ことの原因の二人がお互いに降参をし、決闘前の状態に戻すことだ。
そして、決闘ではなく、話し合いをさせる。冷静になれば、揉め事を起こした二人ならできるはずだと。お互いの身分をちゃんと理解している二人なら、と。
寛容なリリー。頭が冷えた今ならわかるはずだ。マーレ様は平民で貴族社会に疎いことぐらいは。僕がそうなのと同じなのだから。
マーレ様の発言を許せとは言わない。でも、決闘だと、なにもできないマーレ様を甚振るようなことをするのは本意ではないはずだ。だから、ちゃんと話し合いで。
僕の意図に気づいたのか、マーレ様と向き合うリリーは剣を地に突き刺した。
「始め」
エルゼ女史の掛け声とともに――なんとマーレ様が走り出したのだった。
それには僕だけでなく、リリーも驚いている。
ここは、お互い降参するはずなのに。頭の冷えたリリーもわかってくれているのに。
マーレ様が拳をリリーの胸元に当てた。するとリリーは険しい形相になった。
振りかぶった手のひらがマーレ様の頬を打つ。すると受け身を知らない彼女は顔から地へと吹っ飛んだ。
魔術使いは魔力範囲があるため、肉弾戦とは無縁だ。しかも平和な世の中。魔術使いが強い攻撃を喰らうことがない。
唖然と顔を上げたマーレ様の表情が強張った。当たり前だ。魔術使いには威圧というものを知らないのだから。
騎士組の人たちは毎日模擬戦や手合わせをしているだろう。その中で必ず威圧を使うはずだ。しかもリリーのそれは、王都の青年の部で一位をとるほどの使い手の威圧だ。本当の剣術を知らないマーレ様には悍ましいものだろう。怯えてしまっているのが見て取れる。腕を突き、本能的に逃げようとする彼女は震えからか、うまく事が出来ないでいる。
そんなマーレ様の胸倉を掴み持ち上げたリリーは再度平手を打った。
「それ以上はダメだリリー」
再び手を挙げるリリーに声を上げた。
マーレ様は完全に戦意喪失してしまっている。瞳から大粒の涙を零し、動けなくなってしまっている。しかしリリーはマーレ様を掴んだまま頬を打つ。
リリー! 僕が止めようと足を動かしたその時、イゼッタ様が前に立ちはだかったのだ。
「いけませんギル様」
「なにを言っているのですか? このままだとマーレ様が」
僕の訴えにマルセーヌ様が口を開く。
「マーレは自分から罰を受けに行ったのです」
え?
「彼女は地元へ帰るギル様と違い、これから貴族へと上がる平民なのです。だから、マーレの吐いた暴言をなかったことに流してはいけないのです。ここでちゃんと決着をつけておかなければ今後、彼女は貴族にはなれないでしょう」
「どういうことですか?」
黙ってしまったマルセーヌ様の代わりにイゼッタ様が説明してくれる。
裕福層の人が大金を払い、お金に困っている下級貴族から第三婦人の座を買うのだ。そして、見事に魔力を持つ子供が生まれたら、育て貴族と結婚させ縁故関係を作るらしい。うまくいけば、家族もろとも貴族へということもあり得ると言う。
「それじゃマーレ様はそのためだけに」
「ギル様! それ以上は言ってはいけません」
「でも、お父さんが貴族ならそんな苦労は」
と言う僕にイゼッタ様が首を振る。
「魔力を持たない子どもが産まれる可能性の方が高いのです。だから、夫人の座があっても貴族の中には入れないと誓約書と宣言が行われるのです。お互い一度きりの顔合わせだけだと」
なんて世界だ。魔力のために。信じられない。
「ですので、貴族になるためにここまで頑張ってきた彼女は、今ここで罰を受けておかなければならないのです。しかも相手が領地位二位、更には次期領主継承者の人なら尚のことです。そのようなリリー様に睨まれているマーレ様を誰が相手にしてくれますか?」
「それじゃ最初からこの決闘は」
マルセーヌ様がリリーたちを見つめながら話す。
「いいえ。私もギル様から話を聞いた時、初めはうまくいくのではと思っていました。勝負は引き分けでも、団体戦では勝つことでリリー様にも面目が立つと。でも、あなたたちの『友の契り』を見て考えが甘かったと気づきました」
僕の方へ顔を向け、本当に卒業後王都へ、と訊ねてくる。
もちろん本気だ。僕は頷いた。
マルセーヌ様が呆れたように吐息をつく。
「ギル様。あなたは王都を知らな過ぎます。それでは犯罪ですわ」
「でもちゃんと決闘を申し込みますよ」
「王都の騎士たちにですか?」
「はい」
飛躍しています、マルセーヌ様が首を振る。
「相手にしてもらえるかどうかはわかりませんが、私は初めて『契り』というものを目にしました。今までは話を聞いたり、頭でしか理解していなかったり、漠然としかわかっていなかったようです。でも今回リリー様とギル様が手を抜かず本気で戦い、手を取り合う姿を見て『友の契り』の素晴らしさがわかった気がします」
「わたくしも物語でしか実感がなかったので、感銘を受けました」
イゼッタ様が称賛の笑みを浮かべてくる。
「おそらくマーレも気づいたものだと思います。自分の発言が軽はずみだったと」
「でも十分です。これ以上は」
左右の頬を腫らせた彼女へ目を向ける。震えながら大粒の涙を流し可哀そうすぎる。
「リリー様もわかっておられています」
「え?」
マルセーヌ様も辛そうな顔を見せている。
「姫様に手を挙げた時点で処罰の対象なのですから。なのにリリー様は剣を取らず、赤のポーションで治るほどの力で相手してくれていますから。本気のリリー様だったならあのようなケガでは済まないでしょう」
「でも」
「これはもう決闘ではなく、罰を受けるためのものになっているのです。そしてリリー様もこれでことを流そうとしてくれているのでしょう。そのようにしていただけたのも、この場を設けていただけたギル様のお陰なのです」
「僕の?」
「はい。これでことが流れれば、マーレはまた貴族の道が繋がるのですから」
これが貴族様たちの住む世界。ちょっとした言葉でも罰を受けないと許されないなんて。なんだか嫌なものを見ている気がする。
「リリー!」
まだ手を上げようとしている彼女に声を上げた。
リリーが僕を睨みつけてくる。そして呆れたように大きく肩で息を吐いた。
「マーレ。もう降参しなさい」
胸倉を掴んでいる彼女をエルゼ女史の方へと突き出す。
マーレ様は口を開こうとしているけれど、震えからなのか言葉が聞こえない。
エルゼ女史がマーレ様に耳を傾ける。それと同時にリリーが
「降参します」
と言ったのだった。
「この勝負は引き分けとする。よってこの決闘はリリー側の勝利とする」
リリーがマーレ様から手を放す。
まるで糸を切られた人形のようにマーレ様は足元から崩れ、地に倒れこんだ。
僕たちはマーレ様のもとに駆け寄り、僕は彼女の背に手を当てて体を起こす。
イゼッタ様は急いで赤のポーションを口へと運んだ。するとマーレ様の腫れあがった顔が見る見るうちに癒えていく。でも植え付けられた畏怖からは解放されていない。彼女の震えは止まらなかった。ポーションでも心までは癒されないのだ。
リリーが背を向け、騎士組の女子のもとへ歩もうとした時、マーレ様が震える口で言葉をかけた。
「お、お、お待ちく、ください」
マーレ様はマルセーヌ様に手を伸ばし、赤いマントを手にしようとする。
「た、たいへ、ん、も、申し訳ございませんでした」
手にした赤いマントを立ち上がれないままリリーへ差し出す。しかし、その裾は地についてしまっている。
振り返ったリリーの目つきはおそらく、マーレ様の行為が間違っているものだとわかる。
でも、震える手で彼女なりに――僕はリリーに訴えるような眼差しを向けた。
「マーレ。貴族の世界に入るならもう少し学びなさい」
そう言ってリリーはマントを手にし、再び背を向けた。
「はい。助言うれしく存じます」
マーレ様は赤い瞳を両手のひらで覆う。
これが貴族様の世界。僕が想像していた優雅なものとは全く違う。小柄なリリーの背中が大きく感じた。
誤字脱字ありましたら報告をお願いいたします。
ここまで読み進めていただきありがとうございました。




