44話 よくある 本気の模擬戦
「マルセーヌ様。皆さんは少し下がっていてもらえますか?」
「はい?」
そばにいる貴族様たちが僕を見て声を出した。そして、僕とリリーの神妙な表情から騎士組の女子たちはなにかを感じ取ってくれたらしい。
「マルセーヌ様。下がりましょう」
その言葉を耳にして、僕はゆっくりと回り込むようにリリーから距離を取る。
「ギル。斬れないから本気でかかってきなさいよ」
「リリーだって本気で来ないとケガしちゃうよ」
間合いを取った足を止め、僕たちは身構えた。
右足を一歩引いた僕は剣先を地に向け。
リリーは前後に足を開き、体勢を低くする。
さすがバスタードブレイドを手にしているだけあって、木の枝を使った朝の鍛錬のときより間合いがさらに広い。
今回ばかりは迂闊に近づけられない。
でも――彼女の真の剣術を味わいたい。
彼女の動きに集中しつつ、神経を尖らせ、一歩間合いに足を踏み込んだ。
わかっていたことだが、剣の長さがある分、飛びついてきた彼女はいつもより手前で体が止まった。が、見誤っていた。なんとリリーの体は低い姿勢ではなかったのだ。
そう。刀身の長さがあるから低い体勢だと、剣が地についてしまうのだ。しかも、いつもより手前で止まったことにより僕との間に距離がある――そう気づいたその刹那、リリーの体がクルリと回転したのだ。
くっ!
攻撃を受け止めたのだが、回転をしたことにより遠心力が加わり、いつもより彼女の剣に重みが増しているのだ。
しかも速度も倍増だ。次々と次と襲い掛かってくる剣技。
速度が落ちそうになると僕が弾いた力を利用してリリーの体が回転して、速度を補正する。
これがリリーの真の剣術。
今までは小柄な体系と柔らかい筋肉での攻撃だった。でも今回は、それらに身軽さが加わり、そして、それらのすべてを利用した回転による一振り一振りの剣の重み。
自分の弱みを完全に克服している。そう理解した。
しかも、後方へ逃げても相変わらず、ぴったりとくっついてきて態勢を整える時間を与えてもらえない。
仕方がない。
僕は一度、彼女の剣を大きく弾いた。するとその流れに従って彼女の体が回る。
もちろん、こちらも大降りになっているのだが――僕は右足を上げ、リリーの脇腹に回し蹴りを入れた。
「ぐはっ」
小さなうめきを上げ、リリーの体が左によろめき、一瞬の隙を作った。
僕は両足を前後に開いて腰を落とすと、剣を握っている右手を引き、左の拳を前へ突き出す。
横腹を押さえて態勢を整えながらリリーがこっちを睨みつけてくる。
「ちっ。出し惜しみして。そっちが本気の構えなのね。拳法と剣技の合わせ技ということかしら」
舌打ちなんかして姫様らしくない。
僕は突き出している左の拳を解き、クイクイとリリーを挑発してみる。
するとリリーが数歩近づいてきて、身構え、今度は彼女から襲い掛かって来たのだった。
止まることのない攻防戦。
見たことのない剣術を相手に、あちこち叩かれ、いろいろな攻撃を試してみる。お互い手を抜かない手合わせ。すごく楽しい。真剣なんだけれど、リリーと目が合うたびに笑みが零れてしまう。
何度攻撃を受け、何度攻撃を与えただろう。刃がついていないブレイドだからできることなんだけど。
しかし僕の方に利があったようだ。
僕はリリーの頬を拳で当てる寸前で止めた。すると、リリーがペタリと地に尻をつく。
「あなた、どれだけ体力があるのよ」
肩で呼吸しながらリリーが問う。
「違うよ。リリー長期戦って初めて?」
「はい?」
接近戦が得意な彼女は、なるべく短時間で終わらせようとしているのだろう。あの、間合いを詰める剣術から考えても、そう取れる。
「集中力も体力を奪うからだよ」
「それでも限度ってものがあるでしょう」
と、リリーは大の字で寝転がる。
「どう? ちょっとはすっきりした?」
そう声をかけると四肢をジタバタとさせ、
「悔しい」
とリリーが喚き散らす。でもその笑っている表情は満足してくれたとわかる。
「ギル様素晴らしいです」
僕に近づいてきたのは騎士組の二人だった。
「さっきの剣術は一体なんなのですか?」
「ワタシ、お二人の模擬戦、目が追い付きませんでした。どのようにすれば、あのような早い攻撃ができるのですか?」
と、いろいろ質問してくる。そのすべてを訓練です。鍛錬です。と躱した。
「でも、本当に見事でしたわギル様。魔術だけでなく、剣術もできるのですね」
マルセーヌ様が手を叩いて褒めてくれる。
「しかし、魔術使いなら宝の持ち腐れではないでしょうか?」
マーレ様の一言にリリーの覇気の残滓がピクリとした。
「でも、二の刻近くもの模擬戦は、わたくし始めて見ましたわ」
イゼッタ様のセリフに僕とリリーは顔を見合わせた。
「今、何刻ですか」
「少し前に一の鐘が鳴っていましたが」
「しまった!」
模擬戦に気を取られ過ぎて、僕たちはお茶菓子のことをすっかり忘れていたのだった。
寮で着替えを済まし、僕とリリーは街の商店街へ急いだ。
綺麗な恰好の富裕層の人たちが多く、みんなゆったりとしている中、駆けているのは僕たちだけだった。
「あのう、茶菓子は?」
「もう売り切れてしまいました」
息切れするリリーの質問に店員さんが申し訳なさそうに謝ってくれる。砂糖が貴重なため、次の販売はいつになるのかわからないようだ。
「どうして気づかなかったのよ」
「リリーだって」
せっかく砂糖を使ったお茶菓子を味わえる機会だったのに。二人、店の前でがっかりと肩を落としていると、聞き覚えのある声に僕たちはヒッと飛び跳ねた。
「販売は朝の十一の鐘からです。今、人気のお茶菓子を、このような時間に買いに来てどうするのですか?」
錆びついたおもちゃのように振り返ってみれば、顔を手のひらで覆い隠された。ガシッと。
「痛い痛い、痛いわよエザベル」
「ちょっ、ギヤッ」
僕たちの頭がエザベルさんの手で握り潰されそうになる。
「違うのイタッ、聞いイッ、ギルがギャッ」
「ずる、いイッ、ごめギャッ、さいグワッ」
そう悶えている耳元で
「あなたたちのその脳筋、ほぐして差し上げましょうか?」
と囁かれる。
背筋が凍り付き、死を目の当たりにした瞬間だった。
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