33話 よくある閑話?
ウィードルド育ちだということで、入学してからいろいろなことがあった。授業にも寮の生活にも、だいぶんと慣れてきた。食事のとき以外は、ずっと部屋に閉じ籠っているのだけれどね。
でも、その時間は毎日シャマルさんへ手紙を書き、授業のことなんかを報告したりしている。優しい彼女は毎回返事をくれる。たまには、日常であった楽しいことを教えてくれる。それを読んだり返信を書いたりする時間は楽しかった。
明日は初めての休みだ。しかも二連休ときている。なにをしようか。二日間ずっと部屋にいるのも……。
学校が休みの日は、シャマルさんたちと貴族様の側仕えは寮に入ることはできない。基本、学園内で外部の人間との接触が許されていないのだ。生徒が授業を受けている時間のみ、寮への入室が許されているらしい。
だから残念なことに、今夜は手紙を書いても読んでもらえないのだ。
明日の予定が立たない。一層のこと、休みなんかいらないのに。
食堂で夕食をとりながら、そうぼんやりとしていた。
「気が抜けているわね」
うわっ! ――前置きもなくいきなり現れたリリーにびっくりした。
抜けた顔をしている僕の隣に彼女が腰を下ろし、ふと気になったことを訊ねてみた。
「リリー。僕が食事のとき、毎回ここに来ているけれど、いいの?」
「いいって?」
キョトンとするリリー。
僕は視線を上へ向けてみる。二階では貴族様たちの唯一の楽しみ、交流会が行われているはずだ。貴族である彼女も出席しなくていいのだろうか?
僕の言いたいことを理解したのか、彼女が肩をすぼめる。
「挨拶程度に顔さえ出しておけば別にいいわ。大して楽しいわけではないし」
リリーは交流会には全く興味がないらしい。リリーらしいと言えばそうなんだけれど。
「毎日似たような話だったり、自慢話だったり、なにが楽しいのか。それに――」
「それに?」
リリーは言いにくそうに呟く。
「最近マルセーヌ様がしつこいというか、いろいろと話しかけてくるのよね」
しつこいって! それは陰口では。
「姫様に対してそんなひどい言い方してもいいの?」
「わかっているわ。でも、マルセーヌ様とわたしよ。話しても楽しい話題はないわよ。なのに、なぜ声をかけてくるのかわからないわ。それに最近、お茶会の誘いがかかるのよ。断るのも大変なんだから」
「いいじゃないか。姫様同士、女子同士、話してみれば。繋がる話題も見つかるよ」
「ギル。マルセーヌ様とわたしよ。本気で共通の話題なんてあると思っているの?」
リリーにジト目で見られて、気品あるマルセーヌ様を思い浮かべてみる。
背筋を伸ばし、物腰が柔らかく、落ち着きのあるマルセーヌ様。
今、僕の目の前で頬杖を突き、強い者に食いつく、本能のままに行動するリリー。
似ても似つかない姫様。二人がする会話の内容が全く想像できない。
どう? ――と訊ねられ、体のいい言葉も浮かばず、思わず顔が引きつる。
「でしょう。沈黙が続くのは目に見えているわ」
「もしかしてリリー。ここへ逃げてきているの?」
「そういう訳ではないわ。二階にいるより、ギルとこうして話している方が楽しいからよ」
楽しい? 毎回愚痴を言い合ったり、お互いの授業の話をしたり、そんなことしか話していないような。でも、そんな他愛もない話でも僕は心休まるんだけど。リリーもそう言うことなのかな?
口にパンを含み、そんなことを考えた。
「ギルは明日なにするの?」
「なにも予定がなくて悩んでいたところなんだ」
「それじゃ明日、ギルの魔術を見せてくれない?」
「魔術? 別にいいけれど。どうして?」
「風の魔術よ。一度見てみたいじゃない」
瞳を輝かせるリリー。薪割や乾かすことしか役に立たない魔術に期待されても。
「別にいいけれど、大したことはできないよ」
「いいわよ、いいわよ」
と、興奮気味に何度も頷く。
明日の予定が出来たのは良かったけれど……楽しい一日になればいいな。そう再び食を進めた。
翌日、昼食を終え、ケープを羽織った僕は部屋を出た。
最近、廊下や階段で貴族様たちと出会うと、黒のケープのおかげで道を譲ってくれる。毎回、申し訳なく思いながら、急いで足を進めるように心がけている。
「お出かけですか?」
玄関でアルギニオさんに声をかけられ、
「学校の訓練室へ」
「左様でございますか。いってらっしゃいませ」
と、挨拶を済ませ外へ出た。
早朝トレーニングのとき、リリーと昼の一の鐘で待ち合わせと決めていたのだ。
扉を閉めると、ちょうど昼の一の刻を知らせる鐘が響く。でも、リリーの姿が見えない。仕方なく、階段の脇にあるベンチに腰を下ろし待つことにした。
どうしたんだろう。なにか予定が出来たんだろうか? 空に浮かぶ白い雲を眺めながら、心配はしていないけれど気になる。
半刻ほどして、女子寮からリリーが現れた。
「ごめんなさいね。待たせたわね」
「どうかしたの? なにかあった?」
立ち上がった僕がリリーに訊ねると、疲れ気味のリリーがため息をついた。
「マルセーヌ様につかまって……お茶会の、ね」
マルセーヌ様! とびっくりした。姫様は穏やかに見えるんだけれど、見かけによらず積極的! 今日は休みだというのに。
ほぼ毎日声をかけられているリリーが、しつこいと言っている意味を少し理解できた。
「一度ぐらいお茶会付き合ってあげたら、どう?」
魔術学校へ歩み始め、僕は苦笑いを見せるリリーを覗き込む。
「過去に何度かお茶会をしたことがあるの。そのときの話聞きたい?」
マルセーヌ様とリリーの会話の内容。ちょっと興味が湧くってものだ
「マルセーヌ様は見ての通りよ。最近読んだ本や音楽の話題、習い事のダンスに絵画の話をしてくるのよ。ちなみに趣味は庭で花を眺めながらお茶を嗜むことらしいわ」
さすが姫様って感じだ。僕の想像像もそんな感じだ。となると、剣を振るリリーには退屈そうだ。
会話より剣を交え、一汗かく。そしてお互いをたたえ合う。ほかの言葉なんていらない。リリーにはそういうものがお似合いだと思う。
じゃ、リリーは一体どんな話題を出すのだろう。すごく気になる。
彼女はどんよりと顔を曇らせた。
「もちろん本や音楽、ダンスのことを。絵は苦手だから触れないようにしていたわ」
「すごいじゃない。リリーもそういうものに興味があったんだ。意外だよ」
意外? リリーに睨まれ、最後の言葉は失言だったと慌てて口を隠した。
「まあ、そうよ。わたしには、まったく無縁なことよ。滅多に手に触れないことばかりよ」
「じゃどうして?」
突然、リリーが悪夢でも見たかのように青ざめ、髪を掻き毟り始めた。
「エザベルや執事、使用人たちにマルセーヌ様と会う前日まで叩きこまれるのよ。朝から夜まで。椅子から離れることを許してもらえない生活。あれは地獄だったわ」
死相な表情をしたリリーにあんぐりとなった。ジッとしていられない彼女には、まさに地獄だったのだろう。悶絶する姿が頭に浮かぶ。
「でもどうして。ちゃんと最初から自分を見せていたら」
「相手は領地位一位の姫様よ。そのような方を相手に、剣を突きつけるわけにもいかないし、お茶会の間ヒマにさせるわけにはいかないのよ」
「領地位?」
また新しい言葉が出てきた。
「あ! それはギルには関係ないわ。上位貴族だけの話だから」
上位貴族? もしかして、姫様とかそういう地位の人たちのことだろうか? 貴族様たちにも、いろいろあるんだろう。深く聞かないことにする。
「いわゆる、同じ姫でもマルセーヌ様は格が違うと思ってくれればいいわ」
そこはかとなく理解した。そして、大変だなと同情した。
「だから、今、マルセーヌ様とお茶会なんてしたらボロがでるし、会話なんて碌にできないわ」
リリーがため息をつくと、ちょうど魔導士学校の職員室にたどり着いた。
彼女を笑みで元気づけ、ドアを開けた。
エルゼ女史は見当たらない。近くにいた職員に声をかけ、訓練室の利用許可と魔術の使用許可を取ることにした。
そして、すべての段取りが済むと僕たちは訓練室へ向かう。
風の魔術を見ることがかなり楽しみなのか、さっきの話題も忘れ、リリーは上機嫌になっていた。
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