29話 よくある 空を飛ぶ方法
僕が使う風の魔術は、薪を切ったり、洗濯物を乾かしたり、ルカの髪を乾かすぐらいだったのだから。そんな使い方を思いつきもしなかった。
空を飛ぶ。いろいろ妄想してみるが、イメージができない。
「いろいろと試してみているんですが、うまくいかなくて。王城にいた時、魔術記録書に目を通してみたんですが、そこにも載っていませんでした。先生はなにか知りませんか?」
「ここしばらく風の魔術使いが現れていないからな。ワタシも風の魔術使いと出会ったのは今回が初めてなんだ」
ユウキ様も挑戦してみたけど無理だったのか。これはかなり難解だ。
「ギル。君はなにか思いつくことはないか?」
いろいろと考え込んでいるとエルゼ女史が話題を振ってきた。
「なんでもいい。思いついたことを聞かせてくれ」
いろいろと考えていた。そして口を開こうとしたその時、マードリック様が言葉を挟んできたのだった。
「エルゼ女史。ユウキ様は何度も挑戦してきたんですよ。なのにそいつの考えなんて聞いても無理ですよ」
彼の言葉には、所詮ウィードルド民の、という風に聞き取れた。
気にするな。構わず話せ。そんな言葉を含んだ視線がエルゼ女史から向けられる。
僕は小さく頷くと思いついたことを話し始めることにした。
「まず宙に浮くには、下から上へ風を起こさないといけないと思いました。ので、足から魔術を発します。でも、これには体幹を鍛えなければいけません。でなければ、ちょっと体がずれるととんでもない方向へ飛んでしまうからです」
エルゼ女史は、説明に納得したようで頷いてくれる。
「次に、手のひらから魔術を出し浮く方法を考えてみました」
僕は立ち上がって手を広げる。
「無事に浮くことができれば、次に背後から風の魔術を放出して移動をするのですが……」
「うん? どうした? うまくいけそうな気がするが」
僕は手を下ろし、もう一度考え直してみたけれど、この方法にはやはり無理がある。
「体を浮かせるほどの風って、どれほどの威力がある風なんでしょう。僕が体験したことのある嵐でも、物置小屋が壊れるほどの風しか経験したことがないんです。せいぜい、体が前に進みづらいという風力しか経験したことがありません」
言われてみれば、とみんなも体験したことを思い返しているようだ。
「仮に嵐以上の風がイメージでき、宙に浮くことができたとして話しをしますが……手のひらからそんな風を出したまま、街や畑の上を飛んでいくと、どうなってしまうでしょうか?」
想像していた貴族様たちが僕の話にハッとする。そしてマルセーヌ様が呟いた。
「街は崩壊し、畑は荒れるのではないでしょうか?」
「その通りです。崩壊というまではいかないと思いますが、広場の市や簡易に建てられた木造建物などは壊れ、破片が飛び交い、怪我人が出ると思います。それに……」
「まだあるのか?」
エルゼ女史が驚く。
「空を飛んで移動する距離です。数メートルなら歩いた方が効率はいいと思います。数キロぐらいなら馬の方が。ということは十キロ、三十キロ、または隣の領地に移動する時に使う魔術だと思いますが……かなりの風を魔術で出すので、目的地まで魔力は持つのでしょうか? もし浮遊中に魔力が切れた場合どうなるのでしょう」
みんなが一斉に息を飲んだのがわかった。
「それって死ぬんじゃないの?」
空を飛ぼうとしていたユウキ様の顔が青ざめていく。
「領地の建物はとても高いので真っすぐ飛ぼうとするなら、それなりの高さがいると思うのです。結構な深手を負うと思います。さらに、無事目的地に着いても魔力が少なく、そのあとは、なにもできないのでは?」
「……なるほど。魔術記録書に書かれていないわけだ。リスクが高いな」
エルゼ女史が頷く。
そして、貴族様たちも空を飛ぶということを諦めているようだ。
でも、僕はある可能性を思いついていた。
『飛ぶ』のではなく『跳ぶ』ということだ。
まだしっかりとイメージが出来ていないけれど。そのことがヒントになった切っ掛けは、リリーだった。彼女が、地を滑るように懐に入ってくる剣術の種を、ここ最近ずっと考えていたからだ。
このことはまだイメージできていないので、口にしないでおこう。
「僕が思いついたのは以上です」
「わかった。座れ。参考になった」
エルゼ女史は教壇へ戻る。
「午前の授業はここまでとする。午後は魔術測定だ。寮で、配布した運動着に着替えて昼の一の鐘までにここに戻って来い。では解散」
貴族様たちの気が緩む。背筋を伸ばしたり、ため息をついたり、突っ伏したり、初日の授業だけあってみんな緊張していたのかもしれない。
「ギル様の話、すごく興味深かったです」
マルセーヌ様がそう褒めてくれる。そういうのには慣れていなくて、なんだかむず痒い。思わず目を伏せてしまった。
「学食があればな。いちいち寮に戻るのは面倒くさいよ」
ユウキ様が机に突っ伏す。
ガクショクってなんだろう。貴族様たちも同じように聞き返した。
「校内にある食堂だよ。いつでも食事ができる憩いの場みたいな。学生たちのたまり場でもあって、財布にも優しい」
ユウキ様の熱弁に、メイスター様とマードリック様が嘲笑った。
「専属料理人以外が作ったものなんて食べられませんよ」
「そうたぜ。毒でも入っていたらどうするんだよユウキ様」
「相変わらず貴族たちは、食事や飲み物に厳しいな」
「さて、ユウキ様寮に戻ろうぜ」
マードリック様の掛け声に、通称西側の三人とユウキ様が席を立つ。
「さあ行きましょうユウキ様」
「ユーディー様絡みつくと歩きづらいよ」
「だ、ダメでしょうか」
「ダメじゃないけど」
と、騒がしくドアへ向かっていく。
「マルセーヌ様は戻らないのですか?」
「私はA組の授業が終わるまで待っています」
マーレ様とイゼッタ様の護衛待ちということだろう。一人で移動できない貴族様って大変だ。
ふとリリーが思い浮かんだ。
勝手に出歩く貴族様もいるけれど。エザベルさんも大変だ。つい笑ってしまう
「それでは僕は先に失礼します」
「後程」
僕は挨拶をしてドアへ向かった。
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