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0201百合

暖かな日差しに雪が溶け始めたころ、リリーと父親のネイサンは、王都の屋敷へと移動していた。社交シーズンの到来である。


貴族は王都で開かれる貴族院に議席を持っているため、会期の間は王都で過ごす。4月から、サマーバカンスを挟みつつ、11月まで。それに伴い、家族や使用人が大移動を起こすのだ。

馬車に揺られながら、リリーはポツリと呟く。


「お母様も来てくれればよかったのに……」


それを聞いたネイサンも苦笑する。

本来であれば、この時期貴族の奥様方はダンスやお茶会などに明け暮れるのが常である。しかし、リリーの母親アイリーンは、先回の件について言われるのを嫌がり、病気という体で領地に引きこもっていた。

「王都は暑いから元々行きたくなかったのよぉっ!」なんて言い訳をしながら領地で優雅にくつろいでいる始末。

弟のオリバーだけはリリーについて来たがってはくれたものの、幼い妹と一緒で母親と共にお留守番。

リリーも目的が済み次第、サマーバカンスを待たずに帰る予定であるのだが、内心少しだけ臍を曲げていた。






その日の午後、リリーは王都に到着すると、荷ほどきも早々にフォスター伯爵家へ出かけた。シャーロットの身が心配なので、一刻も早く会っておこうと決めていたのだ。


リリーは馬車に揺られながら、自身の記憶を思い返す。たしか、フォスター邸はエヴァグレーズ邸から、そう遠くないところだったはず。

一般的に、伯爵とは公爵よりも下の爵位であるが、必ずしも税収が少ないわけではない。フォスター伯爵領はエヴァグレーズ公爵領の三分の一以下の大きさにもかかわらず、金鉱山を含めなければ、領土からの税収は毎年同じくらいだった。

王国南部に位置する領地はとても豊かで、様々な特産品があり、海岸部に展開するビーチリゾートも夏の名所となっている。フォスター伯爵一家が、年中便利な王都で生活しているのも、領地にいなくてもほぼ問題が無いからだ。

治世は配下の男爵たちに任せていれば良い。冬季に問題が起きないかと、毎年領地でヒヤヒヤしているエヴァグレーズ公爵家とは正反対だ。本当に羨ましいかぎりである。


ほどなくしてフォスター伯爵邸の門をくぐると、中心地に近い立地にもかかわらず、広い庭には青々と草花が繁り、噴水まで見えてきた。通された玄関の調度品は、金枠にはめられた絵画や象牙に大理石。これは儲けすぎではなかろうか、とリリーも渋い顔をする。

そして、待っていたシャーロットは、青い目を輝かせ、我慢できないとばかりに、うずうずしていた。


「リリー様、ご到着直後なのに、ご足労ありがとうございました」

「私もシャーロットの紹介したい人が誰なのか、気になっちゃってさ」

「では、早速ご紹介いたしますね!」


頰を赤らめ、シャーロットは歩き出す。彼女に連れられ、並べられた高価そうな壺を見流しながら廊下を歩き、リリーは不安を募らせていた。

応接間の扉を開くと、シャーロットはもったいぶった様子で口を開く。


「こちらは私が最近懇意にしている……」


開け放たれた扉の向こう側、ソファーに浅く腰掛けている人物。

長身で細く引き締まった身体。切れ長の金目。真っ赤な髪を肩にかからないよう、切りそろえた――





――――男装の麗人。


「ノエル・エストレスタ様です」




ノエル・エストレスタ。

エストレスタ男爵、本妻息女。そう、彼女はれっきとした女性である。

ゲームでは主人公やリリーより2歳年上の、三年生。おそらく、最も人気のある攻略対象者だろう。ゲーム中でもその人気はさることながら、女性だけでなく、一部の男性からも騒がれている。


代々騎士団長を務めているエストレスタ家。

その本妻子女である彼女は、学園入学時には女性でありながら家督を継ぐことが既に決まっていた。周囲からは、初の女性騎士団長も夢ではない、と言われるほどであった。しかし肉体が女性であるが故に悩み、苦悩することとなる。

トゥルーエンドでは数多の困難を乗り越え、己の心と主人公への愛を知り、二人は逃避行の旅に出る。

バッドエンドでは二人は友人として末永くその友情を育む。というもの。彼女の心と主人公の心がぶつかり合う熱い百合ルートといえる。





リリーにとってはまさに、『鴨がネギを背負ってやってきた』としか言いようがない。

ノエルはリリーと目を合わせると、そのまま立ち上がる。


「初めましてリリー・エヴァグレーズ嬢。お噂はかねがね。」

「私の噂なんて、ろくでもないでしょう?」

「ご冗談を。本当は貴女から王子との婚約を解消したのは?」


不敵に笑う彼女は、本当に見惚れるほど美しい。リリーが息を飲むのを見て、シャーロットは自慢気に胸を張る。


「私の一存でフォスター伯爵家はノエル様の後援になっておりますの」

「ええ、しかし私のような未熟者にはもったいない限りです。シャーロット嬢」


うっとりとした表情で、シャーロットはため息をつく。もしかしたら彼女は、中性的なイケメンに弱いのかもしれない。そんな腑抜けた様子のシャーロットから、リリーはノエルへと視線を戻す。


現在、エストレスタ家では家督争いの最中。本妻の子であるが女であるノエルか、はたまた、愛人の子であるが男のラルフか。二人の能力が拮抗している分、問題は難しいはずだ。

リリーは少し探りを入れることにする。


「お家騒動で大変そうですね」

「いえ、近々ラルフとは家督をかけた試合で決着をつけますので」


ノエルは目を閉じて、口元から犬歯をのぞかせる。

彼女の話によると、西部地方へ出張中のエストレスタ男爵が戻ったら、彼の前でどちらが後継であるか決めるそうだ。

王家の事情もあって、この国では『優秀な』女性は家督を継ぐことを許される。あくまで許されるだけで、絶対的な権利があるわけではない。

次はどう出ようかとリリーが考えを巡らせていると、シャーロットが涙ぐんで口を挟む。


「家督を継がれたら、お忙しくてこうやってお会いすることも叶いませんね。寂しいです」

「ご恩には報いるつもりですので、今後もこういった時間は作っていきたいと思っております!」


シャーロットに気を損ねられてはいけないと、慌ててノエルはフォローを入れた。そのやりとりを見て、リリーは悪どい考えを閃く。


「では、その前に私たちとデートをしてくれませんか?」


にこりと笑うリリーは、口を開いたまま静止している二人を見つめ、ある確信を持っていた。



――――私はノエルの秘密を知っている。











結局、リリーはあの後、有無を言わせずノエルとの約束を取り付けた。

そして、2週間後のデート当日。


リリーとシャーロットは着飾って、ノエルが訪れるのをフォスター邸で待っていた。シャーロットの選んだドレスは、小振りのリボンが沢山付いたもの、対するリリーは『ノエルが好みそうな』ピンクでレースが付いたもの。町歩きをするので出来るだけ動きやすいものではあるが、二人とも可愛らしい仕上がりだ。

ノエルを待つ間、シャーロットは「もー、リリー様は大胆なのだから!」とか「心の準備が!」なんて呟きながら頰を赤らめて興奮していた。


数刻して時間通りにあらわれたノエルは、細身のズボンに小綺麗なシャツ、刺繍のされた黒のベストを着ていた。エスコートする気満々な出で立ちである。

彼女が背中に隠していた腕を出すと、その手には花束が……。


「綺麗でしたので。お二人には敵いませんが」


ノエルが白い歯を見せる様子に、シャーロットは壊れたヤカンのように「あわわわわ」と震えてしまった。

リリーは花束を受けとると、その中から一輪の花を抜き取り、ノエルの髪に挿す。


「ノエルさんも、お綺麗ですね」


目を細め緩やかにリリーが微笑むと、ノエルは一瞬口を薄く開いて呆けてしまった。だが、すぐに気を取り直すとコホンと咳払いをする


「行きましょう、お嬢様方」


そう二人に歩みを促した。

ノエルとシャーロットの会話を横目に、リリーは一人ほくそ笑む。



――――ええ、私は全ての選択肢を正しく選んでみせましょう。











しばらく歩くと、大通りの一角にあるカフェの前でノエルは立ち止まる。


「庶民の店ですが、ここのケーキは美味しくて有名だそうです」

「まあ、楽しみです」


ショーウインドウの中には色とりどりのタルトや可愛らしいショートケーキが並んでいる。パステルカラーの明るい店内は、女性であふれており、どこのテーブルも賑やかだ。

一部の女性陣はノエルの姿に気がつくと、「キャッ」と小さく黄色い悲鳴を上げる。それを尻目に、三人は奥の個室に通された。


「あまり煩くても会話が楽しめないと思いまして……」


ノエルは椅子を引くと、二人に着席を促す。

こぢんまりとした部屋の中は天窓からの光を取り込んで、思ったよりも明るい。草花も飾られ、どうやらお忍びで来店した貴族用の一室のようだ。

メニューを見て、シャーロットはチェリーパイのセットを、リリーはイチゴのタルトを頼んだが、ノエルは紅茶だけだった。

それとなく、リリーはケーキを勧めてみたものの、「甘いものは好みませんので」と断られた。


注文の品が提供されると、シャーロットはそれを一口含んで、顔をほころばせる。


「とっても美味しいですわ」

「気に入っていただけて、光栄です」


ノエルは、誇らしげに胸を押さえて微笑む。リリーもフォークを口に運ぶと、中々の味だった。

そして、もうひと欠片を切り取ると、スッとフォークを皿から持ち上げる。


「はい、ノエルさん、あーんして下さいね」


その瞬間、ピシッとノエルが固まった。

シャーロットは、タルトが刺さったままのフォークを、皿の上に落とす。しかし、リリーは気にせずフォークをノエルの口に無理やり押し込んだ。


「! …………あまいッ!」


ノエルは涙目で口元を押さえると、小さく呟く。


「今日はとっても楽しいですね。……女の子三人で」

「リリー様……!!!」


不穏な空気に、シャーロットは口をパクパクと動かし、顔を青ざめさせる。リリーはそれに構わず、フォークを皿に置くと、指を組んでニタリと笑う。


「私の国ではこういうのを、女、子、会、って言うんですよ」

「じょ、し、かい?」


ノエルは解せぬという表情でリリーの言葉を繰り返す。彼女の頰は少し引き攣っていた。


「女の子同士仲良くおしゃべりしましょう!」


軽快な口調のリリーに対し、真っ赤になってワナワナと震えていたノエルが、勢いをつけて口を開く。





「わ、わたしもッ、女の子になって……よ、良いのだろうかッ!?」





ドンッと腕を叩きつけられたテーブルが揺れ、紅茶が少し飛び散った。

ノエルのエスコートはただ、自分がして欲しいことをしていただけ。彼女が思う、理想の王子さま。



好きな色はピンク、フリルが揺れれば目で追って、ファンから花を貰った日には、1日ずっと上機嫌。甘いものには目がないし、食べれば口元がついついにやけてしまう。そんな彼女の秘めたる妄想。



彼女のトゥルーエンドに至るには、選択肢を間違えに間違えて、ノエルの心を180度逆の方向にもっていく必要がある。

真は偽、偽は真。トゥルーエンドはバッドエンド、バッドエンドこそが真のトゥルーエンド。

彼女はそう、心が男性でもなければ、男性になりたい女性でもない。

ノエル・エストレスタは、ただの平凡な女の子なのである。


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