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D0112エピローグ

「はーーっ」


宝探しの後、僕は食堂でワット君と隣り合って座り、小皿に乗ったケーキをつつきながら、盛大にため息をついた。

フォークを咥えたまま、ワット君の体がゆらゆらと前後に揺れる。僕は彼が顔面からケーキにダイブする予感がしたので、フォークを取り上げて皿に置いた。どうやら食欲よりも眠気が勝ってしまっている。


豪勢な食事を用意するとは言われたものの、ヴィクターが息を吹き替えしたせいで、管理人夫婦は未だ泣き続けており、料理を作るどころではなくなった。

僕達宝探し組がお腹を空かして途方にくれていると、管理人夫婦を元気付けるためにリリアちゃんが作っていたケーキが丁度焼き上がり、お裾分けしてもらって現在に至る。


ふと、視線を感じて顔を上げる。

長机の先では、アレックスがじーーっとケーキを食べようとする僕を見つめていた。彼は首から『僕は大切な肖像画を切り裂いてゴミ箱に捨てました』と書かれた札をかけ、反省中。

僕は腕を伸ばし、切り分けられたケーキが置かれている大皿を、アレックスの前へと移動させた。


「僕が食べたことにしておくから食べろ」

「施しなんて受けません!」

「リリアちゃんが焼いたケーキ、食べたいんだろ、ばれる前に他の部屋で食べてこいって」

「ぐっ……うぐっ」


羞恥からか、目尻に涙を浮かべアレックスの顔は朱に染まる。それでも、食べたい気持ちに負け、「今までのことは水に流します」と捨て台詞を残し、ケーキを一切れひったくるように掴んで部屋を出た。

僕は呆れながら皿に向かい直す。


「シャーク先生、宝探しの件は残念でしたね……」


突如、リリアちゃんが僕に話しかけ、ギクリとして僕は仰け反った。


「えっ、あっ、そうですね、まさか誰かに先を越されているとは思いませんでした」

「私だって、見たこともないような金銀財宝がどれほどのものなのか気になっていたのに、黙って持ち逃げするなんて許せません!」

「ははっ、僕の代わりに怒ってくれて嬉しいですヨ!」


『見たこともないような金銀財宝』というのは、僕が彼女に使った言葉の綾だけど、今さら訂正する気もない。

僕達がレンガの奥にある空間を見付けた時、何かが置いてあった形跡はあるものの、お宝は綺麗さっぱり消え去っていた。もはや、宝が本当に金銀財宝だったのか、それとも不老長寿の妙薬だったのかすら知る術はないのだ、指摘したところで、格好悪い印象を与えてしまうだけだろう。

僕はため息混じりに、再びケーキを口へと運んだ。


「それにしても美味しいケーキですね」

「ありがとうございます、祖父直伝の赤ワインケーキです」

「へーっ」

「私の祖父は肝臓を壊した後年、大好きなお酒が飲めなくなった代わりに、こうした赤ワインケーキを作ってよく私にも振る舞ってくれていました」


酒好きな人は内蔵をやられるからなあ。酒は百薬の長、されど万病の元。毎日少しずつ飲むのなら、体が温まって健康に良いのにね。

しかしながら、僕は結構グルメなのだけど、このケーキは素材にもこだわっている気がするぞ。


「このケーキは相当良い赤ワインを使っているでしょう」

「分かりますか、祖父からの貰い物ですが、なんでも150年ものだとか……」

「あはは、それが本当なら国宝級じゃないですか、きっと『お小遣いは銀貨100枚!』なんて言って、一枚だけ握らせるのと同じやつですよ」

「はい、祖父がよくやっていました。でも、物自体は良いものだと思いますよ」


なんでも彼女のお祖父さんは酒豪なだけでなく、酒の味にもこだわりがあり、年代物のワインをコレクションしていたとか。

しかし、同居していた彼女の父親も酒に目がなく、そして意地汚かった。安いワインのようにパカパカと開けては勝手に飲み干されるのに耐えきれず、お祖父さんは一番状態の良いものを隠してしまったそうだ。


「祖父は亡くなる間際、『おじいちゃまはね、うっかりお前にはなーーんでも喋っちゃうけれど、パパには絶対に内緒だよ』なんて言って、私にだけワインの隠し場所を教えてくれたんです」

「えっ、もしかして形見のワインをケーキに使っちゃったんですか?」

「美味しい赤ワインケーキを作って、ウィリアムズさんとイレインさんが喜んでくれるなら、それで良いと思いました」


リリアちゃんは顔を綻ばせる。彼女の背後では、未だ涙を流し続ける老夫婦が、嗚咽を漏らしながらケーキを食べていた。


「赤ワインケーギィ」

「ううっ、これがっ、エヴァグレーズの……流儀」


最早塩ケーキとなってしまった濡れスポンジを口に運ぶ姿は、随分酷い絵面である。リリアちゃん、これは逆効果ではなかろうか。

僕は一旦席を立ち上がった。


「ウィリアムズさん、イレインさん、宝を見つけられず、本当にすみませんでした」

「ウウッ、いいんです、旦那様との約束は……ついぞ果たせませんでしたが、過ぎてしまったものを悔やんでも仕方ありませんから」

「天国の旦那様ならきっと、グスッ……、宝を持ち逃げした人のことも許して下さいます」

「でも、商売道具の館を随分ボロボロにしてしまいましたし……」


正直に言うと、今回の依頼料は返そうと思っていた。だけど、リリアちゃんが事も無げに大丈夫だと告げる。


「実は先ほど話をしていたら、お二人は私の父とも面識があることが分かり、屋敷を別荘として買い取る代わりに、無理のない程度に本宅で働くという提案をしたんです」

「エエッ、リリアちゃんのお父様と!? 世間は狭いですね」

「私も幼い頃にお会いしていたのに、全く覚えていなくてお互いに驚きました」


なんでも、例の酒に対してかなり品のない父親が、昔食べたウナギのゼリー寄せを恋しがり、常々また食べたいものだと呟いていたそうだ。確かに二人の料理は僕の舌を唸らせるような味だったけれど、どうしてウナギを煮汁で固めようと思ったのか理解に苦しむ。

僕が若干たじろいでいるのにも気付かず、二人はワアワアと泣いた。


「こんな私どもを雇って頂けるとは思わず、思い出したらまた涙が……」

「その上、諦めていた、お嬢様の結婚式にも……ううっ、私どもが参加できるように計らっていただけると、約束してくださいました、うっく……」


お金持ちの世界って本当に狭いものだ。まあ、リリアちゃんがパイプ役になってくれるのなら、例の孫娘さんにも会いやすいだろう。彼ら夫婦の問題は一件落着、気が済むまで泣かせておこう。

僕は一旦スイッチを切り替え、絶対に凛々しいであろう眼差しでリリアちゃんを見つめた。


「リリアさん、最後に一つだけ聞かせて下さい」

「な、なんでしょうか」

「貴女が本当に愛している男の名は、アレックスでもアルフレックスでもなく、アルフレッド、ではないですか?」

「!!」


リリアちゃんは平静さを失い、半ばパニックを起こしていた。


「ど、どうしてそれを」

「貴女の態度で分かりました、探偵……ですから」

「見抜かれてしまうなんて流石は名探偵ですね、シャーク先生の目は誤魔化せませんでした」


彼女は観念するように苦笑する。

簡単な推理だ。何故ならば、アレックスとアルフレッドが混ざってしまったと思われる、アルフレックスという呼び名は、リリアちゃんが本心ではアルフレッド君を求める気持ちに溢れていた。


「どうかこの事は内緒にして下さい、きっと私は叱られてしまいます」

「ええ、僕はおいそれと秘密を喋りませんから、安心して下さい」


彼女はようやく体の緊張を解いた。僕は真実を知りたいだけで、女の子を困らせはしないのだ!


「彼とは政略結婚か何かでしょう」

「はい、私の知らない間に父が決めました」

「本人の意思を確認せずに、ですか……」

「でも、いいんです、先ほど先生が仰ったように、私が愛しているのはただ一人、アルフレッドだから」


はにかんだ笑顔に胸を打たれる。金と権力によってその身を縛られようとも、彼女の心だけはどこまでも自由だった。やりきれない思いに体を震わせていると、偶然シドニーさんとトムが話す声が聞こえた。


「宝も見つからなかったし、もう駄目ね私達」

「ああ、ロープなら見つけたから、この後裏山に行こう」

「いい人生だったわ、あなた……」

「ありがとう、おまえ……」


リリアちゃんは怪訝な顔で眉を寄せ、僕に問う。


「お二人は何を話しているんですか?」

「実は……」


ゴニョゴニョと事情を話していると、丁度帰ってきたアレックスに思い切り睨まれた。さっきの恩を忘れるなよ、馬鹿。

僕から離れたリリアちゃんを、アレックスがすかさず腕に閉じ込めた。彼女は何にも気付いていないようで、自らを抱き締める男を見上げる。


「ねえ、あの二人は大道芸人なんでしょ、アルフレックスの誕生日パーティーで二人を紹介してあげたら?」

「エエッ、僕のですか……」


二人の会話を聞いて、トムたちの耳がピクリと動いた。

リリアちゃんがすかさず説明を始める。


「お金持ちがそれはもう沢山集まるんです、そこで余興をしたらパトロンが付くかもしれないでしょう」

「変な余興をやるようなパーティーじゃないんですけど……」


アレックスは二人の芸をボロクソに貶していただけあって、かなり渋い顔をしていた。


「ねえ、お願い、困ってるんだよ助けてあげて……お願いします、……ダメ?」

「うぐうっっ。まあ、僕の口添えで紹介するだけならいいでしょう」

「やった、ありがとう大好き!」


アレックスはリリアちゃんに抱き締められ、腑抜けた顔を晒した。完全に尻に敷かれている。この分なら政略結婚だとしても、リリアちゃんはアレックスと上手くやっていけるかもしれない。

トムとシドニーさんが立ち上がり、両側からアレックスを挟み込んだ。


「ありがとう、アルフレックス君!」

「一生感謝します、アルフレックスさん!」

「あー、はいはい、どう呼んでもいいから、僕を挟まず夫婦で抱き合っていて下さいね!」


彼はするりと身を翻し、二人の抱擁から逃れた。その後ろにひょっこりとオズワルドが顔を出す。


「なあ、お前たちはそんな贅沢が出来るほどの金持ちなのか?」

「贅沢って……、建前上それなりの金額を使いますが、別に湯水のように金銭を使ったりはしていません!」

「私の家だと出て行くお金も多いので、彼や友人とは違い普段の生活は質素倹約気味です」

「まあなんでもいい、俺の借金をどうにかしてくれ、友人に騙されたんだ」


友人という単語にショックを受け、リリアちゃんが固まった。相当の箱入り娘なのだろう、恐らく普段からお上品な人間に囲まれ、彼女は下心を持つ友人を知らない。


「それは……お気の毒でしたね」

「ああ、賭けに負けた分は賭けで取り戻せばいいと言われ、のめり込むうちにずるずると……」

「君は真面目に労働の務めを果たしなさいッッ!!」


アレックスの叫びが屋敷中に響き渡たり、誰もがそれに同意した。








こうして風見鶏の館での宝探しは、何の結果も出せないまま終わり。宝を持ち逃げした人物も分からぬまま、真実は闇に葬られた。怪盗からの予告状でもあれば面白かったのかも知れないけどね。


そういえば余談だけど、王都への帰路の途中、山でグレンにそっくりな記憶喪失のおじさんを保護した。目元、口元、鼻筋、体型、服装はグレンと全く同じだけれど、彼とは違って濃い髭も眉毛もなく、頭がツルツルに禿げているので確実に別人だ。


色々あって忘れていたグレンの失踪の件を思い出し、情報を集めるため館に引き返そうとしたところ、おじさんがガクガクと身震いを始め失禁してしまったので、戻るのは断念した。

眠りこけるワット君を指差し、「俺を追ってきた化け物だ!」なんて騒ぎ始めるくらいだったのだもの、(なだ)めるので手一杯だったよね。


結局、身寄りのない人を放っておくわけにもいかず、僕の事務所で秘書兼お留守番係として働いてもらっている。最近ではワット君に教わった読み書きが上達して、僕よりも字が上手くなってしまった。

本当は美人なお姉さんを雇いたかったけれど、男三人仲良くやっているので、まあ良しとする。女の子に振られた時は、僕のやけ酒に付き合ってくれるしね。


冬にまたエヴァグレーズ公爵領を訪れる予定だけど、今度はアレックスみたいな変人に推理を邪魔されないといいな……。







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パスワードは【0112】

先に開いちゃったら興醒めだから隔離。アカウント消したら小説ページに収納するかも。




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