太陽を見守る月の眦
≪さ〜て、こっからどうするかな…≫
ミーフェは途方に暮れていた。
何しろ、どうやって起きればいいのか分からないのである。
≪うーん、とりあえずも一回寝返り打ってみようかな≫
ミーフェは体に信号を送ってみた。
しかし、ちょっとやそっとでは動かない。そこでミーフェは強行作戦に出た。
≪よし、受け取れ自分の体よ!くらえ、今考えた奥義・必殺!えびぞり!!!≫
ミーフェはうつ伏せの体に渾身の力を込め、思い切り反り返った。
≪よっしゃああああぁぁぁ!上手くいった!これで起きれ―――≫
そこで、ミーフェの思考回路が止まった。
すんでのところで、ミーフェに新たな睡眠薬が投与されたのだ。
ミーフェはそのまま再び床に倒れこみ、意識を失った。
「…危なかった。もう少しだった―――」
ミーフェの顔を見ながら呟いたのは、ミーフェの実母だった。
傍には父も佇んでいる。顔は青ざめていた。
「何て生命力だ。しかしこれでは睡眠薬の過剰投与で死んでしまう。おい、何とかできないのか!?」
父の声に、母は頬を引きつらせる。
「…駄目よ。女王陛下が言ってたじゃないか。あの子はわたしらの物じゃない、女王陛下のものなんだって。だから無闇に手を加えちゃいけないんだよ」
「しかし……まあいい。これでミーフェが戻ってきてくれるなら…」
ミーフェの母が父の言葉の中で別の気持ちを読み取れたのは、自分もそう考えていたからだ。
小さい頃のミーフェは、父と母によく懐いた愛らしい、優しい少女だった。
「お母さん、見て。このお花綺麗ね!」
小さなミーフェ無邪気な声音に、若き頃の母は微笑んだ。
「そうね、じゃあお父さんにも見せてあげて。ほら、あそこの川の辺に居るわ」
母の視線の先には、川の辺の草原に寝そべった父がいた。
「お父さん、見て!このお花、とっても綺麗でしょ?」
「ああ、とっても綺麗だ。じゃあ花瓶に生けてあげよう。花が長生きするようにね。さあ、花瓶を取りに行こう」
ミーフェの差し出した花を受け取った父は、起き上がってミーフェの小さな手をとった。
「うん!お父さん優しいね。お母さんと同じだね!!いいなあ、私も優しくなりたいなぁ」
「簡単だよ、ミーフェ。優しくなりたければね、いつも笑顔でいればいいんだ。ずっと、ずーっと…皆が見ていないところでも、神様が見ているのだから」
父は低くて心地よい声でミーフェに語りかけた。ミーフェはきゃあきゃあ言って父の腕に掴まった。
「お父さんすごいね!お父さん大好き!」
「ふふ、私もだよ…ミーフェよ。大きく育っておくれ」
「うん!」
あの頃の記憶は、数年後の記憶の前とは思えないほど純粋なものだった。
「ミーフェ、よくお聞き。あんたの父さんは裏切ったよ。もう、戻ってくることは無い。諦めな」
「そんな…なんで?お母さん、何で諦めちゃうの?お母さんの旦那でしょう?どうして裏切ったのに追いかけないの?ねえ…」
ミーフェは年を重ねた母に縋り付いて泣いた。
それは、久しぶりに見たミーフェの泣き顔だった。
「あ、あんた。なんで泣いてるんだい。もういくら泣いたってあいつは帰ってこないよ。王宮に呼ばれたんだから・・」
ミーフェの父は、力仕事を募集した王宮内での仕事に採用され、家族を捨て一人遼に住み始めた。
母は引き止めることも無く、ただ黙って見送った。しかし、ミーフェは黙ってなんかいられなかった。
「お母さん、悪いのはお父さんじゃない。この国よ。この国の制度が悪いの。だって、収入が条件を満たさない者は出稼ぎに放り出されるなんて、間違ってる!」
「でも、父さんはもういない。今更ほざいたって仕方の無いことだ。もうやめなミーフェ。」
ミーフェはこの瞬間に、父から突き放されたのだと知った。
同時に、目の前にいる母だけは失いたくない、守り抜かなければと、使命に似た感情を抱いた。
そしてそのころからミーフェは武道に目覚めた。
体のうちに秘めていた強大な力を開花させ、たちまち騎士団から声がかかった。
しかし、ミーフェはその数々の誘いをすべて蹴散らし、自分の忠誠は母にあると度々宣言した。
「私は出て行った父の代わりなの。だから出て行けないわ」
これが、ミーフェの天命なのだと自分自身でそう強く感じていた。
だが、あるときある役人からの手紙に気づく。
母は便箋に書かれた文字を一通り読み終えると、ミーフェに何年ぶりかの微笑を向けた。
「ミーフェ、お父さん帰ってくるってよ。」
自分にとっては嬉しいのか悲しいのか分からないような口調で切り出した母に、何故かミーフェは腹が立った。
「そんな、なんで今更帰ってくるのよ!もうお母さんはあんな奴となんか別れたんでしょ!?そのために私頑張って剣術も槍術も弓術も磨いたのよ。なのに…なんで今更なの!」
ミーフェの破裂した癇癪玉を他所に、母は娘から目をそらした。
「だ、だったらもうここに居なくていいよ!あの王女の護衛仕事が舞い込んでたんだろ?だったら家を出てってさっさとお城に行っちまいな」
「え――――………」
それは、母から初めて言われた戒めの言葉であり、果てしない所へ母の心を置き去りにしていきたいと思った瞬間だった。
そして翌日から、ミーフェは王城へ独り向かい、住み込みで末の王女の護衛任務をこなして行く。
一人の娘としての父母に対する心を捨て、王女に対する異常なほどの愛情を生み出して。
現実の暗い世界へ戻った母は、静かに苦笑した。
「あの子はロケットペンダントに気づいているかね…」
今までのミーフェとの僅かな思い出を想い、静かに眠る娘の姿を遠目で見つめた父と母は、複雑な表情でその場を後にした。
今回は再びミーフェの親子話です。
そしてエリー出てきませんでしたね…すみません。
親子のなぞばっか作ってたらぜんぜん解く時間が裂けず、慌てて書いた次第です。
出来うる限りのスピード更新を目指しますので、引き続き皆様に読んでいただけると嬉しいです。