月が称える優しき微笑み
小さな、今にも止まりそうな呼吸をしたミーフェの胸元には、鈍く輝きを放つロケットペンダントが下げられていた。
しかし、その裏に彫られた文字のことを、ミーフェはまだ知らない。
「ミーフェ…何処にいるの」
エリーは走りつかれて息を弾ませながら、唇をぎゅっと噛み締めた。
いくら地下牢を駆け回ってもミーフェは見つからず、バースも苦悩の表情で黙り込んでいる。
本当にミーフェは此処に居るのだろか。
「…?」
エリーは、遠くから聞こえてくる足音を耳にした。足音はだんだん近づいている。
「…ミーフェ?」
バースも反応し、剣に手をかける。
「エリーさん、念のため下がってください。敵やもしれない」
やがて、足音が目の前で止まり、立ち止まったのは二人組みの男女だった。
エリーとバースの前の二人は、戸惑いながら先へ進もうと足を前に出した。
「待って。あなたたち、何故急いでいるの?地下住人なら、急ぐ理由もないはずよ。どこの役人?」
エリーは眉根をよせながら、密かに落胆した。遠くからやってくるのはミーフェだと思っていたからである。
一方の女が目を泳がせながら声を張り上げた。
「わ、私達はただの地下住人だよ、役人なんて嫌いだ。あんたらも役人だろう。さっさとそこをどきな!」
次の瞬間、隣で機会をまっていた男がエリーに飛び掛った。
「やっ…!―――バースさん、ありがとう…」
間一髪でバースが剣の塚で男の手を叩きのけ、足払いをかける。
「エリーさんに手を出す前に、まず私を相手にしていただきたい」
バースは静かに拳を握った。
そう、ミーフェがいない今、エリーを守るのはバースの役目であると分かっていた。
エリーを傷つけるのを許すことは、ミーフェへの裏切りに値すると思えた。
「動かないな。ではこちらから行かせてもらう!!」
バースは言うが早いか一気に駆け出し、男のわき腹に力を溜めこんだ拳を思い切り打ち付けた。
「う……!」
男はあまりの衝撃に失神した。
さらに駆け、足に精神を集中させたバースは、立ちすくむ女に足払いをかけようとした。
しかし、女はバースの押さえつけようとのばした手を叩いて、さっと後ろへ後退した。
「これでも夫よりは強いんだよ。舐めてもらっちゃ、困る!」
女は格闘技の姿勢でバースに立ち向かう。バースは息をつき、また踏み出した。
女の手を逃れるように大きく飛び上がると、女の後ろに着地し、素早く首に腕を回し、動けなくした。
「くっ…!あんた何者だい!?」
「お前の方から名を名乗れ!何故急ぐ?」
バースの強い声に逃れることができなくなった女は、言い逃れをした。
「私は我が娘をたった今看病してきたところなんだ。娘は恐ろしい病にとり付かれてる…早く洗脳してやらねば女王様に―――」
女はバースの表情を垣間見て言葉を切った。
バースは驚きを隠せずにいた。まさか、この女は―――
「お前は、ミーフェの母だな。ミーフェはこの奥にいるのか」
「え?この人が、ミーフェのお母さん…」
エリーはバースに捕らえられたミーフェの母と、その場で失神している男を見た。
よく見ると、二人とも帝国の王宮仕えの服を着ている。女は苦しそうに下唇を噛んだ。
「じゃあ、この人はミーフェのお父さんなのかしら?」
「そうみたいだ。だが、少々引っかかることがある。」
バースは空いている左手を懐に伸ばし、細いナイフを取り出して、ミーフェの母の首筋に突き立てた。
「あなたはミーフェをサラの元へ送り込むことにより娘との縁を断ち切ったはず。ならば何故、ここでミーフェを監禁している?」
「く……!」
ミーフェの母は悔やみがあるように俯いた。
そう、あの時ミーフェをわざとサラの元へと送り込んだのは自分だ。
けれど、ミーフェには言えなかった。言ったら、ミーフェが迷うだけだ。どうせ恨まれるのは自分なのだから、憎まれ役は買ってでも引き受けようと思った。
「あの時だよ。ミーフェの人生を狂わせまった瞬間はね…王宮から、手紙がきたんだよ。
私は、出て行った父からの手を差し伸べてくれる手紙だと思った。ミーフェだって、父のことを嫌っていたが、そう考えていたに違いない。
だけどね、現実はもっと残忍だった。内容は、父が死んだとのことだった。
私は、まだ年端もいかない娘にこの事実を伝えられなかった。だから、仕方なく追い出したんだよ。もうミーフェが私のことを、夫のことを忘れられるようにね………」
ミーフェの母の言葉からは、溢れるようなミーフェへの愛情と、亡き夫への悔いが感じられた。
「でも、父は…夫は、生きていたんだ。役立たずとして王宮から追い出された後に、奴隷としてまた私の元へ戻ってきたんだよ。それが、丁度ミーフェが帝国をでていった時なんだけどね」
エリーは目を見開いた。
「それで、こんな形で出会ってしまうことに…。でも、どうして女王の下であなたが働いているのです?おかしいですよね」
「こんなこと言っても信じてはくれないだろうが、少しでも帝国から姿を消したミーフェの居場所が知りたくて、女王陛下のもとで仕え、聞きだそうとしたのさ。だが、女王陛下はなかなか教えては下さらなかった。きっと知っていただろうに、教えてくれたときにはミーフェはあんたの専属騎士だったよ」
「そうだったんですか…」
「そして、その女王の命令で監禁していると言う訳か。それならば納得がいく。」
黙り込んでいたバースが結論を下した。
「ねえ、バースさん。私…見つけたわ」
エリーは何か閃いた様にバースを呼んだ。
「ねえ、このミーフェのお父さんとお母さんをヴィアナへ呼べばいいのよ。そうして、ミーフェとの誤解を解くの。そうしたらきっと、ミーフェはまた家族の温もりと触れ合えるわ」
「だが、二人は帝国に仕える者だぞ。仮にもヴィアナへ呼んだとして、ミーフェが受け入れるかどうかも分からない。」
「でもねバースさん。たった一つだけの家族なのよ。もう他に無いのよ。だったら、試して見る価値はあるわ。ねえ、ミーフェのお母さん、ヴィアナへ来ない?私が責任をもって、ミーフェとの仲を取り持ってあげる。」
エリーの提案に、ミーフェの母は目を丸くした。
「で、でも私はこっちの国の女王に仕えてるんだよ。今更裏切ったところで何がついてくる?ミーフェとの仲だって、戻るかどうかも分からないんだ…」
悲しそうに空笑いするミーフェの母の姿は、まるで昔の自分を見ているようだった。
「…じゃあ、試して見ればいいじゃない。」
エリーは、屈託のない笑顔でミーフェの母の手をとった。
「本当にミーフェが受け入れてくれるかどうか分からないけれど、出来る限り私が説得します。ねえお母様、心優しき者達が集うヴィアナへいらして、そして幸せに暮らしましょう。きっと、永遠の幸せが約束される…いえ、約束して見せるから。私が約束するから…」
「………。本当に?」
ミーフェの母の目には、溢れんばかりの涙が滲み出ていた。
そう、何度自分は、幸せを手に入れた自分を想像したことか―――
死んでも手に入らないと思っていた望みが、今、自分の選択肢の中にあるのだ。
しかしミーフェのことをろくに世話してもやれず悔やんでいた時、やっと手を差し伸べてくれたのはミーフェの主人であり、敵国の次期王妃。
ミーフェの母は、涙を頬に伝うのを感じながら、微笑んだ。
「…それはそれは、これ以上考えられないほどの幸せだけどね、それはミーフェのためにはならないと思う。ミーフェは前に進むべきだよ、後ろを振り返るような性格じゃない。これ以上私達は近づいてはいけないんだろうね、きっと。それが運命ってもんさ。」
「…どうして?」
エリーの問いに、ミーフェの母は素直に、心の中に浮かんだ言葉を並べた。
「私の今仕えてる主人はとんだ極悪人でね。その内私らが真相を暴いて復讐してやるんだ。その為には、ここに留まらなきゃならないんだ。
でも、ミーフェの主人であるあんたに約束する。私らは、あんたの肩を持つよ。今日きりで王宮も出て行くし、女王の顔なんか見たくないね。まあその内ヴィアナへいくからさ、出迎えしておくれよ。ミーフェも一緒に……」
「おかあ、さま…」
エリーは、そっとミーフェの母の手を離した。
ミーフェの母は、自由になった左手で服の隙間から牢屋の鍵を渡すと、バースに投げた。
「これは…!!」
バースが受け取った鍵には、銀で縁取りされた【ミーフェ】の名が刻印されていた。
「ミーフェの牢屋は真直ぐ行った先だよ。早く助けてあげておくれ。私は旦那を連れて行かなきゃならん所がある。さあ、早く!」
ミーフェの母が思い切りエリーとバースの背中を押した。
エリーは霞む目を擦って、最後に大きく手を振った。
「ありがとうお母様!きっとミーフェを助けますからね!」
「ありがとうね、絶対だよ!!」
ミーフェの母は力強い微笑を称えると、ミーフェの父を抱え、反対へ走り出した。
ミーフェの母に初対面したエリーは、ようやくミーフェに会おうとしていた。
何度も書き直していたら更新が遅れてしまい、すみません…。




