花を守りし光の行方
女王と客人は、その後すぐに玉座の間を後にし、別室へ移った。
「さあ聞かせて頂戴、アルデンヌ。あなたの任務の事」
女王・サラは、部屋のなかを二人きりにさせると、すぐさまアルデンヌに向き直った。
「ええ、今からお話します。憎き令嬢と、その傍で偽り続けた私の化身・セトという名の侍女の話を…」
アルデンヌは帽子を取り、かぶっていた艶やかな鬘を取り床に置いた。
鬘が取られ、そこには茶色の豊かな髪が露になる。
それこそが、エリーが頼りにしていた侍女の姿であった。
サラは声を潜め、アルデンヌから聞きだした。
エリーの素性や気質、その他ヴィアナ王国の政治の仕方などを。
「あの子はどういった子なの?」
サラの問いに、アルデンヌは優雅に微笑む。
「一言でいいますと、ただの人情にあつい馬鹿ですわ。今回だって、専属騎士が居なくなっただけで結婚式も投げ出してしまったのですよ。」
「そう…やはりミーフェには相応しくないと言うことね。分かったわ。早々に凶手を送るとしましょう。」
サラは事も簡単に、まるでこういわれることを予想していたかのように、ため息をついて言った。
「…ねえ、アルデンヌ?」
「はい、サラ様。」
アルデンヌが見つめる先で、サラはもたれていた顔を上げた。
「やはり、ミーフェが仕えるべき主は、この私にこそ相応しいと、そう思わない?」
サラの顔はアルデンヌのほうを向いていても、目にアルデンヌの姿はなかった。
その目には、エリーに対する異常なほどの憎しみと、ミーフェへのおぞましい愛情のみがあった。
アルデンヌは、微笑を絶やさず、ただはい、と言った。
休息を願い出てバルコニーへ出たアルデンヌは、華麗に咲き誇る花々の傍で立っていた。
「エリー…あの女程、馬鹿な者はおりませんわ。私に止められることも無く、そしてそれを不自然に思うことも無くまんまと此方へやってくるだなんて。本当に…」
そう呟いたアルデンヌの手の上には、冷たい泪が零れ落ちた。
「な…なんで泣いて…!」
アルデンヌは急いで目にスカーフを押し当てる。それでも止まらない泪にアルデンヌは座り込んだ。
ああ、そうか。私の体はちゃんと見極めている…
本当の、主の存在。その人が、自分のなかでどれだけの輝きを放っているのかということを。
「う…ご、御免なさい、エリー様…私は、あなたの傍に、居たかったと言うのに!もう…それも、ままならないなんて―――」
アルデンヌは、今だけ、この少しの間だけ偽りの仮面を外した。
生まれ故郷のこの国でさえ仮面を外さない彼女は、ただ只管進み続けるしか無かった。
それは、前に進んでいるのかどうかも分からない、暗闇の道だった。
だから、エリーと出会って、初めて自分の居場所がはっきりしたような気がした。
エリーの前では、仮面を付けられなかった。それは、あのリリアンも同じ。
――二人の前では、眩いほどの光に包まれていたから。
アルデンヌ…そして、セトも、その光にあたたかく包み込まれて、束の間の幸せを感じ取れたのだった。
「セトこそが、あの侍女の人生こそが私の真の姿なのかも知れないわ。もう、戻ることは出来ないけれど、楽しかった…」
少しの間だけ、味わうことが出来た幸せ。
アルデンヌは、一生忘れることは無いと心に誓った。
遠くでサラの話し声が聞こえる。
もう行かなくては…偽りの交差する世界へ。
アルデンヌは、また仮面を付ける。見えないけれど、頑丈な、心の仮面。
そしてそれは同時に、一生その仮面は外せないということを意味していた。
「美味しいわねこのお茶。やっぱり王室のお茶ですものね。一流だわ〜」
エリーはおかわりのお茶だけでゆうに五杯目を飲み干そうとしていた。
バースは相変わらずの熟睡ぶりで、エリーが使用人にお茶の産地などについて伺っている時も身動き一つ見せなかった。
使用人も護衛兵も大人しく窓を眺めている。エリーはこの瞬間を見逃さなかった。
「あの、護衛兵さん。私お茶を飲みすぎて…あの…」
エリーはもじもじしながら俯いた。
護衛兵はその意図を容易く汲み取り、立ち上がってエリーに呼びかけた。
「ああ、それなら此方ですよ。どうぞ。」
兵士は大人しいエリーに免じて案内を始めた。
「ここです。どうぞ」
「ありがとう、護衛兵さん。じゃあ、ここで待っていてくださる?一人じゃまた迷ってしまうから…」
エリーは廊下の端に兵士を待たせ、一人化粧室へ入室した。
「ふふふ、このときを待ってたのよ。さあ、ここからが計画の山場よ!がんばるわ」
エリーは力強く呟いて、化粧室の窓に手をかけた。
「ドサッッ!!」
「―――痛っあぁ!何よ此処!何で窓のすぐ下に石が敷いてある訳!?」
エリーは豪快な音と共に石畳の地面に落ち込んだ。
「もうやだ…酷いよ石ー…」
エリーは半いじけ気味に石を蹴飛ばし、急ぎ足で向こう側手の窓が連なる方へ回り込んだ。
「確かこっちだったわね」
そういってたどり着いたのは、さっきまでエリーが居座っていた部屋だった。
中ではバースが目覚め、エリーの指示を今か今かと待っている。
よし、今しかないわ。行くわよ…
エリーはまた裏側へ戻ると、ミーフェの小剣を取り出し、あの石に思い切り叩き付けた。
「ギギヴィヴィヴィヴィンン…」
鈍い音と共に、かすかな振動が体を巡る。きっとバースの部屋にも届いたに違いない。
「ミーフェ、あなたの剣今役に立ったわよ。石に復讐も出来たし、一石二鳥ってところね。まあ、剣としての機能は何一つ使ってないけど。」
エリーの言葉が終わるかおわらないかで、向こう側からバースの声が響いてきた。
「…じゃあ、迎えにいってきます。ええ、ご令嬢を見つけたらすぐに戻ってきますよ。では」
バースも巧く使用人を出し抜いたに違いない。エリーは満面の笑みで向こう側へ駆けた。
誰も居ない回廊で窓から飛び出したバースを見つけたエリーは、すぐに顔を綻ばせた。
「バースさん!凄いわ。これから女王様に会いに行きましょう!」
しかし、バースは首を横に振った。
「いや、ここの女王は今も面談の最中だろう。今向かっても会うことは出来まいと思う。とにかく今は、ミーフェを捜すんだ」
「でも、ミーフェは何処に居るの?分からないわ」
「大体の見当はついている。さぁ、見つからないうちに早く!」
「え、ええ…」
バースに手を引かれるままにエリーはミーフェの姿を目で捜し、二人は王宮内の中庭へと姿を消した。




