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17.北への招待

 ライラを迎え入れてのイチノセ素材店は、騒動があったのが嘘のように平和そのものだった。しかし自警団の巡回は増えたし、個人的な買い物でやって来る魔術師団の人間も今までと違って多少警戒はしている。


「王術院では、不死鳥についてローブと同じくらい重要なものとして学んでいます」


 そう教えてくれたのはもちろんライラだ。


「トリューシカが建国してからの歴史は長く、多くの政変もあったと聞きます。その中で失われた歴史も多く存在する中、唯一不死鳥だけがそのすべてを知り得るのだと」


 間違ってはいないが、世が荒れている時代は不死鳥も森に引きこもりがちになる。だがそれでも、人間に比べれば時代をずっと眺めてきた。


「だからこそ、不死鳥は人間が敬い、守るべき存在で――その加護を受けた人間も、同じくらい尊い存在なのだと、私たち魔術師は考えているのです」


 だから遠慮なく護衛されてくださいね、とライラが笑ってくれたのはものすごく心強かった。

 



 ライラがいる店の状況には数日で慣れたが、店へ通うこと自体については数日で慣れるようなものではなかった。というのも、店兼自宅であれば見られないからとないがしろにしてきた人間らしさを、研究棟ではより意識しなければならないからだ。

 朝食を食堂で摂らないだけならいくらでも誤魔化せた。人間の中にも朝を抜く人は多いからだ。だが夕食時にまで食堂に姿を現さないとなると私は一体いつ食事をしているのか、と疑問に思われるし、トリューシカ国内でも屈指の魔術師揃いのこの場所で文字通り羽を伸ばそうとしても、不死鳥であることがばれたらと思うとなかなかできない。


 嫌気がさすほどではないにしろ、気疲れはする。だがこうなったのも私が妙な連中に目を付けられるというヘマをおかしたせいもあるし、我慢するしかない。

 それに、悪いことばかりでもないのだ。

 朝早くから夜遅くまで開いている食堂には、時々魔術師の集団が一つの机を占領していて、開発した魔術具についてああでもないこうでもないと議論している様子を見ることができた。トリューシカが魔術国家と言われるのは、彼らのように日々新たな魔術の構築に熱心であるおかげだ。ほほえましくそれを眺めていると、わたしにその矛先が向くことがある。


 イチノセ素材店の店主であるわたしがここにいるというのは研究棟の人間には明らかにされていることだし、わたしも隠してはいないので声をかけられること自体は問題ない。彼らの興味はやはり素材のようで、新たな魔術具を組み立てる際に使う素材について、わたしに用意できそうか訪ねてくるのだ。

 譲ってもらえる素材と痛めつけなければ手に入らない素材、森を歩けば拾える素材とある中で、耐久性を考慮すると牙や爪、骨などが候補にあげられる。その中で可能なものと不可能ではないだろうが無理なもの、安定供給するには不相応なものを告げると、魔術師たちは大いに喜んだ。


 なんでも、魔術具を作るうえで一番困るのが素材の入手だかららしい。


 王都であるラッセルにはイチノセ素材店以外にも幻想生物の素材を取り扱う店はあるが、欲しいものが必ずあるというわけではない。その他にも大規模な商隊を抱え込んでもいるが、常日頃必要な素材を仕入れるのに精いっぱいで、個人の研究にまで回す素材はほとんど残っていないそうだ。

 だからわたしが研究棟にいる間に、こぞってほしいものをリクエストしようとしているようである。


 そういうやり取りをしているうちに、研究棟の生活には慣れなくても、研究棟にわたしがいることに周りが慣れていったのはきっと良いことなのだろう。たぶん。


 生活拠点を研究棟に移したことで、ゼーレにもよく会うようになった。

 ライラと順調に店の営業を終えて、研究棟に帰ってきてからしばらく経ってのことだった。せっかくだからちゃんと仕入計画も立てるようにしてみようと意気込んだのは良いものの、普段適当に使えそうなものを集めているだけのわたしには計画となるとなかなか難しかったのだ。少し気分転換しようと食堂にやってきて温かい飲み物を受け取り、そのまま食堂で仕入計画を再考し始めた時に、ゼーレもまた食堂へとやってきた。


「あ、ゼーレ様。お疲れ様です」

「……何をしているのだ?」

「仕入れの計画ですよ。ここの皆さんは欲しい素材がたくさんあるようで、全部かなえようとするとなかなか大変なんですよね」


 ノート代わりにしている紙の束には、要望のあった素材を書き連ねてある。その中にはゼーレからの依頼品ももちろんあった。とりあえず前金を貰っているゼーレの依頼品を優先しつつ、その時に一緒に集められる素材は集めてしまおうという魂胆だ。


「ああ、そういえば皆、素材に困らないで済むと喜んでいたな」

「喜んでいただけるようなら何よりです」


 食堂に来たのだからゼーレも食事をするかと思いきや、彼はわたしと同じく一杯の飲み物だけを受け取って、再び戻ってきた。わたし以外食堂の従業員以外だれもいないというのに、わざわざわたしの前に座るのだからどうにも気まずい。


「ゼーレ様、食事は?」

「夜はいつもこれだけだ、気にする必要はない」

「いや、気にしますよ……」


 主に目の前に座られたことが。

 ゼーレの興味はわたしの前に広げられている仕入れ計画にあるようだった。普段何も興味ありませんとでも言うような素っ気ない表情しか見せないくせに、素材のことといい、不死鳥のことといい、自分の興味のある事柄については驚くほど積極的な人だ。

 気にしていても仕方がない。わたしはマグカップに一つ口をつけてから、再び仕入計画を立て始めた。


 次の仕入れの一番の目的は、グランガチという幻想生物の鱗だ。


 グランガチは主にダマスクに多く見られる、精霊の一種だ。精霊といいつつも姿はワニのようで、鋭い牙と魚のような鱗を持っている。前足が頑丈そうな反面、後ろ足は小さく未発達だ。見た目だけ説明するととんでもなく危険そうだが、危険どころか平和を愛するくらい優しい幻想生物で、日中は日光浴すら楽しんでいるくらいである。

 そんなグランガチの棲家は沼地だ。ダマスクに多くみられるとは言ったが、多くみられるだけでトリューシカにも存在はする。ダマスクは砂漠の国だが、他国との国境に近付けば砂地より沼地や森林地帯も多くなるので、グランガチが多くみられる。一方でトリューシカは大半が森林や山岳で、西にだだっ広い平原があるという土地なので、沼地が少なくグランガチの棲家も少ない。それだけの差だ。


 グランガチの鱗を仕入れたことはないが、生え変わったり抜け落ちたりした鱗は沼地にいけば見つかるだろう。沼底に沈んでしまっている可能性もあるが、それならグランガチに頼んで拾ってもらえばいい。集めるのに数は少ないだろうが、困難というわけでもない素材だ。


 どの素材にしようかと悩んでいたが、ゼーレが少し驚いたように「北の森へ行くのか」とわたしの仕入れ計画を見て呟いたので、わたしは反射的に顔をあげた。


「ええ。グランガチの鱗は、ゼーレ様からの要望でしたよね?」

「ああ。だが、本当に手に入れることができるとは思わぬだろう?」

「じゃあなんで依頼してきたんですか」


 少し呆れて返すと、ゼーレは「どこまでなら要望が通るか気になった」としれっとのたまった。


 グランガチの棲家となっている沼地は、トリューシカでは北方にある。魔力の森ももちろんあるし、転移の魔術具に位置を登録してあるのでそれも問題ない。

 なのに仕入計画で悩んでいるのは、北の森はどの森よりも広いからだ。

 たいていの魔力の森は、迷わなければ人間の足で半日から一日もあれば抜けられる。だが北の森はその比ではない。広大な森は人の足で抜けるには十日はかかるし、それも南北の最短距離を行けばの話だ。北の森は東西に幅広い。南北の幅の数倍はある。


 人間の棲家が西方、南方、東方に集中している代わりに、幻想生物の棲家は北方に集中している。その理由が、この森だ。


 はるか昔、人間に不死鳥が手を貸して、人間の国が建国された時。当然それまで国中にいた幻想生物の中には、棲家を追われる者がいた。そんな幻想生物たちのために残されたのが、この北の森だ。いくつもある魔力の森と、北の大森林。そこは幻想生物の棲家としてずっと残されており、人間が立ち入って何か問題が起きても、それは幻想生物の棲家に足を踏み入れた人間の非であると判断される。


 今もなおそれが通用しているのかは人間ではないわたしにはわかりかねるが、少なくとも幻想生物の多くはいまだにそう信じており、わたしもそう思っている。故に北の森には人間に害をなす可能性のある幻想生物も多い。


 逆に言えば、わたしにとっては素材の宝庫であるということだ。


 平和的なグランガチはともかく、人間にとって危険な幻想生物でもわたしには関係ない。となればここぞとばかりに仕入れたいのだが、そうなると一日や二日で事足りるような広さでもない。だからある程度厳選して素材を集めないといけないのだが、これがなかなか難しい。


「北の森は人間には過ぎた幻想生物の棲家だと聞く。それでも、不死鳥の加護を持っていれば行けるのだな」

「……まぁ、そうですね」


 不死鳥の加護が随分と便利なものに思われていそうだが、あえて気にしないようにしよう。実際、不死鳥の加護は幻想生物側からしたら間違って襲わないように不死鳥の魔力を帯びることを言うのだから、あながち嘘でもない。


「それにしても……君は随分と、幻想生物に詳しいな。普通、グランガチの鱗が欲しいと言っても、その棲家までは分からないだろうに」

「まぁ、ありがたいことに魔力は有り余ってますから。これでもいろんな幻想生物に会ってきてるんですよ」

「羨ましい限りだ。魔力があったところで、素材を分けてもらうほど親しくなることはできないだろう」


 ゼーレの言葉は心からのものだった。


(ああ、彼は――幻想生物を、愛しているのね)


 それは尊敬とか畏怖とか、様々な言葉で表せるものなのだろう。だが彼は心底幻想生物を愛している。その中で、不死鳥がきっと特別なだけなのだ。

 ゼーレだけではない。ライラも、ほかの研究棟の魔術師たちも。みな幻想生物を愛している。例え危険な存在であっても、人間の国が出来上がってから何千年も経過した今もなお、彼らは幻想生物を大切にしてくれている。実際、わたしが彼らから頼まれた素材の中に、幻想生物を直接傷つけるようなものがないことに気付いた。目玉や心臓、血はそれこそどんな部位より強い魔力を帯びているというのに、彼らはそれを要求してきたことはない。


 それを知ってしまったからだろうか。少しだけ、人間であるゼーレに情が沸いたのは。


「だったら、今度北の森で一緒に素材集めしますか? わたしがいれば、ゼーレ様も一緒に幻想生物に会うことが出来ると思いますよ」

「……それは本当か?」

「はい。もちろんはぐれたら危険ですけど……そうならないように、気を付けていれば問題ないですから」


 子供のように目を輝かせるゼーレのような人間がいることを、ほかの幻想生物たちにも知ってもらいたいたかった。

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