願い事【4】
フェイが驚いて瞬きをすると、認識できた。クリスティーナの双剣の一方だった。からん、と音がしてナイフが地面に落ちたのを見るに、クリスティーナはフェイを守ってくれたらしい。
「あ、ありがとう」
「うん」
クリスティーナはいつもの怯え具合が嘘のように真剣な表情で両手に剣を構えていた。両手で、ではない。両手に、だ。第三班の最大戦力ローレンは片手剣を一本使用しているが、クリスティーナは双剣使いである。
「そこ、動かないで」
言われたとおりに動かない。完全に戦力外であるフェイが下手に動けば、邪魔になる。フェイはスマホを取り出して機密情報局に電話をかけた。
『はい、機密情報局』
「あ、ハリソン? フェイだけど」
『おう、どうした?』
相変わらず、電話に出るのはハリソンだ。他のメンツはめったに出ない。フェイもだけど。
「なんか、うちの前で襲われてさ……クリスとロデリックが応戦中なんだけど」
『ちょっと待て』
通話が保留モードになったかと思うと、すぐに『はーい』とハリソンから応答者が変わった。この声は。
「ローレン?」
『いかにも。今君たちを襲っているのはガーゴイルだ。生物ではない。後始末はこちらでするから、思いっきりかましておいでって二人に言っておいて』
そんなことを言えばクリスティーナがビビりそうだが、とりあえずフェイは「わかった」と答えた。
フェイはちらっとクリスティーナとロデリックを見る。クリスティーナはもちろん、ほぼ初心者のロデリックも全力で念動力を放っている。これは大丈夫そうだ。
「それはいいけど、これ、うちの家族大丈夫なの……」
『そうねぇ。想像の域を出ないけど、狙われているのはフェイじゃないかな』
「は? なんで?」
『理由はあとで。とにかく、無事に戻ってきたまえよ。では、健闘を祈る』
「なんであんたって時々言葉遣いが古臭いの」
フェイが言いきる前に通話が切れた。オペレートしてくれないらしい。しかし、通話が切れるとほぼ同時にロデリックが駆け寄ってきた。
「フェイ。大丈夫か」
「ええ。私にけがはないわ」
「一応、すべて排除したと思うが……クリスが」
「猛攻だったわね……」
ロデリックが情けない、とばかりに肩をすくめるが、こればかりは仕方がない。
「これ、どうするんだ? 片づければいいのか?」
「ローレンが後始末してくれるって。あたしたちは早急に戻るわよ」
心配するロデリックにそう答えながら、フェイはクリスティーナを確保しに行く。ロデリックが、「ローレン万能」とつぶやいているのが聞こえた、それには同感である。
「クリス、大丈夫?」
「あ、えと、ごめんなさい!」
思いっきり頭を下げてきたクリスティーナに、フェイは冷静に対処する。
「いや、何に対する謝罪かわからないけど、とにかく帰るわよ」
「は、はい」
戦い終われば元のクリスティーナに戻る。フェイは落ちていた鞘を拾い上げ、抜身の剣を握っているクリスティーナに渡した。というか、中身が入っていないのに鞘は妙に重かった。
フェイはクリスティーナに剣をしまわせると、背中をたたいてそのまま車に乗せた。ロデリックも乗りこんでくる。
「さて、帰るわよ」
「あれ、本当に大丈夫なのか……」
ロデリックが自分たちが始末したガーゴイルを気にする。
「ローレンが大丈夫っていうんだから、大丈夫なんでしょ」
腹の立つ娘だが、そのあたりは信用できる。フェイは車を運転し、地下駐車場に車を止めると、そのまま事務所に向かった。すでに日が暮れているが、果たして他四人は全員残っていた。
「おう。お帰り」
「みんな無事だな」
オスカーとハリソンがほっとしたように言った。ローレンとアサギは相変わらずモニターを見ている。通常営業すぎる。
「戻ってきたわよ。ガーゴイルはそのままにしてきたんだけど」
「大丈夫。今、片づけ終わったって連絡が来たわ」
「仕事が早いわね……」
インカムをつけていたローレンがそれをとると、立ち上がって机に腰を乗せるように寄りかかった。
「君たちが出ている間に、ちょっと調べさせてもらったわ。いわゆる学校裏サイトを見てたんだけど」
「ローレン、学校に通ってたっけ?」
ロデリックが思わずという風にツッコミを入れたが、ローレンはこともなげに「博士課程まで修めてるわよ」と答えた。しかし、実際には学校に通っていない。
まあ、それはともかく。
「前にフェイと一緒にカレンちゃんの学校に行ったときに、生徒の子たちに教えてもらったのよ」
「ああ……楽しそうにしてたのはそれなのね」
フェイはローレンと学校に行ったとき、ローレンが楽しげに生徒たちと話していたのを思い出した。その時に教えてもらったのか。
「あんたのコミュニケーション能力、一体どうなってるの。クリスに分けてあげなさいよ」
「いや、私はただの詐欺師だから」
と、ローレン。相変わらず自称詐欺師を続けているらしい。
「とりあえず、話し戻していい? このサイトのあるリンクに入ると、怪しげなサイトに飛ぶんだけど」
「え、実際には行っても大丈夫なの」
ローレンが持ち運び用の端末で、学校裏サイトからリンク先に飛ぼうとする。フェイはあわててその手首をつかんだ。
「大丈夫。私相手にサイバー攻撃が通じると思ってんの」
「……すごい自信ね……」
フェイは苦笑いを浮かべてローレンの手首を離した。ローレンはためらわずにリンク先のサイトに飛んだ。そして、その画面をフェイたちに見せる。
「ほら。新興宗教の勧誘サイトに飛ぶのよね」
「……まあ、よくあるやつよね」
「学校ってのは、閉鎖空間だからな」
フェイとオスカーが納得したようにうなずいたが、古参メンバーであるハリソン、ローレン、アサギはピンとこないようだ。いや、アサギはそもそもこの話し合いに参加していないけど。
「でも、まあ、それはどうでもいいのよ。ほら、これ」
ローレンが示したのは一つの書き込みだ。どうやら、まじないの一種のようだが。
「その前後の書き込みを見る限り、この書き込みに呼応した人間がいなくなっているようね」
その一文は何気ない言葉で、宗教の勧誘や、集会の誘いではない。どちらかというと、まるで占いのような、そう言う一文だ。
『三番街の裏通り。小さな花屋で好きな花の苗を買う。それを、五番街にある教会の庭の、好きな番号の場所に植える。そうすると、自分の願い事が一つかなう』
「……ざっくりし過ぎじゃないか」
声に出して読んだローレンに、ロデリックが突っ込みを入れた。
「ざっくりしてるから、みんなやっちゃうんじゃないの。そんなに難しくないし、花を植えるだけなら慈善活動みたいなものだしね」
よくわかんないけど、というローレンの最後の言葉が余計である。ただ、罪悪感がない、というのが大きいだろう。だって、花植えるだけだし。
「ま、それでも普通はやらないよね。怪しいし、こんなの、かなうわけがないって思うわよね」
「……何が言いたいの」
フェイが眉をひそめる。自分の妹が関わっているので、必死だ。ローレンは軽く端末をふりながら言った。
「つまり、口コミよ。この方法、口コミで広まったのね」
そう言って彼女は別の端末で、別のサイトを表示したものをこちらに投げた。フェイが受け取り、その端末を覗き込んだ。
「……これ、いわゆる共有サイトってやつよね」
「そう。最近はやりのやつね。特に、中高生の利用が多いことで有名だわ。ここで広まって、同じようにサイトにアップする子がいるのね。どんどん増えるでしょうね」
にやっと笑ったローレンに、オスカーが尋ねた。
「ローレン、これ、情報をアップした人間を特定できないのか?」
尋ねると、ローレンは逆に驚いたように言った。
「できるに決まってるでしょ。今、アサギが解析中」
先ほどからアサギが参加していないのはそのせいか。いや、そうでなくても参加しなかったと思うけど。
「ローレン。解析終わった」
「お疲れ様~」
タイミングよく、アサギがそう声をかけてきた。ローレンが彼を手招きする。彼は立ち上がって端末をこちらに提示してきた。
「これがログ。最初に口コミ情報を提示したのは、このアリシア・スミスっていう自称・十七歳のハイスクール生徒。彼女のお願いが、好きな人と両思いになれますように、っていうやつで、そこから恋のまじないとして広まったみたいだね」
アサギが簡潔に説明した。彼は、「それから」とさらに続ける。
「この宗教団体だけど、協賛団体がちょっと怪しいね。フェイが狙われたのは、そちらの関係かもしれない」
「……どういうこと?」
「この協賛団体、とある病院に多額投資してるんだ。その病院がまた怪しいんだけど……。まあ、とにかく、その病院でフェイを働かせたいんじゃないかな。一年前のこともあるし、研究的医学に関して、フェイは強いでしょ」
「……否定はしないけど……」
フェイはいまいち納得できなかったが、アサギの言葉にうなずいた。世の中、知らなくてもいいことだってあるのだ。
「とにかく、一番簡単に真相を確かめる方法は」
ローレンの笑顔に、嫌な予感しかしない。
「実際にやってみることよね」
ほら、やっぱり。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
フェイとローレンは動かしやすい。




