思いを込めて【4】
最重要犯罪者牢が狙われているとわかった瞬間、ローレンは自分のスマホを出して電話をかけ始めた。
「あ、もしもしフランク?」
どうやら上司に連絡を入れたらしい。ローレンは片手だけでとりあえずのファイアーウォールを作り上げる。アサギはその機能がちゃんと動いていることを念のため確認した。
「うん、うん。そう、最重要犯罪者牢を確認してほしいの。フランクが出て行く必要もあるかも」
上司を動かそうとしているローレンである。アサギはローレンが作ったセキュリティーシステムを強化していく。
「ねえ。ちょっと独立端末貸してくれない?」
つまり、ここのシステムの何ともつながっていないPCと言うことだろう。何をする気かと思えば、彼女はハッキングを始めた。最重要犯罪者牢の警備システムに介入したのである。システムを構築することよりも、こちらの方が彼女は得意だろう。
「駄目ね。システムが書き換えられてる」
まさにサイレントハッキングである。いや、自分で言っていて訳が分からないが、静かに乗っ取られていた、とでも言えばいいのだろうか。確かに、アサギとローレンの前任者ダレル・スコットニーが得意とした方法である。
「……甘かったわ。私、知っていたはずなのに。彼が主犯だとわかった時に気付くべきだった……」
ローレンが次々と監視カメラの映像を切り替える。独房には誰も残っていなかった。ローレンははあ、とため息をつく。
「脱獄者狩りかぁ」
「その前に、情報隠ぺいだろ」
アサギが冷静につっこむ。ローレンはそうねぇ、と気のない返事。
「これだけの規模よ。脱獄は隠せないわ。そもそも、ダレルがすでに、情報をリークしているでしょう。後から誤報だと言っても、誰も信じないわ」
「つまり……僕たちは速やかに事態を収拾する必要があるってことか」
「そう言うこと。……あー」
ローレンがモニターを見て声をあげた。空の独房が映っている。
「父さんもいないわ」
「……」
ローレン父は最重要犯罪者牢に入れられていた。ダレルの手引きで脱獄したのだろう。
「まあ、それは後だ。今はシステムの復旧が先。流れたデータも確認。他の刑務所も確認しておけ」
「了解です」
室長の命令で技術者たちが動き出す。その室長は、自分の手元にあるモニターを見て「ん?」と声を上げる。
「おい。外の映像出せ」
「はーい」
技術者の女性が返事をして、外の廊下の映像を出した。そして悲鳴が上がる。
「ぎゃーっ! 地下の留置所も解放されてるぅ!」
「銃持ってるわね。刑務官、伸されたのかしら」
悲鳴を上げる技術者たちに対して、ローレンは冷静である。アサギも冷静に人数を数えた。
「七人かな。全員銃持ってるけど、ローレン行ける?」
「行ける~。アサギたちはシステムの点検をお願いね」
ローレンがにっこり笑って言った。すごい自信である。留置所に入れられていた容疑者たちは、すぐそこまで来ている。制御室を乗っ取れとでも言われているのだろうか。ドアの前で「開けてー」などと言っている。たぶん、彼女にはこっちの方が向いているのではないだろうか。
室長が無言でドアシャッターを開けた。その瞬間、人がたてる音とは思えない音が聞こえてきたが、みんなスルーする。
「システム、復旧しまーす」
間延びした声がして、システムが復旧した。まだやることはあるが、ひとまずの応急処置は完了した感じだ。
「こっちもいいよ」
ローレンがひょこっと顔を出した。アサギが振り返ると、ちょうどローレンが自分を背後から襲おうとした男に肘鉄を食らわせることろだった。こういうのを見ていると、アサギは自分が戦闘術を学ぼうと言う気をなくしていくのである。
「派手にやったものだなぁ」
「一人で七人をやるんですから、これくらいは」
珍しくローレンが敬語を使うので誰かと思えば、機密情報局長のオーガスタス・ウィンザーのお出ましだ。さすがに機密情報局本部、関係支局を巻き込んだ騒ぎだったので、様子を見に来たらしい。だが、このタイミングで入ってくるのを見ると、ローレンが拘留中の容疑者を倒すのを待っていたのだと思われた。
「さて。状況はどうかな」
中央制御室の中に入ってきた局長はそう尋ねた。微笑んでいた。強い。
△
「それで、結局大丈夫なの?」
「全然大丈夫じゃないよね」
何とかアサギが第三班の研究室に戻ってきたのは翌朝のことだった。徹夜だった。眠い。
「最重要犯罪者が脱走。約半数が捕まったけど、ローレン父を含めてホントに凶悪な人たちは未だ逃走中だよ」
アサギはフェイの問いに答えて、さらに付け足す。
「ローレンも連れて行かれたし」
「あいつに父親の行方なんて聞いたって無駄なのにな」
ハリソンが新聞を読みながら言った。絶対に文章、頭に入ってきてないけど。
「システムの方はいいのか? ハッキングされたって聞いたけど」
今度はロデリックである。アサギはうん、とうなずいた。
「そっちは大丈夫。うちの技術者は優秀だからね」
正確には、ローレンが組み上げた骨格に肉付けしているだけだが。情報漏洩は否定できないし、ローレンの予言通り脱獄騒動はリークされていた。警察も軍も機密情報局もフル稼働であるが、第三班はローレンの取り調べが終わるまで動けない。
「……その最重要犯ってのは、何人逃げたんだ?」
「リストならあるけど」
アサギは問いかけてきたロデリックの方に端末を滑らせる。まだ捕まっていないのは、総勢十二人。ちなみに、カモフラージュの為か普通の刑務所も解放されていたが、そちらはほどなく全員が再収容されている。覗き込んだオスカーは三つの名前をたたいた。
「問題はこの三人だな」
先ほどのハッキングの首謀者、ダレル・スコットニー。大量殺人鬼のローレン父、ヘンリー・クロックフォード。そして。
「……この名前」
アサギはつぶやいたクリスティーヌをちらっと見た。三人目は、彼女の家族を皆殺しにした殺人鬼、ヴィクター・ライランズである。
「ただいまぁ」
空気を読まずにローレンが帰ってきた。彼女は部屋に入って空気を察しただろうに、あえて空気を読まずに言った。
「私は後方支援に回ることになった。主力はクリスだって」
「……ええっ」
クリスティーナが声を上げる。ローレンがそちらを見ると、クリスティーナがびくっとしたのがわかった。
「……私が行くと、父の逃亡を助けるんだってさ」
「おめーそれ、そろそろ認識改めさせた方がいいんじゃねーの」
と言いつつ、ハリソンもあきらめ気味だ。ローレンは「局長は私も行かせるべきだって言ったんだけどねぇ」と椅子に座る。
「あんたが動けないとか、戦力半減どころの話じゃないわよ」
「逃走犯は見つけ次第殺してでも止めろって言われてるのにね」
アサギは危険な会話をしているフェイとローレンを見た。そして、その眼を細める。
「……もしかしたら。もしかしたら、この件が解決するころには、誰かがいなくなっているかもしれない。だから」
気を付けて、と言える立場にはアサギはない。彼は完全な後方支援で、この状況に打つ手はないのだ。そして、不完全ながらも未来予知の力を持つアサギの言葉だから、自然、空気も重くなる。
「……まあ、ローレンを抜かしたメンバーで動けってことなんだろ。さすがに、私たちだけでやるってことはないから……」
「ほかの班と協力することになるな。フランクとシャーリーはまだまだアスクウィス島か?」
アスクウィス島は最重要刑務所のある孤島の名前である。フランクとシャーリーはそちらに向かったとのことだった。戻ってくるまでにしばらくかかるだろう。彼らが戻ってくるまでの間に、ひと波乱ありそうな予感だ。アサギ的に危ないと思うのは、クリスティーナとローレンだ。宿命として、この二人はオスカーに危険と言わしめた二人の相手をするだろう。
ローレンがいないと言うことは、アサギがダレルと電脳戦を行うことになるが、これは画面越しなので問題ない。
気が重い。いつかこのようなことはあるだろうと予見していたが、自分は何もできないという状況は非常につらいものがあった。
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