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優しい思い出【4】









 救助活動はそこそこはかどっていた。フェイも医療班の一部を率いて怪我人の治療を行っている。完全に隔離されているアサギとローレン以外の第三班は同じ場所に集合していた。


『あー、こちらアサギ。ファイアーウォール、突破できたよ』


 アサギから連絡が入った。だから、どこのファイアーウォールを突破したのだ。


『テロリストの現在地と本拠地、計画書を入手。一部データを送信しますので、手のすいている方、よろしくお願いします』


 アサギが落ち着いた声で言った。アナウンスなので、現場にいる全員に聞こえたはずだ。フランクも自分の端末を確認している。構成員名簿はなかったのだろか、とハリソンはぼんやり思った。被害者たちの心の声を聞きすぎてちょっと疲れた。


「すいません! ハリソンさん!」


 名を呼ばれて振り返ったハリソンの眼に入ったのは、銀色だった。クリスティーナだ。ずっとおとなしくしていた彼女がハリソンに声をかけた局員の腕をつかんでいた。

「クリス?」

「……なんですか、これ」

 クリスティーナが局員の腕をひねりあげる。その手からぽとりとナイフが落ちた。その局員は、ハリソンを襲おうとしたらしい。クリスティーナは助けてくれたのだ。

 スカート姿の彼女は、スカートの裾を翻し彼女はその局員を地面にねじ伏せた。それを見学していたフランクがオスカーを振り返った。

「オスカー、局員か?」

「いや、違うな」

 オスカーが言うのなら、そうなのだろう。彼は機密情報局の局員全員を頭に入れているはずだ。そう言う能力があるからできることであるが、こうして工作員などが紛れ込んでいた時に素早く対処するためだ。

「と言うことだ。クリス」

「はい」

 クリスティーナはねじ伏せた局員に化けた工作員の肘を破壊した。これをかわいらしい小柄な少女にやられると結構恐怖である。工作員は悲鳴を上げて失神した。


「え、何? ちょっと目を放してる隙に何があったの」


 ロデリックが現状を見て言った。彼はシャーリーと共に純粋に救出活動をしていたのである。

「いや、ちょっとな」

 ハリソンが適当にはぐらかす。フランクはロデリックとハリソンを見比べて言った。

「ハリソン、まだ大丈夫だな?」

「……まあ」

 大丈夫かと言われれば大丈夫である。一応、ハリソンだって引き際をわきまえている。まだ大丈夫だ。

「じゃあハリソンはロデリックと一緒にもう少し救出活動してろ。軍も到着したし、そんなにかからんだろう。クリスはハリソン護ってろ」

「わかりました」

 クリスティーナが真剣な表情でうなずいた。たいていハリソンの護衛はローレンなのだが、クリスティーナが護衛につくのは変な気分だ。というか、ハリソンもそこまで弱いつもりはないのだが。まあ、クリスティーナを十とするなら、ハリソンの戦闘力は五くらいだ。ちなみに、ローレンは十一、フランクは十三くらいだろうか。あの二人の戦闘力は、どう考えても人間の域を逸脱している。

「オスカー、俺たちは局員に化けているテロリストどもを探しに行くぞ」

「了解だ」

 どう考えても人間に域を逸脱している一人は、そんなことを言ってオスカーを連れて行った。工作員たちはご愁傷様である。


 軍と協力しつつ、順調に救出活動をしていたハリソンたちであるが、さすがに太陽も低くなってきて、救出活動が難しくなってきた。そして、テレパシーを使い続けたハリソンもそろそろ限界である。

「お疲れ」

 そう言ってコーヒーを差し出してきたのはアサギだった。瓦礫に腰かけたハリソンは礼を言って受け取る。

「すまん。ありがとう」

「どういたしまして」

 アサギは同じようにクリスティーナにもマグカップを渡す。甘い匂いからして、そちらはココアだろう。ここは本部テントの近くだ。

「さすがにもう限界?」

「さすがにな」

 精神的に来るものだ。精神感応能力だから、当然だが。

「まだ人、いそう?」

「いるだろうな」

 まだかすかに声が聞こえる気がする。普段している制限装置をつければ、まったく聞こえなくなるが。

「クリスもお疲れ様」

「うん」

 クリスティーナは、年下のアサギには若干心を開いている気がする。敬語じゃないし。ちなみに、クリスティーナは護衛として活躍しただけではなく、がれき撤去にも力を貸してくれた。見た目に似合わぬ膂力なのである。彼女は。


「そういや、ローレンは?」

「今度はシステム構築中。テロリストの本拠地は制圧したよ。サイバーテロで」


 テロにテロでやり返したとか。ローレンらしいと言えばらしいか。基本的に、何をやらせてもそつなくこなす女である。

「僕もこれから、この辺りの建物の再建計画を立てないと。今夜は帰れないと思う。僕も、ローレンも」

「わかった。あんまり気を張りすぎるなよ」

「ハリソンもね」

 アサギは大人びた様子で微笑んだ。いい子だ、アサギは。気づいているのに踏み込んでこない。ちなみにクリスティーナは首をかしげていて、こちらも演技なのかどうなのか、よくわからない。

「アサギ、ちょっといいか!」

「はーい」

 アサギは返事をすると、「じゃあね」と手を振って呼ばれた方に駆け寄って行った。


「おーい、ハリソン、クリス」


 今度はロデリックだ。駆け寄ってきた彼は二人に向かって言った。

「俺たち、もういいってさ。帰って明日また出て来いって」

「そうか」

 たぶん、ハリソンがそろそろ限界であることが関わっているのだろう。休んでまた明日協力しろと言うことか。同時にクリスティーナとロデリックを解放するのは、この二人が一緒だとハリソンが確実に帰るから。

「じゃあ帰るか」

 ハリソンが言うと、クリスティーナがこくこくうなずいた。彼女はローレン、アサギと違って可愛げがあってよい。


 いまだ解放されないオスカー、フェイ、ローレン、アサギはひとまず忘れることにして、残りの三人はそれぞれ寮と官舎に帰宅する。いつも三人でいる部屋は真っ暗で、一人だと三人分の広さがどこか寂しい……。

「あら、お帰りなさい」

「……エレオノーラ」

 そう言えば、すっかり忘れていたが、エレオノーラが留守番していたのだった。昼間のハリソンの誕生日パーティーの残骸は彼女が片づけてくれたらしい。いわく、「暇だったの」とのこと。

「テレビでもニュースをしていたけど、結構大きなテロだったみたいね」

「……まあ、それなりに?」

 実は、ハリソンはそれがどれくらいの規模のものだったのかわかっていない。ひたすら被害者の声を聞いていただけだ。

「とりあえず、お疲れ様。今日泊まっていっていいかしら?」

「や、それはまずいだろう。待っててくれ、車を出す」

 めったに使わないが、一応、車を所有しているハリソンだ。アサギはまだ免許を取れる年ではないし、ローレンもめったに乗らないのでほぼ飾りだが。


 フランクの嫁をそのまま泊める気にはならず、ハリソンは彼女を自宅まで送った。幸い、そんなに遠くない。だから、彼女も歩いてきたのだし。ローレンがいたのなら泊めてもよかったのだが、さすがにハリソンとエレオノーラの二人きりと言うのはまずかろうと思ったのだ。

 帰ってから私用のスマホを確認すると、父からメールが入っていた。ひと月に一度以上届く、家族の近況だ。


 ハリソンの家族は、首都にはいない。別の州にいる。クリスティーナやローレンも、別の州の出身だ。他四人は首都、もしくは首都近郊の出身だったと思うが。

 話を戻して、家族の近況だ。三人いる弟妹達は元気にしているらしい。一番下の妹が、秋から無事に中等教育に上がるとのこと。順調で何より。


 最後に、長期療養中の母の容体が書かれていた。あまり変わりなしとのこと。医師によると、よくはなってきているらしい。


 この母こそが、ハリソンが機密情報局に保護されるきっかけとなった。十歳のハリソンは、母と喧嘩をして、その強力な精神感応魔法によって精神を破壊してしまったのである。

 これにより、母は療養を余儀なくされたし、ハリソンは首都の機密情報局に連れてこられ、当時二十六歳のフランクに預けられた。当時はぶずっとした手のかかる子供だっただろう。フランクはよく相手をしてくれたものだと思う。

 母を攻撃してしまった、という事実は、幼いハリソンの心を大いに傷つけた。当然だ。大好きな人を、些細なことで再起不能にしてしまったのだ。あれから、ハリソンは母と接触を絶っている。

 父はハリソンのせいではないといって抱きしめてくれたが、ハリソンは自分のせいだと思っている。だから、こうして報告を聞くだけ。聞くだけなのだ。

 さみしいと思う。会いたいとも思う。だが、会ったときになんと言えばいいのだろうか、とも思う。


「……早く」


 ベッドに倒れ込み、ハリソンは口を開きかけてすぐに閉じた。


 早く、あいつら(ローレンとアサギ)が帰ってこないかな。


 あの二人といると、寂しい気持ちも少し、緩む気がした。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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