大切なもの【4】
言われたとおりハッキングを仕掛けていたローレンは、仲間たちが動き出したことを察した。ハッキングと言っても本気ではなく、難しげな画面を見せて何をしているかわからないようにしている。ついでにモニターの向きを少し変えて、外に光が漏れるようにした。
とにかく時間を稼ごうと別の情報をハッキングしたりして、某会社の不正を見つけたりなんかもしたが、無視しておく。こちらもハッキングしているので、ノーカウントだろう。
ブラインド越しだが、外で誰かが動いた気がした。ほぼ同時にオフにされていた防犯カメラが撮影をはじめ、ローレンが使っているPCにアサギから『準備完了』のメッセージが入ってきた。
「ねえ。まだかしら」
ブリジットのじれた声がかかった瞬間、ローレンは立ち上がった。
「やっぱりやめてもいい?」
「あなた、自分の立場をわかってるの? 大事なお兄さんがどうなっても……」
ブリジットがケイシーを示す。ローレンは眉を吊り上げた。
「そっちこそ、わかってるのかしら? 私は機密情報局の局員。私が消えれば大捜索が行われるわ。私は監視対象の一人なんですからね」
事実だ。基本的に、機密情報局に保護された者たちは監視対象となる。それに。
「それに、別にあなたの言うことを聞かなくても、兄さんを取り返すことは難しくないもの」
ローレンは言い終わるか終らないかと言う瞬間、座っていた椅子を近くにいた男たちに投げた。男たちは総勢五人。最終兵器、などとも言われるローレンにとって制圧は難しくない人数ではある。人質がいなければ。
「ちょっとお嬢ちゃん。こっちには人質がいることを忘れないでよね!」
ブリジットの勝ち誇った声に振り向けば、男の一人がケイシーに銃口を向けていた。ケイシーは平然としているけど。
「さあ! 早く作業に戻りなさい……!?」
ブリジットの背後でガラスが割れた。狙撃だ。その狙撃は、先ほどまでローレンが使っていたPC本体を貫いた。もちろん、ハリソンだろう。
「何!?」
ブリジットが叫んでいる間にローレンはケイシーに銃を向けている男に襲いかかった。彼がこちらに向けて引き金を引くが、その直前、ローレンはその腕を上に持ち上げて銃口を天井に向けた。銃弾は天井の蛍光灯を割った。腕をつかんだまま鳩尾に膝蹴り、さらに首に手刀を叩き込む。
「撃ち殺しなさい!」
ブリジットの命令で放たれた弾丸が向かったのはケイシーの方だ。しかし、彼にあたる前に不自然に停止した。そのまま銃弾は床に落ちる。これはロデリックのサイコキネシスと思われた。
こうしたフォローがあるのなら戦いやすい。いや、戦っていると言うか、ローレンが一方的に伸しているだけだけど。武器を持った男の最後の一人をのしたところで、ローレンはブリジットの方を見た。彼女は「ひっ」と悲鳴を上げる。
「調べが甘いわよ。私、確かにハッカーではあるけど、同時に戦闘員でもあるんだからね」
ローレンの能力的には戦闘員と言った方がいいのかもしれない。まあ、今も使わなかったけど。能力を使わずにこれだから、ローレンは『化け物』と呼ばれたりする。
「おう。遅かったか。ごくろーさん」
「オスカー、絶対タイミング計ってたでしょ」
ためらいなくドアを開けて入ってきたのはオスカーとクリスティーナである。クリスティーナは相変わらずローレンを怖がっており、オスカーの後ろに隠れていた。いや、初対面でやり過ぎたのだ。ローレンも若かったのである。
すべて片付いてから入ってきたオスカーは、タイミングを計っていたとしか思えない。いや、正確にはまだ片付いておらず、ブリジットが残っているが、彼女は数に入れなくていいだろう。
「一応、他の部屋も見て回ってたのー。フォローがあれば、お前が遅れをとるわけないしな」
にやっと笑うオスカーに、ローレンは眉を吊り上げた。これは信頼……と思っていいのだろうか。
「ケイシーさん、無事で何より」
「まあ、ローレンが一緒だったからね。妹がお世話になっているね、オスカー」
先ほどまで妹がマフィア張りの乱闘をしていたと言うのに、けろっとした……というか、柔らかな笑みを浮かべたケイシーはオスカーにそう挨拶をした。ローレンに比べればはるかに常識的だが、こういうところが『ローレンの兄だ』と言われるゆえんである。
「助けに来てくれてありがとう……と、言うべきなのかな」
「ま、いらなかった気もしますけど」
「そんなことはないよ。ローレンも、君たちがいるから安心して戦えるんだし。ねえ?」
「ん? そぉねぇ」
ケイシーに同意を求められ、ローレンはとりあえずうなずく。ケイシーはくすくすと笑った。
「しかし、ローレンを脅そうなんて、無駄なことをするよね」
「兄さんを人質にとるってのは、いい線行ってたと思うけど」
「まあ、普通はね。でも、君はそれくらいで止まらないでしょ」
「必要とあればね」
「私も、君の足手まといになるくらいなら潔く散れるよ」
「そんなこと言うから兄さん、『ローレンの兄だね』って言われるのよ」
やっぱりケイシーもローレンの兄だった。言っていることが潔いを通り越しておかしい。
「ちょっとそこの頭のおかしいご兄妹。クリスが怯えてるからそれくらいに」
オスカーの後ろで、クリスティーナがこちらをうかがうように見ていた。さすがにローレンは口を閉じる。
ちなみに、この件は動いたのは機密情報局であるが、どちらかと言うと警察の管轄になる。ローレンは警察と共にやってきたフランクにぶん殴られた。
「いった! 痛い!」
「痛くしてんだから当たり前だ!」
めちゃくちゃ怒られた。ローレンは唇をとがらせて頭をさすった。
「ったく、心配したぞ」
「私の心配をするなんて、フランクも酔狂だよね」
そう言ったらまた殴られた。
「それで、今どうなってんの? 私、普通にハッキングしちゃったんだけど」
「お前にとっては通常営業だもんな。そのあたりは警察にうまく説明しておく」
「ありがとうございます」
一応礼を言うと、ローレンは警察に事情聴収を受け、それから兄のケイシーの元へ向かった。同じフロアの別の部屋にいたケイシーは、フェイと一緒だった。
「ローレン、事情聴収は終わった?」
「まあね。根掘り葉掘り聞かれたわ」
「ローレンなら簡潔に話して、すぐに解放されたでしょ」
「当然ね」
ローレンは笑ってはぐらかしたが、彼女はフェイの様子がおかしいことにも気づいていた。彼女はローレンが近づけば何か言ってくるはずなのだが、今日は珍しく黙り込んでいる。
「フェイ、どうかした?」
「え!?」
ドキッとしたようにフェイが身をこわばらせる。いつも強気な彼女にしては珍しい反応である。ローレンはいぶかしげに首をかしげた。とりあえず、言うことを言う。
「警察が、もういいって。むしろ捜査の邪魔だからって。それと、フェイ、兄さんの体調、大丈夫?」
「ええ……問題ないわ」
まあ、多少足が不自由なだけで、体調的には元気なのでそんなものだろう。ローレンの兄だけあり、肝も据わっている。
「……あれ、兄さんとフェイって初めて会うんだっけ? フェイ、兄のケイシー。兄さん、同僚のフェイ」
とりあえず簡単に紹介してみる。フェイはロデリックの次に新人であるので、そう言えばケイシーと面識がなかったかもしれないと思ったのだ。
「うん、自己紹介してくれたよ。フェイは医者なんだよね。ローレンも彼女位人の役に立たないと」
「うーん、難しいわね」
へらへらと笑ってローレンは答えた。ローレンの世界は閉じているから、人の役に立つ、と言うことが良くわからない。彼女は、自分の大切なものを守るためなら力を発揮するが、それ以外はどうでもよいと言う、ある意味モラルの崩壊した人間なのだ。
ケイシーはもちろん、フェイもローレンの大切なものの一つだ。彼女の様子がおかしいことは気にかかるが、何となく察しもつく。
「おい、フェイ。この兄妹送っていって、そのまま情報局帰れって」
オスカーがやってきて言った。フランクに捕まっているクリスティーナと共に、オスカーはもう少し残るらしい。
「えっ、ええ……」
フェイがびくっとして言った。オスカーも彼女の様子がおかしいことに一瞬眉をひそめたが、すぐに「ふうん」とうなずいて笑った。
「ま、頑張れや」
「何を!? ねえ、何を!!」
心もち赤い顔で叫ぶフェイを見て、オスカーもローレンも笑った。
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