大切なもの【1】
ローレンの話です。
「おい、ローレン。いるか?」
「はーい。いるよー」
ローレンは機密情報局の中央管理室の奥から顔を出した。今日も今日とてシステムの改修中なのである。よく言われるが、こういうのはいたちごっこで、常に最新のものが必要なのである。
「あれ、フランクじゃん。珍しいわね、こんなところまで」
「第三班の事務室にいったら、お前はここだと言われたんだ」
「いや、私を訪ねてくるのが珍しいって言ってんの」
ローレンは腕を組んで尋ねてきた三十歳前後の男性を見上げた。栗毛に碧眼の男性である。フランク・ノーランといい、ローレンたちの直属の上司にあたる男性だ。一時期、一緒に暮らしていたこともある。
「お前ホントにかわいくないな」
「余計なお世話だよ」
別に、ローレンが可愛くないのは今に始まったことではない。顔だけ見ればただの美人、とはよく言われている。つまり、中身は残念だと言うことである。
「……で、ちょっといいか」
「いいよ。ちょうど、作業も区切りがついたところだし。あ、お茶出そうか。私の飲みかけだけど」
「いらんわ」
からかってみるが速攻で切り捨てられた。半分くらいの年の娘に対して容赦なさすぎだろう。
「……いいか、心して聞け」
「……うん」
何だ改まって、と思ったが、それにふさわしい話ではあった。
「お前の母親が、明後日、釈放される」
「……」
ローレンはその無駄にきれいな顔をゆがめた。それでも美人なのだから世の中不公平だ、とフランクは思ったとあとで語った。
ローレンの母は、五年前、ローレンと共に機密情報局に捕まった。ローレンの母は詐欺師であった。結婚詐欺から振り込め詐欺、霊感商法に国家機密に関わることまで何でもござれの詐欺師である。その血を引くローレンが詐欺師であるのもまた必然と言うことか。
のらりくらりと逃げ続け、所帯まで持った彼女が捕まったのは、娘であるローレンが通報したからだ。当時十二歳のローレンは既に犯罪の片棒を担いでいたが、自分も捕まる覚悟で通報した。言ってはなんだが、優秀な助手であったと思う。詐欺の。
「禁固五年だったっけ。短かったなぁ」
「お前がおとなになるくらいには長かっただろ」
フランクがそう言ってローレンの頭をたたいた。ローレンは「私、まだ十七歳だよ」と訴えてみる。まあ、確かに大人びて見られることは多いけどね。
「……まあ、どうするかはお前の自由だ。とりあえず、お前の兄貴には連絡が行っているはずだが」
「ああ、まあ、兄さんならうまく対処してくれるでしょ」
ローレンはそう言って自分は関与しないでおこうと思った。彼女は自分が割と感情的な方だと思っているし、兄の方がこうしたことは得意だ。いや、一応ローレンだってできなくはない。しかし、彼女は未成年である、と言うのも大きい。いくら頭が良くても、年齢と言うのは結構大きいのだ。
「一応、俺からもお前の情報を伝えておく」
「いい子にしてますって言っておいて」
「学校の三者面談じゃねぇんだよ」
と、言われても、初等部までしか学校に通った覚えのないローレンにはピンとこなかった。
母が釈放されたといっても、ローレンは関わるつもりがなかった。そもそも、彼女の行動はかなり制限されているので、しようと思っても接触できない気がするが。
しかし、翌日に別の人間が接触しに来た。件のローレン兄である。
「やあローレン。元気そうだね」
「兄さんも元気そうね。安心した」
ローレンは少し身をかがめて車いすに座った男性と抱擁を交わした。ローレンとよく似た繊細な顔立ちの兄ケイシーは、足が不自由なのである。歩けないわけではないが、外に出るときはもっぱら車いすだ。
金髪碧眼の美人顔の兄妹である。年が離れているので、ローレンはケイシーに育てられたようなものだ。
ここは機密情報局の応接室である。普通、機密情報局本部には一般人は入れないのだが、ケイシーは特例である。ローレンの身元引受人であると言うことが大きいだろう。二人の前にはコーヒーが出されている。
「兄さんが来たのって、母さんのこと?」
「ははっ。まあ、そうだね」
ケイシーが一口、コーヒーに口をつける。
「ちなみに、父さんは?」
「父さんは終身禁固。私どころか兄さんだって面談できないでしょ。最重要犯罪者牢に入ってるわよ」
リドリー……というのは母の逮捕後に付けた兄妹のファミリーネームであるが、この二人の両親は、そろいもそろって刑罰を受ける身なのである。まあ、ローレンも人のことを言えないけど。特に最重要犯罪者と判断された父は、陸の孤島とも言われる時代遅れな刑務所に入っている。刑務所のセキュリティも担うローレンだが、この刑務所だけは管理に入ったことがない。今はアサギが担当しているはずだった。
終身禁固だ。父が、生きている間に刑務所から出てくることはない。……脱獄しない限りは。
正直なところ、ローレンだったらその刑務所から脱獄できると思う。だから、父に出来ても不思議ではないと思っている。
まあ、父のことはいい。今は釈放される母のことだ。
「兄さんは、母さんに会いに行くの?」
「さあ……どうしようかなって。でも、たぶん行くんだろうね」
ケイシーは目を細めてそう言った。ローレンは「そう」とうなずく。ローレンは、会おうと思っても会えないだろう。そもそも、母が釈放される明日には、ローレンは北に飛ぶ予定だ。
「だから、一応、何か伝えたいことがあれば聞いておこうと思って」
「ないわ」
即答だった。母が刑務所に放り込まれることになったのは、ローレンが通報したからである。だから、伝えることなど何もない。謝る気など毛頭ない。
「相変わらずだね、ローレン。でも、元気そうな顔が見れて安心したよ」
そんなローレンにも、ケイシーは優しく微笑む。ケイシーは、伝言にかこつけてローレンの顔を見に来たのだろう。めったに会いに来ない、不肖の妹を。兄は高等教育の歴史学の教師である。忙しくないはずがないだろう。
兄とは六つ、年が違う。兄妹と考えるなら離れている方だけど、親子ほど年が離れているわけではない。でも、兄はローレンの親代わりだった。
「兄さんも、足の調子はどう? 大丈夫?」
「おかげさまでね。歩いてきても良かったんだけど、やっぱりゆっくりになってしまうから」
歩くのがおぼつかないからと言って、座ってばかりでは筋力が衰える。だから、ケイシーはできるだけ己の足で歩くようにしているのだ。
「……それならいいけど、無理しないで。マリアンは元気?」
「元気だよ。夏休みに首都に来る予定だから、ローレンも遊びにおいで」
「うん。そうする」
ローレンは微笑んでうなずいた。ローレンたち兄弟の一番下、末妹のマリアンは寄宿学校に入っている。将来は留学してみたい、とか言っているのでちょっと心配でもある。
「ローレン、君のところにも情報は行くだろうけど、私が母さんに会ってきたら、一緒に食事にでも行こう」
「わかった。私も明日から出張だから、しばらく不在にするけど」
「多いねぇ、出張」
「便利に使われてるのよ。あんまり飛行機、乗りたくないんだけどね……」
意外に思うかもしれないが、ローレンは高所恐怖症なのである。ビルの上などは案外平気なのだが、飛行機は怖い。飛行船も怖い。気球も怖かった。ちなみに、一番怖かったのはハンググライダー。
「高層ビルから飛び降りたこともあるくせに、高所恐怖症ってよく言うよね」
ケイシーはそう言ってくすくす笑う。ローレンは誰にもこの感覚は理解してもらえないだろうなぁと思いながらも言う。
「だって、飛び降りるんだった自分の意思じゃない? 飛行機は自分では操縦できないもの」
免許取ろうかなぁとまで言い出すローレンである。ケイシーは「うん、わかんないね」と微笑んだ。
「まあ、飛行機はそうそう落ちないから大丈夫だよ」
という謎の助言を残し、ケイシーは返っていった。母の釈放のことで、手続きなどがいるのだろう。ちなみに、マリアンも連れて行かない、と言っていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ローレンの両親は捕まっていました。




