願い事【9】
「移動してるわね」
ローレンが端末を確認して言った。何となれば、アサギとクリスティーナが罠にかかって連れ去られたのである。フェイは気づいていなかったが、初めからこういう計画だったのだろう。
「ったく、子供たちを危ない目に合わせてるんじゃないわよ!」
フェイが小さく毒づくと、ローレンが「まあまあ」と落ち着かせるように言った。
「二人とも、覚悟はできてるでしょ。それに、おとなしく捕まってるような二人じゃないし、オスカーたちもフォローに向かってる。私たちは現場を押さえるのが役目だよ」
「わかってるわよ」
憤慨しながらもフェイがうなずくと、同行しているハリソンがほっとした雰囲気を醸し出した。
アサギとクリスティーナの発信機を追ってたどり着いたのは、何の変哲もない工場だった。しかし、見た目に反してセキュリティが強力である。だが。
「ま、これくらいなら」
と、ローレンはあっさりとセキュリティを突破していく。あっさりと中に侵入できた。
「……ねえ、ローレンってこういう電子関係の能力持ってんの?」
「いや、これは完全に自前だけど」
「天才か!」
「緊張感ねぇな!」
ツッコミにツッコミを入れるスタイルで三人は進んでいく。ローレンが先頭、ハリソンがしんがりだ。尤も、三人しかいないけど。
ローレンは次々にセキュリティを解除して進んでいく。やはり、何かの研究所に見えた。
「何の研究をしてるんだろう」
「これだけではわからないけど、フェイを狙ったということは人体に関するものだろうな。かどわかされた子たちは、その人体実験に使われたとみるべき……と、言ったかしら?」
「それに近いようなことは聞いたな」
ハリソンがそう言ったとき、彼は突然、フェイを後ろに突き飛ばした。
「わっ!」
「っと」
床に激突しそうになったフェイをローレンが受け止めた。そのまま彼女は置かれた机をひっくり返し、盾とした。銃弾が降り注いだのだ。真っ先に気付いたハリソンは既に小銃を構えて反撃していた。
「敵は三人か……」
「おい、ローレン! 何とかならねぇのか!?」
両手で小銃をぶっ放しているハリソンが叫ぶ。フェイは頭を低くして戦闘員二人を眺める。
「白兵戦なら勝てる自信あるけど」
「……俺が悪かった」
白兵戦以外の戦い方をローレンに求めたのが間違っている。そのローレンはぴょこっと机から顔を出した。すぐにハリソンがその頭をひっこめさせる。
「うおおぉぉおおっ」
「おおっ!?」
叫び声と、ハリソンの戸惑った声が聞こえた。ローレンが立ち上がる。
「ちょっと失礼!」
「お前!」
ハリソンが叫んだのは、彼をかばうように立ったローレンの左手首にナイフが刺さっていたからだ。力が拮抗しているように見える。だが、体格差でローレンが押され気味か。ナイフがぐりっとまわされ、ローレンが苦悶の表情を浮かべる。
ローレンの右の手がナイフを持った男の手首をつかんだ。そのまま男をひっくり返す。どう考えても左手首の怪我がえぐられた気がするが、ローレンはひっくり返した男の鳩尾に拳を叩き込んで気絶させた。
さらに、力づくで自分の手首に刺さったナイフを抜き取り、ナイフ投げの要領で投げつける。ひるんだところを彼女は駆け寄り、顎を蹴りあげた。最後の一人はローレンが膝で回し蹴りをした。と、と軽い音を着地した。
「……さすが」
ハリソンが呆然としたように言った。フェイは立ち上がると、ローレンに駆け寄った。
「ちょっと見せなさい! 何やってるのよ、もうっ」
「フェイ、ちょっとお母さんみたいだよね」
へらっと笑って言われ、フェイは「黙んなさい」とローレンの額に手刀を入れた。えぐれて骨まで見えている左手首に治癒術をかけ、ハンカチを包帯代わりに結んだ。
「ん、ありがと」
「無茶するんじゃないわよ」
無茶と言うほどじゃないけど、とローレンはうそぶく。
「結局こうなるのかよ……」
「狙撃ならハリソンに任せるわよ。まあ、先進もう」
ローレンは軽くそう言うと、本当に次の扉を開けた。そこで「ん?」と声を上げる。
「どうした?」
ハリソンがローレンの肩の上から中を覗き込む。
「監視カメラと自動機関銃だ」
「……すり抜けるか?」
「私とハリソンはできるけど、フェイは無理でしょ。撃ち落としちゃいなよ」
「お前が回線を切断すればいいんじゃねぇの」
「撃った方が早い」
そりゃそうだけど。ハリソンはため息をつきながらも銃を構えて機関銃を撃ち落とした。
「カメラは?」
「もう侵入に気付かれてるんだから、そのままにしておきましょう。セキュリティの強さから言って、この辺りが最深部ね」
と、ローレンはガンガン進み、次の扉のセキュリティも解除して中に入った。
……そこは、修羅場だった。
「え、何これ」
声に出したのはフェイだけだった。とっさにハリソンが銃を構え、ローレンはフェイをかばうように自分の後ろに押しやる。
「おや。これは珍客。しかし、目標が自分から飛び込んできてくれるとは」
にっこり笑ってそう言ったのは、三十歳前後と見える男だった。その男を挟んで反対側には、アサギを守るようにクリスティーナが立っている。彼女は震えていた。いや、いつものことか。
一方のフェイは、その男に見覚えがあった。というか、医師をしている人間なら、誰でも見覚えがあるだろう。
「ドクター・エドモンズ……」
「おや。僕のことを知ってくれているとは、光栄だよ、ドクター・シャムロック」
にっと笑って、ドクター・エドモンズは言った。ローレンが「知り合い?」と首を傾げてくる。フェイは「別に」と答える。というか、ローレンも彼を知っているだろうに。彼女の幅広い知識の中にはないのか?
「もちろん君のことも知っている、ローレン・リドリー。国に隠された鬼才」
「何それ」
ローレンが本気で迷惑そうな顔をして言った。ドクター・エドモンズは、ローレンにも目をつけていたのだろうか。何だろう。ちょっと悔しい。
「実は、研究に手を貸してほしいんだ。ドクター・シャムロック、ローレン・リドリー、アサギ・ノースブルックにも手伝ってもらえるとうれしいんだけど」
にこっと悪意などありません、というように笑うドクター・エドモンズであるが、もう悪意しか感じられない。
「……ローレン、撃ってもいいと思うか?」
小声で尋ねてきたハリソンに、ローレンは冷静に言った。
「生かしたままなら、いいんじゃないの?」
「過激!」
ハリソンが発砲したので、フェイのツッコミはかき消された。尋問要因ではなかったのか、お前は! と言いたい。
「なるほど。よい腕だ」
という割にはハリソンの射撃は当たっていなかった。おそらく、ロデリックと同じ系統、念動力ではじき返したのだろう。
その時、背後の扉がはじけ飛んだ。扉から、うつろな瞳をした十代ほどに見える少年少女たちが現れた。
「え、何!?」
「『失敗作』だよ。実験の。うまくいかなくてねぇ」
フェイはドクター・エドモンズの方を見た。クリスティーナとアサギの方も似たような状況だ。
痛いところを突いてくると思った。この子たちは、行方不明になった子たちだろう。もともとの人数が知れているので、総勢十五名ほどであるが、この子たちを制圧するのは骨が折れるだろう。殺さないように、手加減しなければならない。ここにいる戦闘員、特にローレンとクリスティーナは手加減が苦手だ。
「ローレン、殺すなよ!」
「わかってる!」
ハリソンからも注意が飛んでいる。というか。
「あんたの精神感応でどうにかならないわけ!?」
「試してんだけど、駄目だ! よほど深い催眠なのか……?」
すでにためし済みだった。ドクター・エドモンズが「ダメだよ」と笑いながら言う。
「そっちの彼が強力なテレパシーの持ち主だって言うのは調査済みだ。彼らには意識がないから、効きようがないよ」
自分からネタ晴らしするパターン。ハリソンが子供たちをひっくり返しているローレンに言った。
「お前、機密情報局のセキュリティ、見直したほうがいいんじゃね?」
「戻ったらかかりきりになるかもね!」
二人まとめて回し蹴りで吹き飛ばしながらローレンは言った。まさか銃で撃つわけにもいかないので、ローレンとクリスティーナが白兵戦で対応中である。
ドクター・エドモンズはふっと笑うと、別の出口から撤退しようとした。倒しても倒しても起き上がってくる子たちを相手にしている二人以外の三人がそれを追おうとしたが。
「おーっと。残念」
ドクター・エドモンズが開いた扉からそんな平坦な声が聞こえたかと思うと、彼の頭に角材が直撃し、ドクター・エドモンズは気を失った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
あっけない幕引き(笑)




