屋敷の日常
「ガンバレ♡ ガンバレ♡」
ベアトリクスが声援を送っている。
送られている相手はお嬢様だ。
「な、なんで……貴族のワタクシが……」
「ほら、お嬢様! 頑張ってください!」
お嬢様の苦情を無視して松尾が発破をかけている。
お嬢様は特殊な重りを着けて延々とスクワットをなされているところだ。
虚弱体質改善と魔法力の発散、一石二鳥である。
お辛いでしょうが頑張ってください。
目頭が熱くなった。だが、私は心を鬼にしなければならない。
……そうだ! トレーニングが終わったらプリンを用意しよう! お嬢様は甘いお菓子が好きですからな。努力にはご褒美! 当然の流れだ。そうと決まれば……。
「バトラーさん、ちょっといいかい?」
ちょうどよいところで花代が声をかけた。
「ああ! 私も用事があったのですよ。最高級の卵を……」
「う〜ん……。それよりも先にこっちの話を聞いて欲しいんだけど」
花代は言いたいことがあるようだ。たしかに私にも懸念事項があったのだ。
お嬢様に魔法を教える者がいないということだ。いつもはベアトリクスが教えていたのだが、今世でのベアトリクスはなんとも頼りなく特別な訓練も受けていないのだ。
「花代の言いたいことはわかっております」
花代はなんとも意外な様子であった。見くびらないで頂きたい。私はバトラーですよ。
「お嬢様の魔法の教師のことでしょう? ベアトリクスはただの小貴族程度。満足に教えることができませんからな」
花代は大きな溜息をついた。
まだ準備していないことに呆れたのだろう。
「そうだ! いっそ花代が教えるというのはどうですかな?」
「バカじゃないの?」
花代は心底あきれた様子で頭を振った。ふむ。たしかに素性を隠してる花代に頼むことではないな。執事の穴出身である花代なら超一流だったのだが。仕方がない。
「そうだ! 富蔵様からゴリラさんをお借りしましょう」
我ながら良いアイデアだ。彼も執事の穴の精鋭。しかも少ない魔力を補う戦闘巧者。魔法以外も習えばいいだろう。
「あんたねぇ……」
花代は再び大きな溜息をついた。
「卵……どうせ、お嬢様のオヤツ。それよりはまともな話だけどね。そんなことよりもお嬢様を甘やかし過ぎ」
「甘い……ですか」
「甘い! 甘すぎる! お嬢様のオヤツの100倍甘い! アンタ、お嬢様をどうしたいの? 富蔵様が亡くなるまで甘やかして、ハイおしまい。スチュワートに滅ぼされてサヨウナラってしたいの?」
「なにを仰る! そうしないために私はお嬢様を鍛え、こうやって魔法教師も探しているのですぞ!」
花代は露骨な舌打ちで応じた。
「お祭りの時、お嬢様が興味を示した物を『嫌いそう』で無視したでしょ。まぁ、あの時は初めての外出だ。それはいい。でも、アンタその後も終始そんな感じじゃないの。アンタの押し付けはお嬢様の可能性を狭めてる」
お嬢様の為を思えばこそだったのに……鈍器で殴られたかのような衝撃だった。
「その結果、お嬢様は我儘モンスター化してるわよ。メイドに無理難題言ったりおもちゃ取り上げたり。ストレスにも弱くなってる。ルゥ様に泣かされたらしいじゃない」
ぐうの音も出ない。
「屋敷に閉じこもってるから人間関係もまともに築けない。元々洞窟の中でアタシと権蔵様しか知らない育ちで人間関係苦手なのに悪化してるじゃない。普通にベアトリクスとオヤツ取り合って喧嘩とか……いや、これはマシな方ね。
距離間バグってるから。極端に人見知りかと思ったら、富蔵様に対して一気に懐くし」
「いや、しかしですな……」
「魔法よりも対人トレーニング! トレーニングも温い! バシバシ鍛えろ! あんなんじゃスチュワートに殺してくれっていってるようなもんよ。ちょっと煽られてカーッとなって簡単にボン。そうしないために仕えたんでしょ?」
「それは……そうですが……」
花代は頷いた。
「学校に通わせる。いいわね」
「駄目です!」
お嬢様との時間が減る? 許されるわけがない。
「もう手続きしたから」
花代の意地悪……。かくして私とお嬢様は引き離されてしまうのか。
「別に執事の穴に入れようってわけじゃないのに。日中、学校に行くだけなのになんでそんなリアクションなワケ!?」
そんなことでお嬢様は学校に通うことになってしまったのだ。




