お嬢様とルゥ
後日、私はお嬢様とともに富蔵様の館に向かった。
叙勲の挨拶とお礼、今後も変わらぬご助力を頂くためだ。
お嬢様は富蔵様に会うのがよほど嬉しいのか、馬車の窓から身を乗り出さんばかりに、鼻歌混じりに外を見ている。
「富蔵様はお嬢様の祖父とはいえ、所詮は平民。あまりへりくだりすぎないようお願いいたします」
お嬢様は頬を膨らませ反発した。
「孫が祖父に甘えてはいけないのかしら」
「はい。お嬢様は貴族ですから」
「その割にはバトラーも随分と遜っていらっしゃるのでなくて? ねぇ男爵さま?」
そう言い返したお嬢様は機嫌を損ねた様子で、再び窓に目を向けていた。
富蔵様の屋敷はいつになく厳重な警備であった。
お嬢様の来訪に合わせたものではない。
ハガン侯の息女、ルゥ様一行が滞在しているからだ。
門にて我々を誰何しようとした見慣れぬ門番をゴリラさんが見咎め、無事に何事もなく通された。
来るたびに変化している、悪趣味なほどに派手な玄関前で馬車が止まると、二階の窓から一人の子供が飛び降りた。
この世界の人間があの程度で怪我をするはずがないので、そこに問題はない。
問題はその人物だ。
「知っておるぞ! 中にバトラーがおるであろう! 出てこい! いざ尋常に我と勝負いたせ!」
お嬢様が先ほどまでの不機嫌はどこへやら、慌てた様子で私を見る。
対する私は『毎度のこと』なので、落ち着いて外へ出た。
同時にルゥ様の拳が飛んできたが、軽くいなした。
力こそ凄まじいが、来ると分かっていれば問題ない。
「ほぅ……。流石は噂に聞くバトラーよ! いつぞやの祝宴では力を抑えてコソコソと隠れていたようだが……。おかげで見逃しおったわ」
おそらくは叙勲式のことだろう。隠れているわけではないのだが、魔法力がない私は彼女からはそう見えるのだろう。
「むぅ……。まだ力を隠すか。ならば……」
「お嬢! 駄目です!」
ルゥ様の従者である大男が慌てて止めた。
「邪魔だて致すな!」
暴れるルゥ様を男は力尽くで止めた。
流石は北の民。まして、ルゥの御付きとされる精鋭である。ルゥ様の御力が今の時点でも高位貴族以上であるにも関わらず、だ。
「バトラーさんは主を見つけたんだ。カガチ様や俺らが知ってた時と違って、何時でも遊んでくれるってわけには行かないんですよ」
男はそう言って「お久しぶりです。ご迷惑をおかけします」と言わんばかりに頭を下げた。
第二の故郷ともいえる北の地の住民だ。当然、私も見知っている。
「ぬぅ、わかった! 離せ!」
ルゥ様は強引に振りほどくと、今度は馬車に向かって叫んだ。
「バトラーの主とやら! 出てこい! いざ勝負、勝負!」
すると、お嬢様はオドオドして馬車からお出ましになられた。私が行くまで出てはならないのに。生まれてから一度も挑発を受けたことがなく、慌ててしまったのだろう。
「ハガン侯カガチ様の……」
お嬢様がスカートの裾を持ち恭しく挨拶を始めると、ルゥ様は鼻を鳴らした。
「下がれ! 雑魚には興味ない!」
ルゥ様の従者は慌て、私も強く抗議をしようとしたが、止められた。
私を止めることができるのはお嬢様だけだ。
だが、それは制止の命令ではなかった。
「うぇ〜ん! 酷い!」
お嬢様が大泣きしてしまったのだ。
これにはルゥ様も面食らって慌て、従者も慌て、私も慌てた。
泣いた子供をどうしたものか。声をかければかけるほど、お嬢様は泣いてしまった。
富蔵様も館から飛び出してきて、全員で宥めた。そこは流石の富蔵様。子育て経験があるだけあって、お任せすることでようやくお嬢様は落ち着いた。




