魔法使いと援軍
ミロンは己の弱さを理解していた。
けれども、具体的に何故弱いのかを考えたことはなかった。
課題。
自らが弱い原因。
花火はその答えの一端を教えてくれた。ミロンたちを完膚なきまでに叩きのめすことによって。
「ぼくの弱点。それはーー」
『操作』を使用して、ミロンは前へ出た。
彼の意外な行動に、アルルが僅かに動揺した。
魔法使いとしてのミロン・アケディは一定の評価を得られる程度には、花火に認められる程度には、強力だ。
彼には魔法の才能がある。
ミロンの放つ魔法は、高火力なのだ。
故に、ミロンは甘んじた。
自身は後方なのだと。
後ろから魔法を放つだけであった。
それでは、駄目だということに気がつかなかった。
思い出すのは、エレノア救出戦時の腹ペコ戦だ。あの時のミロンは、敵と付かず離れずの距離で戦闘を行っていた。
魔法使いの間合い。
それは離れれば良いというものではない。
石弾をアルルの顔面へと放つ。
それは避けようともされない。しかし、問題ない。
石弾で敵の視界を奪って、ミロンはアルルに接近する。魔法により生み出した石の長杖を振るった。
『操作』による莫大な推進力を手にした長杖は、アルルではなく、その下の地面を爆撃した。
アルルは僅かに体軸のバランスを崩す。
ミロンは気が付く。
アルルは能力こそ無敵に近しいが、その実力は大したことがない。
いや、無論、ミロンたちと比べれば、圧倒的に強い。だが、アルルは能力に頼り過ぎなのだ。
怪我をしないという確信があるからこそ、アルルは油断しているのだ。
「ちっ」
アルルが立ち上がろうとしたが、それを上からネリーの髪が押さえ付ける。
アルルは即座に魔力の勢いを止める。
そしてすかさず立ち上がり、ミロンへとナイフを振るった。
「花火さんはこうしてた!」
ミロンの右目に、ナイフが突き立った。
だというのに、ミロンは敢えて前へと踏み込んだ。更に深く、ナイフが眼球に突き立ち、そのまま頭部を貫通する。
走る激痛に対しても、ミロンは酷く冷静だった。瞳には、もっと激しい、痛みを感じたことがある。
アルルは仲間に花火を任せたと言った。もしもミロンたちが敗北すれば、アルルは花火戦へ行ってしまうかもしれない。
アルルはネリーを狙っていた。ミロンが立ち止まれば、ネリーが負けてしまうかもしれない。
そのような恐怖に身を任せてしまうくらいならば、ミロンは痛みなんて幾らでも我慢できた。
この一瞬に限り、ミロンは痛みの恐怖を克服していた。
「ゾンビが!」
アルルが叫び、ナイフをミロンから抜こうとした。それよりも早く、ミロンはアルルに抱き着く。
それは関節技と呼ばれる体術であった。
花火の特訓に於いて、仲間たちがやって来てから倒されるまでの間に一度、ミロンはこれを花火から食らっていた。
関節技ならば、アルルを止められる。
そう思っての行動だったが、それは失策であった。
ミロンが、糸を切られた操り人形のように、その場に倒れ込んだ。
「兄様!?」
「息の根を……止めた」
アルルの能力応用の一つである。魔力を多量に消費するものの、決まれば一撃で敵を倒すことのできる奥の手である。
花火はこれを警戒し、アルルには一切触れなかった。
「殺したというの? 『創り者』を?」
「ああ。ミロン・アケディは死んだよ」
「……そう」
直後、アルルの全方位が髪によって包囲された。前後左右、そして上空にも、紅髪が展開されていた。
「見たぞ。まるで八岐大蛇だな。それともメデューサか。だが、無駄だ」
ネリーが瞳に怒りの炎を灯しながら、髪を操った。無数の髪が次々に、アルルを打ち据えていく。
その全てが、アルルに触れると同時に動きを止める。
「許さないわ」
ネリーは冷静さを保てていなかった。
倒れたミロンに、アルルの足が微かに触れている。それは、アルルの能力が触れているものにしか作用しないからだ。
ミロンの死は、仮死と言っても良かった。アルルに触れられている間、死んでいるだけに過ぎない。
ネリーはそれに気が付かない。
ただ怒りに任せて、髪を振り乱すだけであった。無論、効果はある。
少しだけだが、確実にアルルに魔力を消費させている。
しかし、先に魔力が切れたのは、ネリーの方であった。
ネリーがその場に、膝をつく。
「見終わったか。魔力切れ、か」
アルルが魔法によって、氷の柱をネリーの頭上に出現させた。
「終わりだ!」
ネリーの頭に、氷の柱が突き立った……筈だった。
だが、それは阻止された。
「違うっすよ」
光の輪が氷を粉々に砕いたのである。
現れたのは、エレノア・グラムハイド。
ゴーグルで瞳を隠しているが、その目には明確な意思が宿っている。
忘れがちではあるが、エレノアとて一流の『創り者』である。
「貴女がどうしてここに?」
「壁走ってたら、ミロンさんを見つけたんで来たんすよ」
エレノアは手の光を強めながら、ネリーの前に立つ。
「ネリーさん、回復は自分でお願いするっすよ。後、多分、あいつの能力は触れなくちゃ発動しないタイプっす」
戦闘中に、殺した相手から足を退けない意味がない。
わざわざトドメを刺す為に、魔法を使う必要はない。近付いて、ナイフで壊した方が確実であった。
ミロンを殺したフリをして、ネリーを動揺させる為の作戦に、ネリーは見事に踊らされていた。
結果。
エレノアが助けに入らなければ全滅していた。
『創り者』の性質である独占欲と依存心が人一倍強いネリーの弱点であった。
ネリーは死肉を食らって、魔力を回復させる。
そのネリーを庇うかのように、エレノアが前に立つ。手に灯す光の勢いが、爆発的に強まった。
「取り敢えず……百人分ってとこすかね」




