ネリーとアルル
ネリーたちはかなりの消耗を強いられていた。
ミロンは魔道書のページを半分失い、首元のチョーカーもいつ壊れるかわからない。
このようなことならば、ミャウから指輪を購入しておくのだった、と後悔し始めていた。
「そういえば、クーマたちはどうしてるだろう」
「兄様、今は逃げることが優先よ」
それに、とネリーは続ける。
「きっと、彼らも逃げているわ」
それが『創り者』としての取るべき当たり前の行動である。
マーガロイア兄妹は、あれでベテランの部類に入る。この大切な場面で愚策に走ることはないだろう。
「だと良いけど。ぼく、今不安なんだ。何だろう。クーマたちが……」
それ以上は言えなかった。
けれども、謎の不安だけがミロンを包んでいた。ミロンにはわかってしまう。
ミャウの夢と今はかなり相違している。
もしかすると、残っているのではないのか、と。そのようなあり得ない可能性すら、頭に浮かんでいるのだ。
だが、助けに行こうとは言えない。
行ってしまえば、ネリーを巻き込むことになる。
また、ネリーを置いて、一人で行くこともできはしない。そのようなことをして、ネリーが倒れれば、目も当てられない。
そもそも、アルルの目的の一つはネリーである筈だ。であれば、危険はこちらの方が大きい。
「クーマ。ミャウを頼むよ」
もうすぐで合流地点に到着する。そこに着けば、ツェツィーリヤがいる筈だ。
彼がいれば、装備に困ることはない。
ここを潜り抜けられる可能性はかなり高まる。
「見たぞ」
現実は甘くない。
後少し。後少しで、というところで、現れたのはアルルであった。
彼は門を目指していたのだろう。
ばったりと、出会ってしまった。
先程まで戦闘音を立てていたのが、見つかってしまった理由であろう。
「ネリー。どうする?」
ネリーは無言で首を縦に振る。
このまま合流地点を目指すのだろう。戦闘しながら、ということになるが。
「わかった。じゃあ……あれ? どうして、お前がここにいるんだ? 花火さんは」
「ああ。さっき殺した。と言いたいが、どうせ電撃で嘘が露呈するな。俺の仲間が相手しているよ」
安心したよ、とミロンは微笑みを浮かべる。内心の恐怖を押し殺す為に、笑顔を作る。
「行くよ。『喚起』!」
魔法の発動。
けれども、言葉とは裏腹に、ミロンが使用したのは『操作』であった。
ただ一秒でも時間を稼げれば良い。
そういう思惑の元、単純な嘘を吐く。
背後へと、大きな弧を描き跳躍する。
「見たぞ。逃げる気か」
アルルが走る。けれども、その歩みは止められた。
ネリーの髪が、地面を割り出現したのだ。戦闘開始当初から、ミロンたちは足止めしか狙っていない。
足場を崩されたことにより、アルルは一度動きを止めた。勢いを奪える能力も、こういう搦め手には弱い。
「そこで止まってて!」
ミロンは今度こそ本当に『喚起』を行使して、土の魔法を発動した。
薄い土壁を何重にも展開していく。
時折、ミロンは土壁に石の棘を用意しておく。
そして、駆け抜ける。
操作魔力を使用して疾走するミロンとその隣に髪で身体を浮かせて滑るように動くネリーが追従する。
「兄様。魔力は残ってるの?」
「うん」
「もしなかったら、今のうちに」
と言って、ネリーは小型の道具入れから肉を取り出した。
死肉である。
まだ、ミロンには余裕がある。
忌避感もあるが、今はそれどころではなかった。不要な時に補給して、いざという時に困ってはいけない。
ミロンは首を横に振る。
「あそこを曲がれば、集合地点よ」
そして、曲がる。
そこには誰もいなかった。
「どうして!?」
「おそらく、ツェツィーリヤはアリアと一緒にいると思うわ。でも、彼らは」
強い。
強いのだが、殲滅能力ではなく、一対一に秀でていると言えた。
どちらも、残り者を倒すには向いていない戦闘方法である。肉体を貫かれた程度では、残り者は動けるのだから。
「じゃあ、二人が来るまでここで粘らないといけないんだね」
ツェツィーリヤの補給がなければ、逃げたとしても、最終的には逃げ切れないだろう。
逃げ場である第三ドームに辿り着けない。
つまり、逃げ道はない。
戦うしかない。
「思い出せ」
花火との戦闘を、思い出す。圧倒的な強者と戦う際に気を付けるべき点。
花火に一度蹂躙されたからこそ理解できる。
何故、自分たちが手も足も出なかったのかを考える。
改善点を思考し、考察する。
最後の壁が破壊された。
と、同時にミロンは炎を放つ。炎の勢いはかなり猛烈だ。
「見ていなかったのか? 俺には効かなっ!?」
炎は目隠しに過ぎない。
火の中からネリーの紅蓮の髪が現れる。それが素早くアルルの足を掴み、無理矢理に引き倒す。
直後に、魔力の勢いが奪われ、ネリーの髪が元の長さに戻る。
神々の死体の応用には、魔力が必要となる。であれば、応用を何度も使わせ、相手の補給を阻止し続ければ、アルルは魔力枯渇で倒れる。
それこそが、アルルを倒す方法。
ミロンは覚悟を決めて、教鞭を強く握り、アルルを指した。
「さあ、行くよ」




