花火と敵たち
「く、くくく。この程度か?」
花火の手には、複数本のワイヤーが握られていた。視認することも中々に出来ない程の極細の糸が、アルルの四肢を絡め取っていた。
「見ておけ。糸で俺は……何!?」
「『壊れ者』の怪力は知っているのだが。であれば、簡単だ」
力を出させないようにすれば良い。
人には関節というものがある。可動域というものがある。
幾ら力が強かろうとも、それら全てを完全に抑えられては、力を発揮することはできない。
また、人は重心を封じられると動けなくなる。
例えば、椅子に座った状態でデコに指を置かれれば、それだけで人は立ち上がれなくなる。
例えば、右手を上げた状態で、右の脇を壁につけると左足が上げられなくなる。
無論、『壊れ者』はそれでも動く。
両手両足が折れていようとも動けるのだから。
だが、花火はそれすら想定して、数を用意した。一本のワイヤーで駄目ならば、百のワイヤーを使うまで。
結果、アルルは身動きの一切を禁じられた。
勢いを消した所で、意味はない。
「あり得ない……戦闘中にここまでの拘束ができる筈がない」
アルルは呻く。それしか、許されていない。
「動く対象へ、的確にワイヤーを巻き付けていく。普通ならばあり得ないだろう。だが」
「……」
「私は霧島花火なのだが?」
それが全てであった。
霧島花火は最強である。それは能力が強力だからではない。
敵を常に観察し、考察し、慎重に動く。
能力に甘えることなく、体術も研鑽してきた。道具だって、用意を怠ったことがない。
能力が強いのではなく、花火が強い。
それこそが、花火が最強の名を冠する所以。
「見えていなかった。ここまで、差があるのか」
「さて、では白状して貰おうか。私たちの情報が漏れていたようだが……」
花火がアルルに対して、尋問を開始しようとしたその時であった。
花火は殺気を感じ取り、その場から能力を使用して退避する。
直後、花火がいた場所から水流が巻き起こった。その威力を見て、花火は敵の能力がアラハ系かテクス系であると看破した。
「やあやあ。よく避けたね、最強くん。まあでも、これから最強は俺になる訳だけど、ね?」
現れたのは、ピエロのような男であった。
顔中を火傷していて、その上に、その火傷を隠すかのように大量の白粉が塗られている。
鼻には丸いボール。
その男は両腕を広げ、演説するように語る。
「霧島花火。最強の『創り者』か。だとすれば、俺は最強の『壊れ者』ということになるのかな? やあ、実に光栄なことだね?」
「聴いたぞ。幹部の中でも中堅の癖に」
「そういうきみは、下っ端だ?」
はあ、と花火は呆れたように溜息を吐く。その片腕には、既に天を割る程の電撃が装填されていた。
「戯言を聴く趣味はないのだが」
閃光が迸り、雷鳴が轟く。
雷撃は複雑な軌跡を描き、刹那の内に敵に直撃する……筈であった。
『絶海の深淵』
ピエロ男の瞳が青く光り、大量の水が顕現された。その水は巨大な一つの壁となり、雷に真っ向から立ち向かう。
「……何?」
純水は電気を通さない、などというが、それでも花火には自信があった。
敵が水使いである以上、自信に敗北はない、と。
結果は歴然であった。
威力を十倍に変換した雷撃が、防がれた。
「くくく。やはり、アラハ系は面白いな。私の次の次に面白い」
単純な火力で押し負けたのだ。
「やあ……こっちもびっくりだよ。俺の水壁が残り一割というところか」
互いが、互いを侮れない敵であると認識した。その上、花火は認識する。
ワイヤーが切られた。
「くくく。二対一か?」
「その通り。油断はしない」
「私もだ」
花火の周囲に青い魔力光が灯る。
『選択する十全たる運命』の応用技、そして、奥義。
「『最期の舞踏』!」
全身に力が漲る。
花火は今、自身の全てを十倍に変えた。
体力、腕力、知覚能力、感覚、五感、魔力、それから自分に流れる時間。
全てが十倍へと至る。
一歩を踏み込む。
まだ、敵は停止したままだ。
能力を使用して、その一歩を十歩へと変換する。
ピエロ男の背後に現れ、ナイフを振るう。一度ではない。
数十、数百とナイフを振るう。
更に、その切り傷を十倍に変換した。
ピエロ男が全身をミンチに変えていた。
「まだだ」
その声は速すぎて、他の誰にも聞き取れない。けれども、それで良い。
花火はアルルの元に向かう。
逃げられたのならば、もう一度捕まえるまでだ。
ワイヤーを取り出してみると、それはヌメヌメと何かに覆われていた。
それが滑り、ワイヤーを取り零す。
「油?」
花火は勘付く。
敵は水を操る能力ではない。液体を操る能力者である、と。
ワイヤーを諦め、その場から離脱する。
雨が降り出した。ネバネバとした、気持ちの悪い雨である。
「やあ、俺を殺せたと思った?」
「水で分身を作ったのか……貴君、本当にアラハ系か?」
「何を言っているのか、速過ぎてわからないな」
花火が斬り裂いたのは、偽物であったのだ。『最期の舞踏』の数ある欠点の内の一つ、強化され過ぎて手応えがよくわからない点が足を引っ張った形となる。
強化された知覚能力ですら捉えきれない、完璧な分身であった。
「いや、違うか。まだ、仲間がいるのか? それとも、私と同じ二重能力持ちか。それとも本当に、水の能力だけで……」
どうせ、相手には聞き取れない。
思考を整理する意味を込めて、独り言で整理していく。
もちろん、敵は本来、その隙を見逃す訳がない。しかし、今回は少し違った。
「やあ、遅かったね」
音が二つ。
花火を包囲するように、二人の『壊れ者』が現れたのである。
「アルルくん。門に人がいなくなってしまった。行ってくれ。ここは俺たちだけでやる」
ピエロ男は、アルルを逃し、門の警護へ行かせてしまった。
花火はその後を追いかけない。
流石の花火も、このレベルの敵を四人相手にすれば苦戦する。
「くくく。面白い」
雨が土砂降りへと変わる。
けれども、落ちてくる水滴すらも、花火にとっては遅い。
今の花火にとって、一秒は十秒と同義である。雨粒ですらも、遅いと感じる世界。
ゆっくりと迫ってくる水滴をナイフで弾いて飛ばしながら、花火は笑う。己の勝利を確信しながら、彼は大きく笑った。
「意識ある『壊れ者』を三体も屠れるとは。相変わらず、幸運だな、私!」
雨の中の殺し合いが、幕を開けた。




