ミャウとクーマ
クーマ・マーガロイアは混乱していた。そして、どうするべきか迷っていた。
「ミャウ……」
敵が攻めてきた。
それは良い。
問題は他にあった。クーマの実の妹であるミャウ・マーガロイアについてである。
彼女は現在、呆然とその場に立ち尽くしていた。
敵が攻めてきたと理解したと同時に、ミャウはクーマの元に駆けてきた。けれども、それだけである。
「ねえ、おにい」
「何だい、ミャウ?」
「これって私っちたちの所為だよね?」
第二ドームは戦場となっていた。
規則によれば、もうこのドームの放棄は決定されていると言えよう。
この事実はミャウにとっては受け入れがたいことである。
何故ならば、ミャウの戦う意味、生きる意味、心の支えこそが、第二ドームの守護にあったのだ。
だというのに、この有り様。
「ちっ! 邪魔だああああ!」
クーマは足を振り上げ、向かってきた残り者へと攻撃を仕掛ける。
ただ力で潰すだけ。だけであるが、その一撃は強力であった。
こういう時、クーマは心底思う。
この身体に創られて良かった、と。醜く、気持ち悪く、吐き気のする姿ではあるが、それでも妹を守れるのならば悪くない。
「ミャウ。これはお前の所為じゃない!」
ミャウはこのドームを守る為に戦ってきた。だが、この現状はミャウたちの所為により生み出されていた。
いや、クーマは確信している。
これは自分たちの所為ではない、と。一因にくらいはなっているだろうが、それでも決定的な原因ではない。
敵が幾ら残り者であろうと、ここまですぐに数を集められる訳がない。
それに、任務先で都合良く敵に出くわす可能性も少ない。
最初からこちらの情報が流れていた可能性がある。
また、こちらには当然見張りがいたが、襲撃されるまで敵の接近に気付きすらしなかった。
何らかの仕掛けがある。
これはクーマたちの責任ではない。
「ミャウ!」
「私っちたちが逃げたから……」
「違う。聴いてくれ」
先程は喜んだ百足の肉体が、今は憎い。
この脚は取り乱す妹一人、抱き締めてやることができないのだから。
ミャウは取り乱し、瞳からは大量の涙を零れさせている。クーマの話を聞くこともなく、只管に喚いていた。
壊れてしまう。
と、クーマはミャウの状態をそう判断した。このままでは、ミャウは確実に壊れる。
守りたかったモノが、自分の所為で壊れてしまうのは、さぞかし恐ろしいだろう。
心なんてきっと、簡単に壊れてしまう程に、辛いのだろう。
クーマにはその気持ちが痛い程わかった。
ミャウは第二ドームを守りたかった。
一方で、クーマはミャウを守りたい。
だからこそ、クーマには痛い程。心が壊れそうになる程、ミャウの気持ちがわかった。
「駄目だ、ミャウ……俺の話を聴いてくれ」
「私っちの所為。私っちの所為。私っちが……」
「違うんだ!」
論理的な説明は、既に何度もした。
感情的な説明は、既に何度もした。
どのような話をしても、ミャウには届かない。
「どうしたんだ、ミロンくん。ミャウを一緒に、守ってくれるんじゃなかったのか。なあ。なあ!」
クーマは苛立つ。
妹一人救えない、弱い自分に腹が立つ。その上、友人であるミロンにすら怒りを向けてしまう己の醜さに、腹が煮え繰り返る。
「ミャウ……逃げ」
言えなかった。
逃げようなんて、言える筈もなかった。
逃げれば、ミャウの心は確実に壊れてしまう。ここで説得して、第二ドームを諦めて貰ってからでないと、逃げることなどできよう筈もない。
ミャウは第二ドームに救われた。
マーガロイア兄妹はたった二人、死体や化物だらけの世界の中、荒野を歩き続けていた。
血の海を越え、泡でできた山を越え、食べれば全身に強烈な痛みが走るケーキの森を越え、ガラスが振る地獄のような平原を越えてきた。
何年も何年も、たった二人で地獄を彷徨ってきた。
ミャウも不安だっただろう。
地獄の中、一緒にいるのは百足の兄一人。
本当は嫌だったのかもしれない。
だけれども、ミャウはいつも笑ってくれた。
「俺なんかの為に……笑ってくれたんだ」
であれば、今度はクーマの番である。
クーマがミャウを守る番である。
結果的に、ミャウを救ったのは花火であった。数年にも及ぶ放浪の末に辿り着いた第二ドームは、その当時は人がいっぱいだった。
他のドームに移住させる途中であった。故に、余裕がなかった。
その上、クーマは異業種。
周囲の目もきつかった。
そのような中、周囲の反対を押し切り、マーガロイア兄妹を救ったのが花火であった。
数年振りに知った安堵。
敵がいないという安心感は、ミャウを満たした。
壊れそうな心を、マーガロイア兄妹は互いに依存することにより生き延びた。
その共依存の中を、ミャウは飛び出せた。
「俺が、守る」
「私っちが壊した。このドームを」
「絶対に」
覚悟が決まった。
だからこそ、クーマは笑う。
花火に教えられたではないか。『創り者』の基本。
笑え笑え笑え。
絶望の中でこそ、笑みを絶やすな。
「俺たちは『創り者』だ」
にやりと笑い、クーマはとある提案をする。
ミャウに対して、ミャウが望む答えを与える。
「ミャウ。この襲撃は俺たちの所為だ」
「やっぱり! 私っちの……」
ミャウが焦点を失い、髪を掻き毟る。壊れる兆候だ。
だから、そこで言葉を翻す。
「だからどうした」
「え?」
「この襲撃が俺たちの所為? だからどうした。だったら、俺たちが返り討ちにすれば良いんだ!」
クーマは叫ぶ。
「戦って、追い返せば良いんだ!」
クーマは吠える。
「このドームはまだ落ちていない!」
クーマは宣言する。
「俺たちが、このドームを守れば良いんだ!」
残り者の数は無数。
『壊れ者』の数も無数。
食料調達の任務の帰りで、装備は不十分。
妹は壊れかけ、自身も壊れかけ。
状況は絶望的。
故に、クーマは告げる。
笑って、告げる。
「だから……どうした」
「おにい。本当に、良いの? 戦って、良いの?」
「ふふふ、ふふふふふ。いや、違う。くく、くくく。良いさ! 良いともさ! さあ、教えてやろう。残り者たちに! この第二ドームには、マーガロイア兄妹がいると」
クーマが発進する。
残り者の集団へと、自ら躍りかかっていく。
彼の硬質な肉体に、残り者たちの攻撃が放たれていく。それは擦り傷にもなりはしない。
容赦なく、脚のスパイクで踏み抜く。
「ミャウ! 『な行の五』!」
クーマが足の袋から手当たり次第に爆弾を投擲していく。ミャウは風の魔印から魔法を引き出し、爆弾を更に散乱させた。
戦場に爆発が巻き起こる。
無数の残り者たちが、一斉に動きを止めた。
花火の能力であろう。
「ミャウ! 花火さんの元に行くぞ。あそこに行けば、俺たちでも戦える」
花火の補助があれば、この絶望的な戦争でも生き残れるかもしれない。
クーマはゆっくりと敵を蹴散らしながら、花火の元に向かうことを決意した。
クーマの選んだ道は、愚策を極める。
しかし、彼にはそれ以外の道がなかった。妹を守る為には、妹を壊さない為には、戦うしか道は残っていなかったのだ。
クーマは地獄の道をもう一度進むことを決意した。




