かつてゲームの大魔王
意外な声に、もう一人のミロンは動揺を隠しきれなかった。まさか、ミロンがこのタイミングで現れるとは想像だにしなかったのだ。
しかも、ミロンはもう一人のミロンの窮地を救いさえしたのだから、驚かない方が無理がある。
「共同戦線だって? どういう風の吹き回しさ、ミロンくん。寝言は寝ていってくれ。具体的には、今は寝ていてくれないかい?」
「……諦めた癖に」
「む」
現在のミロンの容姿は、中々に異常であった。
青年とも少年とも言えない顔付きをしている。髪の長さは背中まで届いている。髪の色は闇のような漆黒と絹糸のように鮮やかな金、老い尽くしたかのような白が混ざり合っている。
ミロンともう一人のミロンを混ぜたような容姿が、そこにはあった。
「あは。面白いね、ミロンくん。神たる僕に、歯向かうの?」
「きみの反転は強力さ。でもね」
そう言い、ミロンが地を蹴った。
それを見てから、クゼルは反転を行使した。だが、どうしてかミロンは平然とクゼルの目の前に現れていた。
「何?」
ミロンのスティレットが煌めく。
クゼルはそれを紙一重で避け、ミロンへと拳を放つ。
その拳は、あっさりと受け止められていた。
もう一人のミロンによって。
「あっは!」
もう一人のミロンの蹴りが、クゼルへと炸裂する。クゼルはその身体を後方へと強引に吹き飛ばされる。
クゼルの背中が人形の樹にぶつかり、それらを伐採していく。
「あはは! そういうことかい、ミロンくん。きみは実に素晴らしい。天才だよ」
もう一人のミロンが哄笑を上げる。
ミロンが行ったことは単純である。
咄嗟に人格の制御を入れ替えることにより、ペースを変化させたのだ。
反転のタイミングをズラす。ただそれだけである。
先程、ミロンが反転の効果を受けながらも前に進めたのは、ミロンが咄嗟に後方へと跳んだからである。
「それにしても、図抜けた知覚能力だね」
「別に。怖がりなだけさ」
いや、違う。と、もう一人のミロンは確信する。もちろん、怖がりというのも、理由の一端は担っているだろう。
だが、それは全てではない。
恐怖故に、敵の悪意に敏感。結果として、敵の反転がわかるのもあるのだろうが、それだけだと流石に理由としては弱い。
ミロンには人並み外れた知覚能力がある。
「神々の死体の効果だね」
「説明している場合かな?」
ミロンの背後に、クゼルが回り込んでいた。咄嗟に、もう一人のミロンはスティレットを放とうとする。
けれども、それよりも早くミロンが叫ぶ。
「引いて!」
反射的に、スティレットを引く。すると、刃は前に突き進んだ。
スティレットがクゼルを捉える。
「っ! 反転」
傷が消え、代わりにクゼルの肉体が再生する。傷を反転させたのだろう。
距離を取り、ミロンはハルバードを拾う。
それから穂先を下へ向けて、猪のように突進を開始した。
一歩毎に、反転が掛けられる。
ミロンはその度に、反対へ飛んだり前へ出たりを繰り返す。そして、クゼルが僅かに隙を見せた瞬間、もう一人のミロンへと交代した。
距離を一瞬で喰らい、クゼルの頭部へとハルバードを叩きつける。
「ほう」
ハルバードはクゼルの腕によって防がれていた。刃はクゼルの皮膚を裂いているが、あくまでそれだけである。
大したダメージは与えられていなかった。
けれど、一矢報いることができた。
ミロンは下がろうとするが、異変に気が付きその足を停止させた。
クゼルの姿がボヤけてきたのである。
「時間切れだね。『案山子の白昼夢』の効果が切れそうだ」
今までミロンたちが戦闘してきたクゼルは、どうやら彼の神々の死体にれより生み出された幻覚であったようだ。
「さて、消える前にお話ししようか。何せ、僕は遊戯の神。きみたちを楽しませてあげないといけないからね」
惚けたような口調でクゼルは言う。そこに神たる威厳は見えない。
「丁度良い小噺。そうだねぇ、もう一人のミロンくんの正体について、で良いかな?」
あは、とクゼルはいつものように微笑みを浮かべる。その表情には、もう一人のミロンのような残虐性はない。
そこにあるのは、ただ純粋な笑みであった。
「神とは何だろうか。答えは簡単だよ。世界の管理者さ。そして、神は世界を管理していく為に、永遠の時を生き続ける必要がある」
クゼルは楽しそうに、語る。
「心が壊れないように、うっかり世界を壊してしまわないように。僕たち神はあらゆる悪い部分を切り捨てる」
クゼルの演説は止まらない。止めることもできないだろう。何故なら、目の前のクゼルは幻覚なのだから。
「僕たちは神として生き残るけど、捨てられた悪い部分は他のモノになる。『紛い者』、又の名を魔を統べる王。それこそが……魔王!」
魔王、という言葉にミロンは首を傾げた。ゲームや小説などではよく聞く言葉だが、実際にいるとなると実感が湧かないのだ。
「そうだよね? 現魔王統括者であり、遊戯の神の対存在。遊戯の……いや、きみは遊戯という言葉が嫌いだったね。言い直そう」
クゼルは半分その姿を靄に消して、口元だけをこの場に留めている。その唇が言い放った。
「魔王統括。要するに、ゲームの大魔王ラウル。それこそがもう一人のミロンくんの正体さ」
もう一人のミロン――ラウルが牙をむき出しにして、クゼルの幻影に飛びかかった。その勢いに負けてなのか、クゼルの姿が掻き消える。
一つの言葉を残して。
その言葉とは、
「つまり、ミロンくん。きみは、かつてゲームの大魔王だったんだよ」
優し気とすら言えるような声が、ミロンの耳にまで届けられた。




