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落日の音  作者: もぃもぃ
22/22

 

 

 きーるど のね、ふえのおと、だいすき

 とっても きれい

 とっても あたたかい


 あしたも、あそぼう

 また、あしたも



 ふえをふいてね

 ずっとずっと







「ラヴェンナ、身体に障る」

「気づいていらしたのですか」

湖畔に佇む影が、ゆっくりとこちらを振り返った。

今日はその色が濃い夕日が、湖に落ちていた。

「ここでよく、そなたのために笛を吹いていた」

「あの侍女も、そう言っていました」

 わたしが胸に抱いているものを見たひとは、静かに言った。

「――キールドの父は、こちらに留めることにした。あの娘にも、しばらくいとまを出す。あの者・・・には、見ていてもらおう。キールドが幾年過ごしたこの地で、わたしが成すことを」

 割れた笛とリボンが、森からの風に揺れた。


「――いつか手紙をくれたことがあったのです。わたしがきっと、かなしい顔をしたから」

 忘れてしまった手紙。なくしてしまった思いも輝きも、本当はずっとそばにあった。

いいえ、もっと近くに。わたしは腹にそっと手を伸ばした。

 キールドが遊学すると話したとき、とてもかなしくて、ただ早くかえってきてくれることを願った。キールドの思いを真に知ることもなく。

キールドの苦しみを、わたしはひとつでも解っていたのだろうか。

手紙に託された思いを、わたしが理解していたら――

「わたしは償うことを赦してほしかった、キールドに」

 ふたたび湖に目を戻したひとが、そう言った。落葉に湖面が、波紋をつくった。

「叶えたかった。キールドが望んだことを。争いのない穏やかな国をつくりたかった。臣も肉親も自らの手で葬ったわたしを、キールドに赦してほしかった」

 声が、揺れた気がした。

「泣いて、いるのですか」

わたしはこのかたの、厳冬の夜空のような瞳を何度見たことだろう。痛みに沈む、この瞳を。


  泣かないで  ラヴェンナ


 キールド、あなたは、ずっとこんなにかなしい瞳を見ていたのね。

「泣かないで」

そのひとの頬に、手をあてた。熱い雫がわたしの手を濡らした。

その手を掴まれ、引き寄せられた。逞しい腕に、背を抱かれる。

「ラヴェンナ、ラヴェンナ」


 ――キールド、あなたはここにいる。いつまでもこの心に。

かなしみの塊は、いまとけた。それは血となり水となり、わたしの身体から抜けることはないだろうけれど。

「本当はずっと、待っていたのですねあのひとを」

背に回された腕が、一層の力を帯びた。

「待っていた。ずっと。だがここには、そなたがいる。ラヴェンナ」

ふいに身体が離され、正面から瞳が合わさった。

「どうかわたしと共に、あってほしい。キールドの、ためでいい。ラヴェンナ、泣いていい。望んでいい。望め、もっと、より多くを。新しい命と共に、あってほしい」


 ふとその一点に閃いた。否定しがたい、強固な確信となってその考えはわたしの前に現れた。

「もしかして――わたしを妃になさったのは、そのためですか」

対面にある瞳は、大きく見開かれた。苦いような顔をして、その視線はずらされた。

 ――なんだろう。可笑しい。

いつまでもこのかたは、わたしを通してキールドを見ているのだ。そしてそれは、わたしも。

 ――可笑しい。笑いたい。泣きたくて、笑いたい。

「――可笑しい。可笑しいですよ」

そう言って、涙が零れた。笑って、顔をおおった。

「――ラヴェンナ」

 首をふる。

かなしみの、涙ではない。苦しみの、心ではない。ひらかれた、傷ではない。

なつかしくて、あたたかくて、さみしい。光の戯れに、わたしはいたのだ。

同じあこがれでは、ないけれど。いまきっと、めぐったのだろう。

思いは、めぐる。光に、とけて。音に、つつまれて。

わたしたちは、いつの日でもきっと互いが望んだようになった。

わたしは生きていたいと、本当は望んでいたから。

償いの責も後悔の思いも、きっと消えない。けれど。

わたしはともにあろう。この命と。かたわらに立つひとと。


 あたたかい手が、わたしの涙をぬぐう。

「あなたがぬくもりを、伝えてくれたのですね」

 風が、森を渡り、湖面を伝う。

 茜色の湖水をすべる。

「そばにいてくれて、ありがとう」

わたしはふたたび、笛とリボンを胸に抱いた。


湖面に落ちた葉の陰が、ゆれる。

入り日は濃く、濃く、落ち葉を染める。

けれど湖水はきらめく。

澄んだ風を、光とするように。

湖水の茜が、一層のかがやきを帯びる。

光が、笛とリボンを照らす。

わたしは、ゆっくりと瞳を閉じる。

思い出の音を、抱くように。

わたしは、ゆっくりと、目を開ける。

音は、染まる。

なつかしくて、あたたかくて、ときにやさしい落日に、染まるだろう。


 

 春の暁

 夏の木漏れ日

 秋の落陽

 冬の星影


 めぐる 季節はともに



 光は 永遠に 君のなかに

 ラヴェンナ





 輝きは 永遠に










(終)


ここまでお付き合いくださいまして、本当にありがとうございます。

これにて連載を終了いたします。

たくさんの応援が、ここまでくる力となりました。

長らくのご愛顧、誠にありがとうございました。

お読みくださいましたすべてのかたに、心よりの感謝を申し上げます。

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