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雑用係の私ですが、草刈りしながらのんびりレア薬草を摘んでいます!3  作者: 志摩


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第12話 深海の静寂と透き通る青



 数ヶ月にわたってアトランティクス全域を覆っていた重苦しい毒気と緊迫感は、まるで最初から存在しなかったかのように綺麗に霧散していた。



 人々に恐れられていた深海の大穴。


 不気味な黒紫色の不快な光を放っていた廃プラントの跡地は、エルネが調合した冷晶中和剤粒子とアルディスの澄み切った極氷魔力によって隅々まで浄化され、いまやどこまでも透き通るような美しい群青の海へと生まれ変わっていた。



 アトランティクス王国の海底回廊を歩けば、ガラス越しの海中に柔らかな光を反射しながら泳ぐ無数の熱帯魚や、光る珊瑚の群落が見える。



 『死蝕の黒蓮』に侵されていた水質が完全に正常化された証拠であった。


「綺麗な青……。本当の海って、こんなに優しい色をしているのですね」



 大聖堂の回廊の窓辺に立ち、眩い水光を瞳に映しながら、エルネは感傷深気に息を吐いた。



 彼女の隣には、すっかり体調を取り戻し、普段の凛とした佇まいに戻ったアルディスが並んで立っている。


 城に戻ってすぐ倒れたアルディスは魔力と気力も限界だった。一ヶ月近く休養をし、ようやく帰国の手筈が整った。




 漆黒の礼装に身を包んだアルディスは、優しくエルネの肩を抱き寄せると、彼女の藍色の髪にそっと頬を寄せた。



「ああ。だが……俺にとっては、君の瞳に映る青のほうが何倍も美しい」



「あ、アルディス様……! もう、またすぐそうやってからかすのですから……」



 エルネが頬を真っ赤にして照れ隠しに俯くと、アルディスは愛おしくてたまらないというように微笑み、彼女の手を優しく握りしめた。



 あの日、深海の底で『血天秤の蛇(コブラ・デ・ラ・スカラ)』の不気味な影と対峙し、恐ろしい試練を乗り越えた二人。


 その手に伝わる温もりは、何物にも代えがたい絆の証明であった。




 その日の夜、アトランティクス海底にある王宮の神殿。その白銀の大広間にて、陸の使節団を歓迎する盛大な祝勝宴が催された。



 天井からは光を放つ美しい夜光貝のシャンデリアが吊り下げられ、テーブルには陸と海の最高の食材を使った煌びやかな料理が所狭しと並べられている。


 音楽家たちが奏でるハープとヴァイオリンの涼やかな旋律が、広間全体を華やかに彩っていた。


「……おい、エルネ」


 絢爛豪華な宴の喧騒の中、少し硬い声がエルネの背後から掛けられた。


 振り返ると、そこには豪華な王家の正装を身に纏い、どこか決まし悪そうに杯を片手に立つ第一王子、レオンの姿があった。



「レオン様。宴のお招き、ありがとうございます。本当に素晴らしいお料理ばかりで……」


「……ふん。お前のその『超絶鑑定眼』で、料理に毒が入っていないか鑑識されても困るからな。最高の料理人たちに手加減なしで作らせたまでだ」


 レオンは視線を逸らし、気まずそうに金の髪をかき上げた。


 だが、その青い瞳はどこか真剣な色を帯びており、彼は一度深呼吸をすると、エルネに向き直った。



「……礼を言う、エルネ。お前の圧倒的な鑑定眼と、どんな絶望的な状況でも他者を救おうとする……その心服に、我がアトランティクスは救われた」



「レオン様……」


「……それに、だ」


 レオンの耳の先端が、少し赤くなる。



「……お前を無理やり海の王国へスカウトしようとしたこと、そして力づくで手に入れようとしたこと……悪かった。俺の浅はかな傲慢だった。……謝罪する」




 一国の王子であり、誇り高き海の騎士であるレオンが、一人の少女に対して真っ直ぐに頭を下げたのだ。



 エルネは一瞬驚きに目を丸くしたが、すぐに胸の前に優しく手を当て、心からの柔らかい笑みを浮かべた。



「頭をお上げください、レオン様。私は最初から、レオン様が本当に海の民を想うお優しいお方だと分かっていました。……アトランティクスを愛するそのお気持ちがあったからこそ、私はこうして力になれたのですから」



「……お前というやつは、どこまでお人好しなんだ」



 レオンは参ったように肩をすくめると、ようやく口元に彼らしい不敵で魅力的な苦笑を浮かべた。



「だが、覚えておけよ。もしあの氷結男がお前を泣かせるようなことがあれば……いつでもこのアトランティクスに逃げてこい。俺が国を挙げてお前を保護してやる」



「おい、レオン王子。俺の目の前でエルネに不吉な提案をするのはやめてもらおうか」


 いつの間にかエルネの背後に滑り込んでいたアルディスが、冷気を含んだ眼光でレオンを睨みつける。



「ハッ!相変わらず過保護だな、氷結男! お前がエルネを甘やかしすぎて駄目にしないか心配しているだけだ!」



「余計なお世話だ。俺の愛はすべてエルネを幸せにするためにある」



「ふふっ」


 バチバチと火花を散らす二人を見つめながら、エルネは思わず声を立てて笑ってしまった。




「まあまあ、お兄様もアルディス様も! せっかくのめでたいお宴ですのに、相変わらず男同士でお見苦しいですわ!」



 華やかなドレスの裾を揺らしながら、ルチアとセシリアが楽しそうに歩み寄ってきた。


 二人の手には、アトランティクス特製の青い珊瑚の形をした美しいシュガークラフトと、陸の果実をふんだんに使った極上のタルトが乗った皿が握られている。



「エルネ! こちらの深海真珠のムースをご覧くださいませ! お口の中でシュワッと溶けて、とっても美味しいですのよ!」


「ええ、セシリアのお口にも合って良かったですわ。陸のフルーツと海のゼリーの相性は抜群ですものね」


 ルチアが微笑むと、セシリアと顔を見合わせ、二人同時に満面の笑みを咲かせた。



 スイーツを頬張りながら楽しそうに笑い合う二人の姿は、まさに陸と海の架け橋そのものであった。



 

「皆様……本当にありがとうございます」


 エルネが感慨深く呟くと、静かに佇んでいたガルドも歩み寄ってきた。


「エルネ。アトランティクス王家とヴァルハイト王国、そして我がギルド連合の間で、正式に取引が決まった」


 ガルドは豪快に、満足そうに微笑む。


「これから先、海の薬草や希少な鉱石、そして陸の調合技術が自由に行き来することなる。これもすべて、エルネとアルディスが頑張ったおかげだ」



 宴の光景を見渡しながら、アルディスはエルネの腰に優しく手を回し、その耳元で深く温かい声を囁いた。



「見ろ、エルネ。君が守り抜いた世界の姿だ」


「はい……! アルディス様、私……アトランティクスに来て皆様と出会えて、本当に良かったです」


 エルネの瞳から、一筋の温かい嬉し涙がこぼれ落ちる。



 アルディスはその涙を指先で優しく拭うと、誰にも邪魔させない強い抱擁で、彼女をそっと腕の中に包み込むのだった。


 海の底に響く祝祭の音楽と、人々の温かい笑顔。



 『血天秤の蛇(コブラ・デ・ラ・スカラ)』が落とした影を払いのけ、陸と海は固い絆で結ばれ、新たな平和の歴史がここから始まろうとしていた。




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