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REVENANT: SHONAN ZERO  作者: 狐目の仮面
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第五章:泥濘の祈祷 [第五十四話]鮮血の帰還

 夜明けの冷たい空気を切り裂くように、

 重々しいディーゼルエンジンの駆動音が藤沢市役所の敷地に響き渡った。


 巨大なコンテナを引いた大型トラックが、

 エントランス前の広場に滑り込んでくる。

 無骨な車体には無数のひっかき傷と、赤黒い血の跡がこびりついていた。


「……沙耶っ!」


 俺は、ひび割れた右拳を庇うことも忘れ、

 トラックへ向かって駆け出した。

 プシューッ、とエアブレーキの排気音が鳴る。

 運転席のドアが内側から力なく押し開けられ――ドサリ、と。


 運転席から、ボロ雑巾のようなものがアスファルトに滑り落ちた。


「沙耶ちゃん!」


 悲鳴を上げて一番に飛びついた奈々が、

 アスファルトに膝を打ち付けるのも構わず、

 沙耶の体に覆いかぶさった。

 原形をとどめないほどに引き裂かれた制服。

 全身を覆い尽くす赤黒い血。


「うそ……やだ、血が、なんで……ッ!」


 奈々の両手が、激しく痙攣するように震えていた。

 彼女は真っ白になった指先で必死に沙耶の腹部や首筋の傷口を塞ごうとするが、

 溢れ出す鮮血は無慈悲に奈々の指の隙間をすり抜け、

 彼女のセーラー服を赤黒く染め上げていく。

 隣では桜が、沙耶の泥まみれの顔を小さな両手で包み込み、

 自分の涙でその泥を洗い流すようにボロボロと泣き崩れていた。


「ストレッチャーを持て来い! 早く!」


 俺が市役所のロビーに向かって絶叫すると、

 正人が重い足取りで無言のまま進み出た。

 彼は顔面を苦痛に歪めながらも、

 両腕の筋断裂など存在しないかのように、

 その巨体で沙耶の小さな体をそっと抱き上げた。

 沙耶の目はうっすらと開いていたが、

 光はない。胸の起伏は今にも止まりそうだった。


 俺たちが、

 世界で一番大切な仲間の命を繋ぎ止めようと

 必死に息を呑んでいた、

 その時だった。


「お、おい見ろ! トラックの荷台……!」

「嘘だろ……段ボールの山だ! 食い物だ!!」


 市役所のロビーから、

 信じられないほどの熱気を帯びた足音が押し寄せてきた。

 餓えと恐怖に支配されていた大人たちが、

 血走った目をひん剥いてエントランスから雪崩れ込んでくる。

 彼らの視線は、死に瀕している沙耶には一秒たりとも向けられていない。


「ウォォォォッ!!」

「どけっ! 俺が先だ!!」


 我先にとトラックへ群がる大人たちの波が、

 沙耶を囲んでいた俺たちを無遠慮に押しのけた。

 ドンッ、と一人の男の肩が桜にぶつかり、

 彼女が弾き飛ばされて尻餅をつく。

 男は謝るどころか桜を一瞥すらせず、

 トラックの荷台へ手を伸ばした。


 正人が抱え上げた沙耶の腕から、

 赤黒い血の雫がアスファルトにポタツ、と落ちる。

 その血が、食糧へ群がろうとしていた別の若い男の靴に跳ねた。


「……うわっ、キモッ!」


 男は弾かれたように飛び退くと、

 自らの靴先と、

 瀕死の沙耶を交互に見て、

 あからさまな嫌悪に顔を歪めた。


「おい、こんなとこでバケモノの血を撒き散らすなよ。

 食い物に感染うつったらどうすんだ!」

「……お前、今、なんて言った?」


 俺の喉の奥から、低く掠れた声が漏れる。

 だが、俺の怒りなど意に介さない様子で、

 群衆の中から竹本が偉そうに顎を上げて進み出てきた。

 竹本は荷台の食糧を見ると下卑た笑みを浮かべ、

 それから正人の腕の中で力なく首を垂れる沙耶を一瞥した。

 まるで、道端のゴミでも見るような冷たい目だった。


「おいおい、そんな死にかけのガキ、早く外へ放り出せよ」

「…………は?」

「もう助からねえだろ。

 ここで死なれて、急に化け物に変わられたら大迷惑なんだよ。

 俺たち『市民』の安全を考えろ」


 竹本はハエでも追い払うように手を振ると、

 尻餅をついて震えている桜と、

 血まみれの手で茫然と見上げている奈々を指差した。


「おい、そこの女子中学生!

 泣いてる暇があったら、

 さっさと火を熾してお湯を沸かせ!

 俺たちは二日もまともなもんを食ってないんだ、

 早く炊き出しの準備をしろ!」


 ――視界が、真っ赤に染まった。

 周囲の喧騒がスッと遠のき、

 自分の心臓が警鐘のようにドクン、ドクンと

 嫌な音を立てるのだけが聞こえた。


 こいつらは、

 自分たちでリスクを負うことは一切しなかった。

 安全な場所で震えていただけのくせに、

 俺たちの仲間が命を削って持ち帰ったものを

 当然の権利のように奪い、

 命の恩人をゴミのように捨てろと言い、

 震える少女に労働を押し付けているのだ。


 骨折している右拳を、ギリギリと握りしめる。

 砕けかけた骨が肉の中で嫌な音を立てたが、

 痛みは感じなかった。

 ただ、胃の腑から込み上げてくる強烈な嘔吐感と、

 殺意にも似た怒りが全身の血液を沸騰させていく。


 ふと横を見ると、

 正人の顔から一切の表情が消え失せていた。

 彼の首筋には太い血管が青々と浮き上がり、

 愛用の鉄パイプを握るはずだった両腕の筋肉が、

 限界を超えてミシミシと膨張している。

 普段は眠たそうなその瞳孔が明確な『敵』を前にして真っ黒に淀んでいた。


「お前ら……」


 俺は、無意識のうちに竹本へ向かって一歩踏み出していた。

 折れた右拳を、殺す気で振りかぶる。


「ふざけるなッ!」

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