22話 旅路とお出かけ
打ち合わせの日から三日後。俺たちはいつもの装備の上から黒い修道服を着こみ、早朝からずっとマリアの乗った馬車の横を馬で並走していた。並走とはいっても、歩くよりは早い程度の速度で、自転車より遅いだろう。正直馬に乗れるようになったばかりの俺としては歩いたほうが楽だ。まあ慣れればこっちの方が疲れないのだろう。ちなみに修道服を着ているのは俺たちも護衛の一部だと一目でわかるようにするためだ。
馬に関するシスさんの教え方は丁寧で、全くの初心者の俺たちでも普通に走らせるくらいならできるようになった。それはよかったのだが、みっちり三日間の特訓コースだったことに加え、シスさんの馬トークが頻繁に挟まれ、乗り方におよそ関係ない話が半分近くを占めていたため非常に疲れた。マリアのあの表情は、シスさんのこの癖を知っていたからだろう。もしかしたら、普段から馬トークを聞かされていたのかもしれない。
そして馬のこととは別に、今回から俺は背中に諸刃の両手剣を背負うようになった。前回のオークとの戦いからある程度以上のサイズの魔物との戦闘に大きな武器が必要になることを学び練習を続けてきたが、今回からはそれを本格的に実践に組み込むことにしたのだ。もちろん失敗の許されない依頼である以上、必要ないと感じた場合は素手で戦うつもりだが。
そういえばシスさんの戦い方について少しだけわかったことがある。といっても武器の種別が分かっただけだが。シスさんは背中に大きな斧を背負っている。やはり魔物を相手にしてきた冒険者らしく、大きな獲物を愛用しているようだ。シスさんの人柄には合わない気がするが。
旅路自体は魔物も現れず、盗賊の類もやってこない至っておだやかなものだった。少し拍子抜けだったが、マリアを守りながら戦うことのリスクを考えれば助かったと言えるだろう。そして正午を過ぎて少し経ったころ、最初の町に到着した。
「聖女マリア様とお連れの方々ですね、話はうかがっています、念のため代表の方が確認を…」
「私が代表者です。確認を」
門前での手続きやらなにやらはすべてシスさんが行った。特に何の問題もなく確認はとれ、最初の街に入ることができた。あまり大きくはなさそうな町だが、俺たちが暮らしていた公都ワモスは公爵領の中心地でありかなり大きな町だったので俺の感覚が狂っているのかもしれない。
宿を取り、部屋を割り当てられる。聖女の一行だけあり、泊まる宿もかなり大きな宿だ。ちなみに俺とハルカはどちらも個室で、もちろん別室だった。おかしな勘違いがなくて助かる。
部屋に荷物を置く…ことはしない。俺の荷物は武器以外ポーチにしまってあるので、おろす荷物がないのだ。今朝そのことをシスさんに突っ込まれたが、素直に魔法のポーチを持っていると説明して納得してもらった。ハルカ曰く、多く物が入る魔道具はかなり貴重で高級な品のはずだが話には聞いたことがある、とのだったので、そのくらいの希少さのものなら話してもいいだろうと思ったのだ。もちろん、相手がシスさんだから話したわけだが。実際、少し何か言いたげではあったが素直に納得してくれた。まあ、なんでそんなものを銅級冒険者が持っているのか、普通は気になるだろう。ちなみに剣を背負っているのは、単純に剣のつばがポーチの入り口に通らない大きさだからだ。まあそうでなくても武装していることを示すために背負うつもりではあったが。
ともかく、俺は修道服だけ脱いでハルカと合流し、シスさんに事前に知らされた時刻にマリアの部屋に向かった。
(お待ちしていました。さあ早く)
(やっと来た!さあ、さっさと行くわよ!)
シスさんに迎えられた俺たちが部屋の扉を開けると、小声で、しかし興奮した様子のマリアが迫ってきた。
いつもの白い修道服ではなく、小奇麗ではあるが旅人然とした服装になっている。これなら服装から浄化院関係者だとはわからないだろうし、俺やハルカと並んでも違和感はないだろう。
(夕飯までにはお戻りください。この町の町長殿がマリア様と夕食をご一緒したいとおっしゃられていますので)
(断ればいいのに、そんなの!)
(夕食のお誘いがなくてもその時間までには戻っていただきませんと。いくらなんでもそれだけ長くマリア様がいないとなると、異変に気が付く者がいてもおかしくありませんから)
(もう、わかったわよ!さ、行きましょ二人とも!)
あまりこの状態で長居するのはよろしくない。俺たちはさっさと宿から抜け出した。
◇
「わあ~!すご~い!」
マリアが目を輝かせながら先頭を歩く。今俺たちがいるのはこの町唯一の商店街で、肉屋や魚屋、八百屋やパン屋など、どの町にもありそうな店が一通り並んでいるだけだ。やはりそう大きくはない町なのだろう。
「マリア様、大きな声を上げると目立ちますよ?」
「そうね、ごめんなさい。でもハルカも、様付けは止めないと目立っちゃうわよ」
「確かにそうですね、ではマリアさん、どのお店に向かいましょうか?」
「うーん、そうねえ…」
マリアはきょろきょろと周囲を見渡すと、一つの店を指さした。
「あのお店に行きましょう!なんだか掘り出し物の予感がするわ!」
マリアが指さしたのは他の店に比べてやや古い建物の店だった。外からだと何の店なのか一見してわからないが、店先の小さな看板には少しかすれた文字で雑貨屋と書かれていた。
ずんずんと店に近寄り中に入っていくマリアを、俺たちは慌てて追いかけたのだった。
「ごきげん…じゃない、こんにちは!」
「あら、こんにちは。おやまあ、これはまた可愛らしい娘さんだねえ。大したものはない店だけど、ゆっくりしておいき」
出迎えてくれたのは穏やかに笑う優しそうなおばあさんだった。外観からは考えられないほどきれいに掃除された店内には日用雑貨のほか、いくらかの本やアクセサリーなどが並べられていた。
「ええ、そうさせてもらうわね。ああ、もうすでに楽しいわ!」
興奮冷めやらぬといった様子で店内を見て回る。並んでいる商品の多くは日常的に目にするようなものばかりだが、生活の中で見かけるのと店に並べてあるのを見るのとでは感じ方に違いが出るのだろう。どんなものにも大げさなくらい興味を示していた。
「どうだ?何か欲しいものとかはあったか?」
しばらくしてマリアに尋ねる。実はこのお忍び中にマリアの希望で買ったものについては、あとでシスさんからその分のお金を受け取れることになっている。それもあって、俺は遠慮なくマリアに気になったものを聞いた。
「うーん……ほしいもの、ねえ……」
マリアは少し考えたあと、俺の着けている望郷の指輪に目を向けた。
「そうね、指輪、指輪が欲しいわ」
「指輪か、うーん…俺にはちょっとわからないな。ハルカ、頼む」
「え、私指輪なんてしたことも買ったことも無いですけど…」
そうか、そうだよな。すまんハルカ。
しかし参った。こうなるともう、マリアのセンスで選んでもらうしかないな。
「おや、指輪かい?それならちょっと面白いものがあるよ、ええと、たしかここに……」
おばあさんが店の奥の方を探り、少しして小さな箱に入った二つの同じ指輪を持ってきた。黄色い宝石のついた指輪だ。
「これは?」
「この指輪はね、以前この街に来た冒険者さんに店の商品と交換でもらったものなのさ。お金がなくて困ってたからねえ、お金はいらないって言ったんだけど、代金の代わりにって渡されたのさ」
「綺麗……」
「そうでしょう?なんでも、指輪を着けて十分な魔力を込めれば、ほんの少しの間だけ、もう一つの指輪をしている人に言葉を伝えられるそうだよ」
「少しの間って、どのくらいなんです?」
「さあ……でも、思いのこもった言葉なら、短くても気持ちは伝わるはずだよ、なんだか素敵だと思わないかい?」
まあロマンチックな話だとは思うが、それでも魔道具だしな。値段が張りそうだ。我ながら情緒も何もない思考に至る。
「これにする…あたし、これがいい」
マリアは指輪を見つめ、静かに言った。まあ値段は問題じゃないな。このマリアにとって数少ない機会に、マリアの思い出に残るものを買うことが一番重要だ。
「おや、やっぱり気に入ったようだね。じゃあ、この指輪はもっておいき」
おばあさんが指輪を箱ごとマリアに渡す。俺は財布を取り出した。
「ああ、お金は結構だよ。もともとこの指輪を受け取ったときもタダにするつもりだったし、そんなにきれいなお嬢さんに着けてもらえるなら、その指輪も喜ぶよ」
「おばあちゃん、ありがとう!……じゃあほら、これ」
マリアが指輪の一つをこちらに差し出す。なんだ?俺は首をかしげた。
「何してんの、ほら、さっさと受け取りなさいよ」
心なしかマリアの顔が赤い気がする。まさか、照れてるのか?
もたもたしていると怒られそうなので、指輪を受け取った。
「むむむ……」
「まあ、まあ、若いっていいことだねえ」
マリアは顔が赤いし、おばあさんは嬉しそうだし、ハルカは若干不機嫌だ。
え、ええと、どうしたものか。
プロポーズに指輪を送るなんて風習、ここにはないよな、異世界だし。
適当な考えで自分をごまかしつつ、俺たちは店を後にしたのだった。




