魔王軍、襲来 その八
アマハが去った後、この戦いに参加している全員に私はメッセージを送信する。その内容はもちろん、敵の増援が来る可能性が高まったこと、そしていつでも撤退出来るように心構えをしておくようにというものだった。帰るまでが略奪なのである。
私がメッセージを送った直後、ミケロからメッセージが届いた。その内容は神殿の奪取に失敗したというもの。どうやら完全に奪われる前にアールルが天使に命じて神殿そのものを破壊してしまったようだ。自分の神殿が奪われるくらいなら壊してしまえ、ということだろう。
奪えなかったことは残念だが、人類プレイヤーからアールルの恩寵を奪い取れただけで良しとしよう。何、状態異常にしやすくなる効果を期待出来なくなるだけさ。
ミケロは不甲斐ないとか申し訳ないとか謝罪の言葉を並べているので、よほど悔しかったのだろう。確かに残念だが、意識を切り替えるべきだ。私は労いと慰め、そして余り気にする必要がないことをメッセージで伝えた。
「これからどうするの?時間はほとんどないみたいだけど」
「わかっている。だが、アイリスの頼みをまだ果たせていない。時間的に探せる場所は一つだけ…仕方がない。ヤマを張って一ヶ所を調べるぞ」
「それしかありませんか。それで、どこを調べるんです?」
「そうだな…」
私は思案を巡らせる。アイリスが求めるアイテムはかなり希少だと聞いている。そんなアイテムが保存される場所は限られるだろう。
だが、そう言う場所は得てして警備も厳重だと思われる。今すぐに向かって物色し、すぐに見付けて逃げられる。そんな都合の良い場所などあるだろうか?
「わわっ!もう、何回聞いても噴火の音はビックリするね!」
「そーだねー」
「確かに大きな音だか…ら?」
場所について考えていると、塔を占拠したトロロン達が再び噴火させて溶岩弾を放った。最初は宿屋など狙っていたようだが、今は目ぼしい宿屋を破壊したらしい。今は戦いが起きていなさそうな場所に溶岩弾を発射しているた。多くの建物が溶岩弾によって破壊され、焼き払われたことで火の海となっていた。
そんな中で、私は偶然にも目撃していた。溶岩弾が直撃する直前、バリアのようなものが発生してそれを防いだ建物があったのだ。その建物は何の変哲もない民家のようにみえる。しかし、他の建物にはない防御力は注目に値するだろう。よし、決めた!
「あそこに行くぞ。目的のモノがなかったとしても、代わりになるアイテムがあるだろう。カルとリン。また上空から仲間達をフォローを頼んだ」
「グオオン!」
「クルルッ!」
威勢良く返事をした二頭の龍が飛び立ったのを見送った後、私達はあの民家を目指して歩き始めたのだった。
◆◇◆◇◆◇
「イザームから連絡だ。もうすぐ敵の増援が来るってよ」
「じゃあ何時でも撤退出来るようにしなきゃね」
イザームからのメッセージを受け取ったマック17は、目の前の敵兵を殴り倒しながら『不死野郎』のメンバーにその内容を伝える。ポップコーンはそろそろ時間かと撤退の準備を開始することにした。
彼らが狙ったのは官軍の物資を保管している倉庫である。その理由は物資不足に喘いでいたからだ。
『不死野郎』のメンバーは『八岐大蛇』や『ザ☆動物王国』のメンバーのように種族として保有する攻撃手段が少なかった。そこで武具の類いが必要になるのだが、街などに入れない彼らはそれを入手する手段が非常に乏しかったのだ。
彼らもイベントや度重なる冒険でしっかりとした装備を整えている。しかし修繕などに必要なアイテムはカツカツだった。この襲撃はそれらを得られる絶好の機会だったのである。
彼らは真っ先に倉庫へと向かい、混乱している兵士を薙ぎ払って手当たり次第に物資を回収していった。だが、しばらくすると衛兵に混ざってプレイヤーがやって来るようになる。カルとリンの上空からの急襲によって難を逃れたものの、その時の戦いで数人の仲間を討ち取られていた。
彼らの分もアイテムを集めるべく粘っていたのだが、そろそろ潮時ということならば執着するつもりはない。『不死野郎』のメンバーはアイテムの収集を放棄して倉庫の外へ出ていった。
「とぉう!」
「うおっ!?」
彼らが倉庫の外に出た時、彼らの目の前に大きな何かが降り立った。敵かと思って警戒したマック17達だったが、それが翼の生えた虎である気付いて武器を下げた。
「タマかよ。驚かせやがって…」
「おっ!良いところに!こっち来て!」
「お、おい!?仕方ねぇ!行くぞ!」
訳がわからないがタマは急かすだけでさっさとどこかへ向かってしまう。無視するわけにも行かないので急いでその後を追う。タマの走る速度が速すぎて着いていくのも難しかった。
唯一の救いはタマが走りながら色々なモノを壊していることだろう。何かが壊れたり勢い良く倒れたりする音や行き掛けの駄賃のごとく倒される兵士の断末魔が道しるべとなってマック17達を導いてくれる。『ザ☆動物王国』の者達が苦労している点が、図らずも良い方向に働いたのだ。
「援軍だ!」
「新手かよ!」
そうして彼らがやって来たのは街を守る城壁に近い広場だった。そこでは『ザ☆動物王国』や『八岐大蛇』のメンバーが集結し、人類プレイヤーと乱戦状態になっていたのだ。
戦況はやや押され気味であり、このままでは撤退するどころかここで討ち取られてしまう。彼らを救うためにも、マック17は仲間達を率いてその戦いに身を投じた。
「助かったんでござんす!ちょいとばかり苦戦中でござんしたもんで!」
「気にすんな!仲間だろ!シッ!シッ!シュッ!」
「ぐうっ!?」
尾を薙いで牽制したウロコスキーにそう応えたマック17は、ウロコスキーの背後から襲い掛かろうとするプレイヤーに殴りかかる。彼の体格からは想像もつかないほど鋭いジャブから始まるコンビネーションは全く淀みがない。明らかに格闘技、それも打撃系の何かを嗜んでいる者の動きだった。
しかし、それだけでやられるほど相手のプレイヤーも甘くはない。何発かは殴られたものの、装備していた盾である程度防いでいる。彼もこれだけで仕留められるとは思っていなかったので、仕切り直しとばかりに二つの拳を顎の前まで上げて両足が浮かない程度に身体を上下させ始めた。
「相変わらずキレのある動きに惚れ惚れする思いでござんすよ」
「そんなお世辞は良いから、前だけ見てな」
「そいつぁ手厳し…おお?」
軽口を叩いていたウロコスキーだったが、彼らの戦っている広場の端の方で一際大きな騒ぎが起きていた。そこではプレイヤーが強風に煽られた木っ端のように吹き飛ばされているではないか。
それを行っているのは他でもない邯那と羅雅亜の夫婦コンビにセイと彼の従魔達だった。長柄武器を用いて騎乗戦闘を行う彼らは、その戦闘スタイルの類似性から良く共に行動してお互いに意見交換などもしている。それ故に彼らの連係は抜群だった。
広場に続く大通りから全力疾走していたからか、十分に速度が乗っていた彼らの突撃を受け止められる者など極少数であろう。そしてそこまでの手練れであれば賊軍を相手に不覚をとることはほぼない。結果、この突撃を止められる者などいなかった。
「グルオオオオオオオッ!!!」
「うわぁっ!?」
「本当に龍じゃねぇか!」
更に上空からはイザームと別れたカルナグトゥールが襲来する。大好きな主人に仲間を頼むと言われたカルナグトゥールの士気は非常に高い。全身の鱗を逆立てて咆哮で殺意を振り撒きながら襲い掛かった。
レベルだけの強さだけであれば決してプレイヤーを圧倒するほどではないのだが、カルナグトゥールの威圧的な外見に加えてジゴロウと源十郎から教わった戦い方がある。数人のプレイヤーを相手にしつつ、むしろ優勢と言えた。
それはプレイヤーではない魔物とは思えぬ隙のない立ち回りと、何人ものプレイヤーが既に討ち取られているという情報が原因だった。彼らの間に伝わっている情報は『黒い龍は上空から急襲する勢いで踏み潰して来る』というもの。カルナグトゥールが狡猾に立ち回るのも得意なことは知らなかったのである。
またカルナグトゥールの猛々しい咆哮と外見から、彼の戦い方は力任せで強引なものだと思い込んでいたのもプレイヤーにとって不幸と言えよう。想像とは異なる動きに翻弄され、討ち取るどころか逆に討ち取られていた。
「よォ。楽しそうなことになってんじゃねェか。俺達も混ぜてくれるよなァ?」
「「「「「ヒャッハー!!!」」」」」
そんな広場の戦いに参戦したのはジゴロウと『怒鬼ヶ夢涅夢涅』の一行だった。盛大な戦いの音に連れられてやって来た彼らは、嬉々として最も激しくぶつかり合っている場所へ突っ込んでいく。
戦うことそのものを楽しむ彼らにとって、この乱戦はむしろ望むところである。ジゴロウの鉄拳がプレイヤーを殴り飛ばし、『怒鬼ヶ夢涅夢涅』のメンバーは下品に笑いながらそれぞれの得物を振り回していた。
「ぐげっ!?」
「上だ!飛んでる奴がいるぞ!」
更にミケロ達も戦場へと到着する。彼らは神殿を乗っ取るという役割を果たせなかった。イザームは別に構わないし、むしろ彼らが巻き込まれずに済んで良かったとメッセージを送っていた。だが、だからこそ申し訳ないという気持ちを抱かずにはいられなかったのだ。
それ故に挽回を狙う彼らの士気は非常に高い。後のことなど考えず、全てのリソースを使いきるつもりで苛烈な攻撃を開始する。フォティンの戦いは終盤にあってより激しいものになるのだった。
次回は4月25日に投稿予定です。




