魔王軍、襲来 その三
「ふむ、戦況はこちらの優勢で進んでいるようだが…そうか、死に戻りのプレイヤーがこんなに早く現れるとは思わなかったな」
私は小まめに全員からのメッセージを受け取るようにしていて、全体としての流れは把握していた。それによると我々『魔王軍』の優勢でこの侵攻作戦は進んでいる。それ事態は良い傾向と言えた。
しかし、ジゴロウからの『死に戻りしたプレイヤーと戦った』という報告は懸念材料だろう。他の者からも次々と同様の報告が届いている。賊軍側も頑張って抵抗しているらしく、官軍側のプレイヤーを既に数多く返り討ちにしているようだった。
「けど、それも想定してたんだよね?」
「ああ。だが、こんなに早く戻ってくるとは思っていなかったのも事実だ」
「賊軍側が相当に追い込まれてるって話でしたから、油断して返り討ちにあう者達が現れるのはもっと先だって予想してましたもんね」
エイジの言う通り、プレイヤーが現れること自体は想定済みだった。ただし、そのタイミングが想像以上に早かったのもまた事実である。賊軍も奮闘しているらしい。そんなに頑張らなくても良いのに…まあそれは完全にこちらの事情なのだが。
しかしながら、想定内だと言うことは我々も対処法を練っていると言うこと。その鍵を握るのは、我々のクランで唯一の神官職であるミケロだった。彼の働き如何によっては侵攻が楽になるだろう。頼んだぞ、ミケロよ!
◆◇◆◇◆◇
「ハッ!今、イザーム様に期待を寄せられている気がしました」
「…いきなり何を言っとんねん」
「時々、ミケロ君がわからなくなるよ」
「ハッハッハ!そんなものだと思った方が良いでござるよ!」
自分の足首に触手を巻き付けながら急に意味がわからないことを言うミケロに七甲は突っ込みを入れる。モツ有るよはそれに同意し、彼の脚にぶら下がるネナーシは個性だから受け入れろと笑い飛ばした。
空を飛ぶ、あるいは浮遊することが可能な三人と運ぶのに苦労しないネナーシが一つのパーティーとなっているのは偶然ではない。彼らには明白な目的があった。
「あれが目的の神殿ですな!」
ネナーシが見付けた目的の場所。それは『光と秩序の女神』アールルの神殿であった。彼らの目的はこの神殿を占領することである。あくまでも破壊ではなく、占領することが肝要なのだ。
この提案をしたのはミケロ本人だった。彼にはある考えがあり、それをイザーム達も支持している。自分が提案したことだからこそ、ミケロはやる気に満ち溢れていた。
「神殿に殴り込みかぁ。えらい懐かしいなぁ」
「あの時はイザームを含めて三人で殴り込みましたねぇ」
神殿に攻撃するという行為について、七甲とモツ有るよの二人は以前の戦争イベントの時にイザームと共に神殿を襲撃したことがある。その時のことを思い出していた。
あの時は女神が召喚した天使と戦った。あの程度の敵ならば、今の彼らならば倍以上の数で襲われても確実に勝てる。それは過信ではなく、単純なレベル差によるものだった。
「今回もまた天使が出るんやろか?」
「まあ、出ると思いますよ。同じ強さなら楽勝でしょうが」
「天使でござるか。ジゴロウ殿のお陰で強くなった拙者の力試しに付き合ってもらいたいですぞ」
「頑張ってくださいね。ですが、くれぐれも神殿を壊しすぎないように頼みます」
ネナーシはジゴロウにアドバイスしてもらってから、地道に擬態を使いこなすべく練習してきた。それを知っているミケロは心から彼を応援していた。
だが、目的を忘れないように言うことも忘れてはいなかった。忘れていると本気で思っている訳ではないが、自分の役割だと思う責任感から言わずにはいられなかったのである。
「もちろんでござるよ。さて…あとちょっとでござるが、どうやって中に入るので?」
目的地が目と鼻の先に至ったところで、ネナーシは何気なく二人に尋ねた。すると二人は顔を見合わせてから、同時にニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべた。
「どうやっても何もあらへん。なぁ?」
「そうですね。我らが魔王様直伝の方法で行きましょう」
「おうよ!突っ込むでぇ!」
「ちょっ!?」
「マジでござるかぁ!?」
二人は速度を落とすどころか加速して突っ込んでいく。そしてそのままステンドグラスへと体当たりを敢行し、そのまま突き破ってしまった。
まさかの思いきった行動に、飛行の補助を受けている二人は思わず大きな声で悲鳴を上げてしまう。だが、それ以上に大きな悲鳴を上げた者達がいる。それは神殿の中で女神に祈りを捧げていた神官達だった。
「あぁっ!?女神様が!?」
「まっ、魔物が入って来たぞ!」
「ひぃぃっ!?」
街の中にある神殿にいる神官は、信仰心こそ篤いものの決して戦い慣れている訳ではない。そう言う者達は軒並み官軍と共に回復要員として賊軍の討伐に同行したからだ。
残った者達は教会に残って彼らの戦勝を祈っていたのだが、『魔王軍』による侵攻を受けて祈りの内容は一刻も早く恐ろしい魔物達が撃退されることに移っていた。そんな時に女神を象ったステンドグラスが割られ、さらに魔物の侵入を許したのだ。パニックに陥ってもしかたがないだろう。
「皆の者、落ち着くのだ!神聖なる神殿には女神様のご加護がグゲッ!?」
「確かにアールルの加護はありますね。それは否定しませんよ」
最も高齢な神官が事態を収集しようと声を張り上げたものの、言い切る前に上からフワリと降りてきたミケロによってその頭部を殴られて昏倒する。生死を確認することなく、彼はまだ神殿に残っている者達に見せ付けるようにして全ての眼を見開いた。
中央にある大きな眼、そして触手の先端にある様々な眼を見てしまった神官達は恐怖に震え上がる。彼の上には七甲とモツ有るよが飛んでおり、そこに加えて擬態したネナーシが地面に着地した。
この教会に相応しい真っ白な翼を持つものの、烏の頭に山伏風の装備という天使とは程遠い出で立ちの七甲。蝙蝠の翼を広げて狂暴そうな顔で睥睨する悪魔そのものであるモツ有るよ。この二人だけでも戦う力を持たない神官にとっては恐怖の象徴と言えただろう。
しかも今回は擬態をしたネナーシまでいた。彼はジゴロウから教わったように骨格となる部分を作るようにしてから、その上で見た目にもこだわるようになっていた。
今回の彼のコンセプトはより恐怖を煽る見た目である。蔓を編んで作ったジゴロウのような筋骨隆々とした肉体に、棘だらけの太くて長い尻尾、頭部には何種類もの食虫植物の捕食器官を出鱈目に組み合わせた醜悪なモノが乗っている。魔物を見慣れていない者達にとって、恐怖以外の何物でもなかった。
「うっ…うわああああっ!」
「助けてぇぇ!」
四人を前にした神官達は蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。これは四人の見た目に恐れをなしたという理由だけではない。悪魔系の種族が持つ威圧系の能力で恐怖を煽っているからだ。
神官達がいなくなったものの、四人が一息つくことはなかった。何故なら、神殿に鎮座する『光と秩序の女神』アールルの石像が輝き始めたからだ。
『あっ、あっ、あんた達ねぇ!性懲りもなくまた来たの!?』
「やはり来ましたか」
「お邪魔してまっせ~」
「おぉ~、神が降臨するとこうなるのでござるか」
石像から聞こえてくる声は、以前の戦争時に聞いた女神の声と一致している。女神が降臨した訳だが、一行の反応は非常に薄い。一度乗り込んだ経験から、こうなることは意外でも何でもなかったからだ。
モツ有るよは平然と浮かんでいるし、七甲は錫杖をジャラジャラと鳴らして軽く手を振るだけ。ミケロに至っては完全に無視して何かの作業に入っている。最も大きな反応を示したネナーシでさえ、興味深い以上の感想はなかった。
しかし、彼らの反応は女神にとっては癪に障るものだったらしい。普段から信仰する人類の住民や一部の風来者のファンに讃えられている彼女のプライドを傷付けてしまったのだ。
『さっさと出ていきな…ちょっと、そこの目玉!あんた、それって…!?』
「おお、気付かれてしまいましたか」
即時退去を命じようとしたアールルだったが、黙って黙って作業に入っているミケロの方から彼女にとって気に入らない気配を感じた。そこで彼女は見てしまったのだ。ミケロがここに持ち込んだモノを。
彼が神殿の中央に持ってきたのは、一つの小さな人形であった。清楚な印象を受ける美女がモチーフとなった木彫りの精巧な人形であり、長い灰色に着色された艶のある髪と彼岸花の刺繍入った着物を着せられている。
そんな人形が乗せられているのは、半径三十センチメートルほどの台座であった。その頭蓋骨と渦の模様が刻まれている。問題はこの模様がとある女神の聖印であることだった。
『あのクールぶった陰険女の聖印なんて持ってくるんじゃないわよ!』
「酷い言い様やなぁ。同じ女神なんと…」
『この!光輝く!私と!深淵の宮殿か!月の裏側で!引き籠もってる!陰・険・女を!同列にしないで!』
「す、すんまへん!」
ミケロが持ってきたのは『死と混沌の女神』イーファの女神像と彼女の聖印だった。それを見てアールルは怒り狂っている。その怒り方は彼らが神殿に侵入した時よりも激しかった。
七甲は純粋に疑問に思ったのだが、アールルはそれを食い気味に訂正するように命じた。その鬼気迫る声音に圧倒されてしまった七甲は思わず平謝りしてしまった。
「ほう?女神様はそのような場所におられるのですか」
「これは良い土産話が聞けましたね」
「月はともかく、深淵の宮殿とはどこにあるのでござろうか?」
ただし、七甲以外の三人は動じていない。それどころかネナーシに至ってはアールルの漏らした情報を分析し始めていた。
アールルは七甲の言葉が何かの琴線に触れたせいで怒鳴っていたが、少しだけ冷静さを取り戻す。しかしながら、その時にはミケロがやろうとしていることの準備は終わっていたのだ。
『とにかく、そんなモノは片付けてさっさと出ていきなさい!今度はもっと強い天使を送り込むわよ!?』
「やれるものならやってみて下さい、女神様」
『言ったわ…ね…?あ、あれ?まさか!』
「やっとお気付きになりましたか。我々の目的がこの神殿を乗っ取ることだと言うことを」
ミケロがそう言うのと神像から黒い靄が滲み出たのは同時であった。誰も見ていなかった神像の顔は、明らかにニヤリと笑っているのだった。
次回は4月5日に投稿予定です。




