魔王軍、襲来 その二
「これでよし、と。それにしても、皆がんばっているようだな」
「オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛…」
フォティンの街はそこら中から戦闘音が聞こえてくる。歩みを進めれば衛兵やら武器を持った一般人やらの死体が転がっており、私はそれらを生ける屍に変えて野に放っていた。
ちなみに、下僕たる生ける屍に細かい指示は出していない。ただ襲えと伝えているだけである。即席の生ける屍は大した戦力ではなく、大切に扱うほどの価値はないからだ。
「結構生ける屍を作りましたね」
「素材はどこに行っても転がってるし、これだけお手軽に作れるなら作らない理由がないわよね」
うなり声を出しながら私の指示を待つ生ける屍を見ながらエイジは感心したように呟き、兎路は下僕の頭を剣の腹でペチリと叩いていた。彼女の言う通り簡単に戦力を水増しさせられるのだから、やらない意味がなかった。
そんな会話をしている内に、大きな建物の入り口からウールと紫舟が出てきた。衛兵の死体があることからわかるように、ここは既に制圧された後の場所である。敵と言える存在はいないので、私が生ける屍を作っている間にじっくりと物色してもらったのだ。
「どうだった?」
「んー、ダメだねー」
「やっぱり普通の民家には良い感じのアイテムとかはなかったよ!」
しかし大した成果はなかったらしい。二人が物色したのはただの民家であり、我々が欲しくなるほど優れたアイテムはなかったのだ。掘り出し物があるかと思ったのだが…紫舟が言う通り、漁るのならば場所を選んだ方が良いか。
「こいつで最後、と…んん!?」
私がこの辺りに転がっている死体の最後の一体を不死に変えた時、私の前に通知音と共に一行の文字列が表示された。そこには『【不死災魔王の大号令】の発動条件を満たしました。』と表示されていたのである。
おそらくは不死を大量に作ったことで配下扱いの魔物の数が増加し、発動条件を達成していたのだろう。私は意識していなかったが、予想外に良いことが起きたようだ。
「どうしたんです?」
「ああ、どうやら面白いことが出来るようになったらしい」
「面白いことー?」
「実際にやってみようか。使うのは初めてだが…【不死災魔王の大号令】発動!」
私は目の前に浮かぶ仮想ディスプレイに表示された『YES』の部分をタッチする。すると、私の身体から怨霊のようなオーラが出てきたかと思えば、それらが凄まじい勢いで私の身体から分離して飛んでいくではないか!
その怨霊は下僕の不死やエイジ達に向かって真っ直ぐ向かい、彼らに触れると同時に吸い込まれて行った。そして彼らの身体も私の身体から出たものよりも薄いものの、怨霊のようなオーラを纏い始める。何だか怨霊に取り憑かれたような見た目でちょっとホラーのようであった。
「ちょっと、何したのよ?何かキモいんだけど…」
「キモい…それはすまない。だが、ステータスは上昇しているのではないか?」
「うわ!本当だ!ちょっと強くなってる!」
「おー、幽霊だー」
「前に言ってた味方を強化する能力ですか。誤差ってほどじゃないステータスの上昇を全員に付与って、結構ヤバい能力ですね」
露骨に嫌そうな兎路は別にして、紫舟とウールは強化されたことを喜び、エイジは冷静に分析している。どうやら上手く作用しているようだ。
横を見れば怨霊のオーラを纏った即席の不死達の動きは少しだけ、だが確実に機敏になっている。これが他の仲間達にも同様に効果を与えているのだから、エイジの言う通り強力な能力と言えるだろう。
あ、アイリスからメッセージが届いている。どうやら上空で待機している彼女としいたけも効果が適応されるようだ。やったことについて返信しながら、私たちはフォティンの街を探索するのだった。
◆◇◆◇◆◇
「オラァ!ふぅ、片付きやしたね、アニキ」
「おう。あんまり歯応えはなかったけどなァ」
ジゴロウと彼の舎弟を自称する『怒鬼ヶ夢涅夢涅』の六人は共に行動していた。彼らを止めるべく決死の覚悟で挑む衛兵や街中にいた腕に覚えのある者達を返り討ちにしつつ、街の中心にある大きな建物を目指して進んでいた。
彼らの、と言うよりもジゴロウの目的はより強い者との戦いである。叶うならば勝てるか勝てないかわからないギリギリの戦いを求めていた。彼らが大きな建物を目指すのは、大きな建物ならばそれを守護する強者がいるだろうという単純な考えによるものであった。
「それにしてもさっきのはなんだったんです?」
「ステータスにゃ『強化状態:大号令』って書いてありやすが…?」
「あー…どうせ兄弟がなんかやったんだろォ。妙なことが起きたら大体兄弟が何かやった時だァ。よォく覚えとけェ」
「「「「「へい、アニキ!」」」」」
ジゴロウは舎弟達に尋ねられ、少し考えてからそう答えた。彼は自分が兄弟と呼ぶイザームの能力など覚えてはいない。だが、自分の周囲で何か大きなことが起きる時には必ずイザームが関わっている。彼はそう認識しているのだ。
実際、今回の事例に関しては彼が関わっているのは間違いない。ただ、『怒鬼ヶ夢涅夢涅』の五人に決して正しいとは言えない偏見を植え付けたのは確かであった。
「いたぞ!あいつらだ!」
「仲間の仇め!」
「囲むぞ!数で押し潰せ!」
六人が話している時、建物の影から二十人ほどの衛兵の集団が現れた。指揮官らしき意匠の異なる防具を装備している者が一人おり、しっかりと統率がとれているようだった。
自分達の三倍を超える人数の敵が現れたのだが、ジゴロウ達は一様に不敵な笑みを浮かべている。そして全員が慣れた様子でそれぞれの武器を構えた。
「やるぞ、テメェら」
「へい!行くぞオラァ!」
「「「「ヒャッハァー!」」」」
ジゴロウが静かに開戦の宣言をすると、『怒鬼ヶ夢涅夢涅』の五人は包囲が完成した衛兵に向かって突撃していく。ジゴロウと戦った時のような咆哮による威圧することはない。彼らにとって衛兵はそのために使う魔力の消費を渋る程度の敵であったからだ。
盾を構えて防御の陣形を敷いていた衛兵の部隊だったが、『怒鬼ヶ夢涅夢涅』の力の前では無力であった。彼らの使う凶器によって、盾の上から叩き潰していく。指揮官は必死に声を張り上げて立て直そうとしていた。
「よォ、俺とも遊んでくれやァ」
「!?」
そんな指揮官だったが、背後から掛けられた声に思わず背後を振り返る。そこにはそれまで目の前にいたはずのジゴロウが立っていた。
指揮官は慌てて一部隊を背後に向かわせようとしたものの、それよりもジゴロウの方が速かった。彼は一歩で指揮官の懐に踏み込むと、その速度を乗せて顎にアッパーカットを入れたのだ。
ジゴロウの動きはそれだけでは終わらない。彼は振り上げた腕を戻す力をも利用して、アッパーカットをしたのとは逆の腕で肘撃ちを胸に叩き込む。武技を使っていないにもかかわらず、その一撃は鎧を破壊して胸にめり込んだ。
「ありゃ、もう終わっちまったかァ」
「歯応えがないっすね、アニキ」
「もっと強ぇ奴がいると思ったぁっと!?」
一撃で倒れてしまった指揮官を見下ろしながら、ジゴロウは不満そうに呟いた。そんな彼にあっさりと衛兵を片付けた五人は追従するのだが、その内の一人の目の前にジゴロウは急に手を伸ばした。
急にどうしたのかと思った五人だったが、伸ばされたジゴロウの手に握られているモノを見て目を見開く。そこには一本の真っ黒に塗装された矢があったからだ。
しかも握られている矢の鏃には万年筆の先端のような溝があり、そこには妙な液体が溜まっている。ジゴロウ達はそれが毒かそれに準ずる何かだろうと直感していた。
「このアホ。油断すんじゃねェ」
「すっ、すいやせん!」
「ってか、誰がやりやがった!?」
「この矢…プレイヤーの仕業だなァ。そうだろォ?」
「クソッ、バレてんのかよ」
慌てて周囲を見回す五人とは裏腹に、ジゴロウは一つの建物の屋根から決して目を離そうとしない。その様子から観念したのか、屋根の裏側に隠れていた一人の人物が姿を表した。
それは革製と思われる軽装の鎧を装備した森人であった。片手には弓を持ち、腰には細身の剣を吊るしている。武器も防具も衛兵の統一されたものとは異なり、品質も一線を画すものだ。誰の目にもそれがプレイヤーであることは確実だった。
「何でプレイヤーがこんなところに居やがる?官軍についていったって話じゃなかったのかよ?」
「進軍するまでにログイン出来なかっただけじゃねぇの?」
「置いてかれたってことか?そりゃ可哀想になぁ?」
ゲラゲラと下品に笑うチンピラ達を見て、屋根の上のプレイヤーは眉を顰めた。ただし、ジゴロウは彼の視線が細かく動いていることに気付いている。その理由にも大体察しはついていた。
そして敵の狙いがわかっていて、それを悠長に待つほどジゴロウの気は長くない。彼は口を大きく開くと、舌を近くの建物の裏へと伸ばした。
「げぇっ!?」
「バレてんじゃねぇか!」
すると舌を避けるために二人のプレイヤーが飛び出して来た。さらにジゴロウは別の方向にも舌を向ける。そこにもプレイヤーが隠れており、既に居場所が知られているとわかっていたのか彼の舌先を斬り払った。
先端を斬られた舌を戻したジゴロウは心底楽しそうな笑みを浮かべる。それは新たな獲物を見付けた猛獣の笑みであった。同時に獲物として目を付けられたプレイヤー達は思わずたじろいでいた。
「パーティー全員が遅刻なんかするわけねェよなァ。テメェら、PK連中に返り討ちにされたんだろォ?運の悪ィ連中だなァ」
「このっ…!」
ジゴロウの予想は図星だったらしく、プレイヤーの一人が怒りを露にしていきり立ったが隣にいた者に止められてこらえている。その後、ジゴロウの舌を斬ったリーダーらしき者が一歩前に出た。
「俺達のことはどうでも良い。それよりも、お前達は何のつもりで街を攻撃している!こんなことが許されると思っているのか!?」
「さァな。それこそどうでも良いことだろォ。今重要なこたァ…俺達とテメェら、どっちの方が強ェか。それだけだろォがァ!」
「流石はアニキだ!行くぞ、テメェら!」
「「「「ヒャッハー!!!」」」」
話しは終わりだとばかりに、ジゴロウは最も強そうなリーダーらしきプレイヤーに向かって突撃する。それに続くようにして、『怒鬼ヶ夢涅夢涅』の五人も突撃を開始した。こうしてフォティンの戦いは死に戻りしたプレイヤー達も参戦する、より混沌としたモノになっていくのだった。
次回は4月1日に投稿予定です。




