地獄を塞ぐ帝
激戦の最後に出てきた理不尽な獄獣は、更なる理不尽によって消え失せた。しんと静まり返った戦場でしばし呆然としていた私だったが、我に返ると仲間の治療をするべく急いで地上へと向かう。私もボロボロだが、無防備なまま動けない彼らよりはマシなのだ。
「グオオン!」
「イザームはん!」
「七甲?カル達も、もう動けるのか」
飛行する私に背後から呼び止めたのは七甲であった。彼のすぐそばにはモッさんとシオ、そしてカルが飛んでいる。空中にいた仲間達は既に回復していたらしい嬉しい誤算だ。
「あー、それやけどな。カルちゃんのお陰なんや」
「カルの?」
「あの化物が叫んだっすよね?そん時にカルちゃんも対抗するように吼えたんすよ」
「どうやら声だけで強力な状態異常を引き起こせる代わりに、別の音で妨害するか遮音するだけで誰でも防ぐことが出来るようです。実際、シラツキの内部には全く影響がなかったようですよ。つまり…」
「対処方法を知っとったら楽に防げる初見殺し技やな」
強力で効果の範囲が広く、しかもほぼノーモーションで使える。そんな技が何の制約もなく使えるほど甘くないらしい。きちんと防ぐ方法があるらしい。もしも地獄に行くことがあれば耳栓は必須だろうなぁ。
「何にせよ無事でよかった。状態異常になっている者達を助けるぞ。急ごう」
「はいよ、ボス」
「しいたけには飛行型魔導人形を派遣してもらおうか。武装を解除させれば人一人くらい上に乗せて運べるだろう」
「小康状態の今がチャンス、ですね」
私達は早速縦穴の近くへ飛ぶと、一番縦穴に近い場所で倒れている者達の救助を開始した。私がジゴロウに尻尾を巻き付け、モッさんは足で源十郎を掴み上げ、シオが海賊のボスらしき女性を抱き上げ、七甲が自分と召喚したカラス達で他の海賊達を持ち上げていく。
それに続くようにしいたけの魔導人形が散会して戦場のあちこちで倒れている味方を救助していく。ただ、誤算だったのは四脚人達は一機で運搬不可だったことだ。しかもレグドゥス殿のような身体が大きくて重装備に身を固めている者だと三機以上必要だった。
『う゛う゛…不味いし眠いし…これはきっと呪いだ。呪いに違いないね、うん』
半数ほどを回収してシラツキと陣地である丘に退避させた頃、再びあの声が聞こえてきた。様々な生物の頭部が連なった獄獣が引きずり込まれる直前に聞こえた声だ。
あの声を皆が聞いていたようで、機械的に動く魔導人形を除いた動ける全員が縦穴の方を向いてしまう。何が来たとしても何時でも対応出来るよう、私を含めた動ける者達四人は身構えた。
『あれ?見覚えのない穴があるね、うん。熱い空気が流れてくるということは、これは地獄と繋がっているね、うん。コツコツ掘ったのかな?じゃあきっと獄獣が外に出ているし、お役目を果たさなきゃね、うん』
中性的な美声が独り言を呟きながら現状を分析する。独り言が終わると、縦穴から大きな振動が伝わってきた。この声を聞いていた者で現れるのが独り言の主だとわからない者はいない。
不気味な獄獣をまるで雑魚のようにまとめて倒した相手だ。敵か味方かは不明だが、だからと言ってリラックス出来るほど我々はお気楽ではなかった。
振動は徐々に大きくなり、遂にその姿を表した。最初に現れたのは先端が丸い三本の指で、指の間には上質な革のような艶のある水掻きが張っている。指も水掻きも黒一色で、グラデーションは全くない。この指先だけでも十メートル以上あるのではないか?ならば本体はどれ程大きいのか、私には見当がつかなかった。
『うぐぐ、狭いけど…よっ!おお、出られたね、うん』
達成感のある声と共に現れたのは、声の主の頭部だった。直径一キロメートルはある縦穴を『狭い』と言ったことからもわかるように、頭部だけでも恐ろしく巨大である。城よりも大きいのだから、ただ前進するだけで下手な街は更地にされてしまうだろう。
その頭部であるが、一言で言えばカエルのそれだった。指と水掻きと同じく全体が真っ黒で、つぶらな瞳の上に小さい角のような突起がちょこんと生えている。カエルが苦手な人ならば気を失いそうな外見だ。現にシオは思わず仰け反っている。ただ、大きささえ無視すれば穴から頭だけを出している姿には愛嬌があった。
『おや?獄獣はいないけれど、何だかいっぱいいるね?空を飛ぶのは前に見た兵器として、徒党を組んだ魔物達に…あっちにいるのは生き残りかな?いや、とっくに寿命で死んでるよね、うん。ならその子孫だね、うん』
大きな頭を左右に振って戦場を見回しながら、瞳をパチパチさせつつ状況を分析している。何を指しているのか良くわからない代名詞もあるが、概ね理性的で話が通じそうだ。ここはこちらから話し掛けてみよう。
「あの…」
『ふむ。仮面を着けているけれど、その魔力からして不死だね、うん。しかもこの雰囲気は最低でも王だね、うん。けれど同族の力も感じる…面白いね、うん』
「仰る通り私は不死ですが、風来者です。名前はイザームと申します」
巨大なカエルは一目見て私の正体を言い当てた。これは絶対に勝てない相手だと理解した私は慇懃な態度で会話に臨むと決めた。機嫌を損ねて腹に収まりたくはないのである。
『イザーム君だね、うん。じゃあ凄い勢いでこっちに来ている坊やのことも教えてくれるかな?』
「グオオオオオン!!!」
言っていることの意味を問おうとした所、全速力で飛んできたカルが私とカエルの間に割り込むようにして入った。どうやら私を庇ってくれているらしい。嬉しさを覚えると同時に遥かに格上の相手を前にして威嚇するのは止めて欲しい。余計な不興は買いたくないのだ。
牙を剥き出しにして威嚇するカルに対し、カエルはゲコゲコと楽しそうに笑っている。カルの無礼は許してくれるみたいで良かった。
『ゲコゲコ!やっぱり子供は元気が一番だね、うん。見たところまだ劣龍を卒業したばかりだけど、龍神様の加護を賜っているようだね、うん。才能ある強い若者を見ると先達として嬉しくなるね、うんうん』
「グオオォ?」
『敵ではないから安心するといいね、うん。小生のことは親戚の伯父だとでも思って気楽に接するといいね、うん』
「私の正体とカルの加護を見抜く知識、カルとの会話、頭部の角と偉容…失礼かとは思いますが、貴方はもしや龍王か龍帝ではありませんか?」
『正解だね、うん。小生は神代闇龍帝のフェルフェニールだね、うん』
龍帝!私が出会ったことのあるのは龍王であるアグナスレリム様達と龍の神であるアルマーデルクス様だが、その間の強さの龍だ。
アイリス達はアクアリア諸島で会ったことがあると聞いていたので、いつか会ってみたいと思っていた。その願いがこんな形で叶ったことを嬉しく思うと同時に、どうしてこんな場所にいるのか疑問を抱いた。
『小生が何故ここにいるのか気になるのかな?それは龍神様の命令だね、うん』
「命令ですか」
『小生のお役目は二つあって、一つ目はここに空いた地獄へ通じる穴を塞いで監視することだったんだね、うん。寝ている間に新しい穴を開けられちゃったけどね、ゲコゲコ』
地獄とはアルマーデルクス様が龍帝に塞いで監視させるほど危険な場所なのかもしれない。獄獣は狂暴で数が多いので、圧倒的な力で蹴散らせる者でなければ任せられないのだろう。
その点、フェルフェニール様ならば楽勝だ。彼の龍帝の姿と発現を聞いて確信したが、さっき不気味な獄獣をまとめて引きずり込んでいったのは彼の舌である。あの舌があれば小さな獄獣など虫ケラのように食べられてしまうに違いない。…それでも目を盗んで出てきた訳だが。
『二つ目のお役目なんだけど…どうやらこっちは終わっているみたいだね、うん』
「それはどういう意味でしょうか?」
『言葉通りの意味だね、うん。とあるモノを誰の目にも触れさせないように厳重に封じておくように言われていたんだね、うん。でもその必要がなくなっていそうなんだね、うん』
要領を得ない説明に私が首を傾げていると、フェルフェニール様は「ちょっと待っていて欲しいね、うん」と言って縦穴に潜っていった。それから一分ほど経過して戻ってきた時、彼は両手にコンテナのような金属の箱を抱えていた。
コンテナらしき箱はフェルフェニール様が抱えるほどに大きい。貨物船に積んであるコンテナよりも十倍以上の体積がありそうだ。中身は何なのだろう?
『これだね、うん』
「それは…?」
『大昔の…ほら、そこに浮いている船と同じくらいの時代のモノだね、うん』
何と!シラツキと同じ時代ということは、あれは第一文明の遺産ではないか!第一文明は高度に発展していたようだし、あんなものもあったのだろう。
と言うか、冷静に考えればファンタジーな世界観から外れたアイテムは大概は古代文明絡みだ。コンテナを見た瞬間にそのことに気が付かなかった私は我ながら間抜けである。
「中身をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
『教えてもいいけど、その前に聞いておきたいことがあるんだね、うん』
「私に答えられる質問であればお答えしましょう」
『君達の目から見て、この大陸に住む者達はどう映ったかな?率直な感想を聞きたいね、うん』
フェルフェニール様の言葉は柔らかだが、嘘や誤魔化しを決して許さない圧力を感じる。ならば堂々と真実を述べるとしよう。仮に不興を買うとしても知ったことか!
「彼らは良き隣人にして、この戦いを共に戦った戦友達です」
『なるほどね、うん。そっちの君たちはどう思うかな?』
「わ、ワイでっか!?えーと、気のいい奴等でっせ。人類モドキとか自称しとりますけど、中身は何も変わりまへんで」
「子供達が元気で可愛いっす!フワフワっすよ!フワッフワ!」
「それぞれの種族によって性格に偏りがある気がしますが、勤勉な方が多い印象ですね。そうでなければ厳しい環境で生きていけなかったのでしょう」
フェルフェニール様に急に話を振られた三人だったが、それぞれの視点から口々に意見を述べる。基本的に好意的な感想ばかりなのは、共通の敵を前に協力していたからだろう。
フェルフェニール様はゆっくりと頷いてからコンテナを地面にゆっくりと置いてこちらに差し出してきた。何のつもりだろうか?
『良くわかったよ、うん。本当に小生のお役目は一つ減ったようだね、うん。これはお礼として君達にあげるね、うん』
「お礼、ですか?」
『小生のお役目は獄獣を封じておくことだと言ったね?まさか別の穴を掘るとは思っていなくてね、うん。地上に獄獣が溢れたのは小生の不手際だね、うん』
「それを私達が倒した、と」
『本来は小生のお役目だったのを代わりにやってもらったからね、うん。お礼は当然だね、うん。小生がやったのは最後の獄獣を平らげたくらいだね、うん』
やっぱり食べたのか。それよりもあの不気味な獄獣で最後だったのかよ!それなら状態異常への対処法を偶然にも発見したモッさん達とシラツキがいれば倒せていた可能性がある。最後まで自分達で戦い抜けなかったことは今更ながら悔しいなぁ…。
しかし、私は勝ち方にこだわりを持たない。しかも得るものが大陸の平穏だけだと思っていたのに、龍帝から報酬が貰えるならば両手を挙げて喜ぶべきだ。だが、報酬の質と量は教えてもらわなければなるまい。理由は単純で、分配が難しくなるからだ。
「中身をお聞きしても?」
『大部分は普通の魔道具とか武器だね、うん。当時の最先端技術で作られたものが詰め込まれているから資産価値は高いと思うね、うん』
古代文明の遺産がコンテナ一杯にある…だと…!?全員に配ってもお釣りがくる!横で七甲とシオが息を飲むのが聞こえてくるが、モッさんの反応は薄かった。
その理由は明白で、如何に古代文明の遺産と言ってもそんなものを龍帝たるフェルフェニール様がわざわざ守るほどのものなのか、という疑問だ。その答えはすぐに帰ってきた。
『そして最も重要なのは『純潔』…古代の大戦で使われた兵器の一つさ』
次回は11月17日に投稿予定です。




