地獄穴の戦い 決着
「「ゴボオゥゥゥゥゥゥ!!!」」
融合して一体となった巨人と象の獄獣の取った最初の手は、思っていた以上に厄介であった。奴は鼻から体液を噴射しつつ、そこに魔術で火を着けて火炎放射器のように炎を撒き散らしたのである。
小さな個体のように体液を伝って内部から爆発するのではないかと思ったのだが、そこは上手く調整しているらしい。継続的に炎を放射するだけではなく、炎の着いた体液を砲弾のように発射する器用さもあった。
ただの火の玉ではなく燃料である体液の塊でもあるので、着弾するとナパーム弾よろしく消すことが非常に難しい。発射された砲弾は空中部隊を狙っていて、幾つかの空中型魔導人形を焼き尽くし、シラツキも被弾している。幸いにも古代の技術で製造された兵器であるシラツキの装甲は頑丈なので飛行に問題はないが、あの高さまで届く攻撃方法が出来たのは厄介だ。
「ぬうぅ…引き際が肝心よな」
「一からやり直しってかァ?ド畜生がァ!」
再び周囲が火の海と化したことで前に出られなくなった源十郎が渋々後退し、融合した際に振り落とされたジゴロウが悪態を吐く。やっとのことで巨人の獄獣と戦える状況へ持っていけたとか思えば、それが一瞬で振り出しに戻ったのだ。悪態の一つや二つ、出るのも致し方ない。
しかし、悪態を吐いていれば勝てる訳でもない。ジゴロウは再び駆け出し、源十郎も離れた場所からチマチマと遠距離攻撃に移るしかないかと思われた。
「へっ!野郎共!こんくらいの火、さっさと消しちまいな!」
「「「へい!姐さん!」」」
火の海を前にした海賊達の動きは早かった。十人ほどの魔術を使える者達が消火活動を始めたのである。獄獣は鎮火された場所に再び体液と炎を掛けるが、瞬く間に消火してしまう。海賊と言うよりは消防士のようだった。
ただ、融合した獄獣は放火し続けることに固執しなかった。炎の扱いに自信があるようだが、最初から自分に炎が当たらないように心掛けているらしい。自分を焼きかねないのだから当然の配慮と言えるだろう。
むしろ放火は時間稼ぎのためだったらしい。ジゴロウ達が攻めあぐねている間に、新たに生えた両手で全身を覆う象の頭部を纏めて引き千切るとそれらを遠投し始めたのだ。
闇森人のいる林や四脚人達の進行方向、そして我々の目の前にも鱗に被われたことで強化された象の獄獣が落ちてくる。更に投げられた中にはやはり耳を使って飛ぶ個体も交ざっており、空中部隊とも交戦を開始した。
強化されているとは言え、投げられた象の獄獣は対処方法を知っている我々には強敵とは言えない。鱗のお陰で防御力が上がっているのは間違いないが、それは象の頭部の部分だけで胴体は柔らかいままだったからだ。
「きりがないですね、このままだと」
「強引にでも戦力を結集させてあの獄獣を叩きたい。叩きたいのだが…」
「ダメなのー?」
「これで終わりって言う確信が持てないからよ」
ダメージを受けつつも兵士を失うことなく撃破したが、融合した獄獣は次々に象の頭部を投げ続けている。これがいつまで続くのかはわからないが、何時までもこの消耗戦に付き合っていては勝つことが出来ない。故に無理をしてでも大本を倒したいという気持ちは強かった。
だが、縦穴から現れる獄獣がこれで終わりかどうかはわからない。もしもより強力な獄獣が後ろに控えていたら?無理をして減った戦力でそれを倒せるのか?不確定な情報が多すぎて判断が下せないのだ。
「終わりが見えないってのは最初からだし、今更な悩みじゃない?アタシは一気に倒した方がいいと思うけど」
「兎路もそう思うか。だが、このペースでやって来る敵を無視するのは…」
「野郎共!引きずり倒せ!」
「「「オーエス!オーエス!」」」
私が迷っていると、海賊達が行動を起こしたらしい。何事かと思ってそちらを見ると、海賊達は全員で融合した獄獣の右脚に鉤縄を投げて全員で引っ張っていたのである。
数十人の屈強な海の男と海の女達が筋肉を隆起させて引っ張ると、少しずつではあるが獄獣の脚が引き摺られていく。だが獄獣も倒れることは非常に危険だと理解しており、全力で脚を踏ん張って耐えていた。
「今だァ!爺さん!」
「合わせるぞい!」
海賊達が作り出した停滞に便乗したのがジゴロウと源十郎だった。ジゴロウは炎の壁を突っ切って膝の辺りに全力で飛び蹴りを入れ、火が消えている海賊達の近くに回り込んでいた源十郎が足首を深く斬り裂く。細かい鱗の破片と真っ赤な体液が飛び散り、グラリと獄獣のバランスが崩れた。
しかしそれでも獄獣は耐えた。長い鼻の先端を地面に置いてそれを三本目の脚とする強引な方法ではあったが、地面に倒れるという最悪だけは防いでみせた。後は傷付いた右脚の形状を整えればいい。融合した獄獣はそう考えていたことだろう。
「これで詰みってね!」
「「グバアァァァ!?」」
その時、姐さんと呼ばれていた海賊が動いていた。彼女はいつの間にか獄獣に接近していて、両手に持っていた剣によって鼻を十字に斬り裂いたのである。融合した獄獣は、ついにバランスを保てずに尻餅をつく形で倒れた。
「今じゃ!畳み掛けよ!」
「よくもやってくれたなァ!?」
「野郎共!遅れるんじゃないよ!」
こうなったらもうやりたい放題である。象の頭部に下半身が沈んでいる巨人の獄獣をジゴロウが殴り倒し、源十郎が左腕と左脚を纏めて切断し、海賊達が寄って集って小さな象の頭部を叩き潰した。
大きさで言えば人と蟻ほどに差はあれど、その蟻には必殺の毒針を持っているに等しい。融合した獄獣はあっという間にぼろ雑巾よりも酷い状態になってしまった。
「「グボォォ…グバオオオオオオオオン!!!」」
「だあァ、うるせェ!黙って死にやがれェ!」
もう虫の息となった獄獣は死ぬ間際に耳障りな絶叫を放つ。至近距離で聞いていたジゴロウは心底鬱陶しそうに巨人の頭部を蹴り砕いて止めを差した。
大本が倒れたからか、私達と戦っていた象の頭部はグズグズに溶けていく。それと同時に四脚人を苦しめた撒菱地帯となっていた場所も元通りになっている。どうやら本当に倒せたようだ。一安心すると共に、次に備えて魔導人形と不死を近くに呼び戻して隊列を整えさせた。
「各部隊の被害状況は…四脚人と疵人に戦死者が出た、と。これだけ規模の大きな戦いになれば、どれほど入念に準備をしても死者は出てしまうか」
幾度となく突撃を敢行していた四脚人と直接的な戦闘は苦手な疵人。死者が出るとすれば彼らだろうと思っていた。出来る限り犠牲が出ないように準備を固めたものの、完璧というのは土台無理であったらしい。悔しいが戦いの結果がどうあれ弔わねばなるまい。
融合した獄獣を討ち取った後、すぐに次の獄獣が現れはしなかった。ただ縦穴の環境に変化はあって、戦いが始まる前に聞こえていたゴウゴウという音が聞こえなくなっていたのだ。これは…勝利宣言をして良いのではないか?
「「「「ビャアアアアアアアアッ!!!」」」」
そんな希望的な予想を粉々に打ち砕いたのは、融合した獄獣の絶叫をも凌駕する何かの叫び声であった。ハウリングのように脳を直接揺らすような異音は縦穴に近い者であればあるほど影響を受けたらしく、ジゴロウや源十郎、海賊達は耳を押さえてのたうち回っている。
穴からヌルリと現れた叫び声の主は、様々な生物の頭部が数珠なりに繋がった蛇のような怪物だった。ただし、全ての頭部がカルほどの大きさがあった。その口がケタケタと気味悪く笑っている。散々獄獣を見てきたが、これほどに醜悪な個体は初めてだ!
「う、うー…」
「なん、だ…これ…」
「これ、やばっ…」
「ウール?エイジも兎路も!?」
呻きながら仲間達が倒れていく。慌てて彼等に駆け寄ると全員が複数の状態異常に掛かっているらしい。嫌な予感を覚えて戦場全体を見回すと、ほぼ全員がバタバタと倒れていた。立っているのは私と魔導人形と不死くらいのもの…まさか!
「戦場全体に声だけで状態異常を撒き散らすだと…!?」
クソォ!ここまで来て声だけで戦場を支配する大物の登場など、どんなインチキだ!?今までの努力を全て否定するような理不尽過ぎる敵の登場など認められるものか!
私は怒りのままに杖と鎌を握り締め、魔導書を開いて空へと飛び立った。そして全速力で飛行して、空中で鳴き声一つで戦場を蹂躙した最悪の敵へと私が使える最大の魔術を唱える。
「大魔法陣起動!呪文調整!魔石も手持ちを全部突っ込んだ私に出来る最大最強の一撃を見せてやるわ!ふんっ!」
私は魔法陣を起動し、魔力を全て絞り出すつもりで強化し、杖の機能を利用し、更に持っていた攻撃用の札を握り潰して自分に使う。体力が瞬く間に減少して瀕死の状態になった時、私の身体から禍々しいオーラが放たれる。【龍の因子】が発動したのである。
その影響か、空中に浮かぶ魔法陣は二回りほど大きくなって黒いスパークをバチバチと放ち始めた。この一撃が無視できない威力であると判断したからか、不気味な獄獣は何か叫び始めた。
私を状態異常にしようとしているのかもしれないが、私に状態異常は通用しない。無意味にギャアギャアと騒ぐ汚い声を消し去ってくれる。私は魔術の発動と同時に【龍の因子】発動時の奥の手である龍息吹を使ってやる!
「食らえ!暗黒穴!からの…ガアアアアアアアアッ!!!」
「………!」
今の私が使える最大の魔術が獄獣の長い身体を押し潰し、最強の奥の手である禍々しい龍息吹が獄獣の断末魔すらも呑み込んで塵に変えていく。戦場を一変させた獄獣だったが、その体力と防御力に関しては巨人や象の獄獣の足元にも及ばなかったようだ。
「ハァ…ハァ…これで終わ…」
「「「「ビャビャビャビャビャァ!」」」」
ああ、これが絶望というものか。私が倒したのと同種の獄獣が縦穴から再び現れたのだ。それも十匹も。もう龍息吹は使えないし、大魔法陣で魔術を使っても同じ威力を出すことは出来ない。
だが、だからと言って諦めるという選択肢はない。かくなる上は私達の命を賭した撤退戦を始めるしかないだろう。何、どうせ死んでもベッドの上で目覚めるだけだ。どうってことはない。
『…うるさい』
その時だ。覚悟を決めて杖を握り締めた私の耳に、囁くように小さな呟きが聞こえたのは。あらゆる雑音を無視するように響いた声は本当に小さなものだったが、ハッキリと苛立ち感じた。
私は無意識に縦穴から更に距離をとる。今は近付いてはならないと私の勘が告げているのだ。咄嗟の判断であったが、これは間違っていなかった。何故なら、不気味な獄獣を絡めとるようにしてピンク色の何かが縦穴の底から伸びてきたからだ。
「「「「ヒィッ!?ヒイィィィィィィィィ……」」」」
粘液にまみれた長い何かは不気味な獄獣達に巻き付くと、それを再び地の底へと引きずり込んでいった。獄獣は抵抗しようと試みたようだが、抵抗虚しく情けない悲鳴を上げながら落ちていくのだった。
次回は11月13日に投稿予定です。




